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《15》プチファッションショー
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初めて、牟礼歌音部長から、仕事の相談をされた。
「横浜のお店なんですけど。コム着てる人でも、横浜にお店あること知らん人、結構いてるんですよ。そやから、いっつもガラガラなんです。今、ドイツからCEOが来てはって、話題作りに店内でプチファッションショーすることになったみたいなんです。その演出で、ドライアイスのスモーク用意せなあかんことになって。予算は、2万円しかないんですけど」
「いつなんですか。その、プチファッションショー」
「笑わんといて下さいよ。今日の6時半から」
「今日、なんですか」
「そりゃ、無理でしょう。売上2万の仕事だし」パソコンに向かっていた新川さんが、聞こえるように呟いた。
牟礼部長が新川さんをにらんでる。そうだよな。俺もLASTの業務部長だったら、「黙れ! 無理かそうでないかは俺が決める」って一喝しただろうから。それに、この仕事は断れないと思うんだ、絶対に。クライアントのトップ、CEOが絡んでるってこともあるけど、事情が違うんだよ、日本玩具とコムじゃ。
日本玩具に対しては、CMや雑誌広告の制作、市場調査、試写会のコーディネート(傘下にDVDを販売してる事業会社がある)、それから、俺がどさ回りの百貨店のイベントを引き受けたりもしてる。でも、コムに対しては、広告代理店が一番効率的に稼げる媒体業務(雑誌社や新聞社への広告の取次ぎ)しか提供してないんだよね。
コムの場合は、広告表現を全世界で統一してるから、コム・ジャパンを担当してるスーパーエージェンシーは、コムのヘッドオフィス(ドイツ本部)から支給される英語かドイツ語の広告原稿を翻訳して、雑誌や新聞に掲載してるだけなんだ。翻訳ったって、雑誌の見開き広告の場合、同じモデルが化粧と髪型を変えてそれぞれのページで系統の違う服を着て、色違いのCOMのロゴマークがあるだけって決まってるみたいだから、支給原稿そのまんまだよね。それに、車や家電みたいにパンフレットや取扱説明書を作ったりもしないから、そういう依頼もない。
俺は引き受けた。俺がやるには難易度が低過ぎる仕事だとは思いつつ。牟礼部長から、「原価、1万9000円で、出来ます? 消費税込みで」って、質問じゃなくて、注文口調で言われたけどね。
COM横浜店は、通りに面した新しいビルの1階にあった。駅からは離れていて、繁華街の端から少し歩いた所って感じの立地だ。黄葉したイチョウ並木も、ビルの手前で終わっていた。
ガラス張りの広い店舗で、天井から赤と緑のバナー(旗)を吊るしたり、クリスマスツリーの横に、COMの緑の包装紙で包んで赤いリボンを結んだ大きな箱を積み上げたりしてある。
まだ5時前で、通常営業の状態なんだけど、客は3人……、客じゃないな、と直ぐ分かった。中年、ていっても俺と同世代な感じの女性が、いかにもモデルって感じの背が高い2人の白人女性に、身振りを交えて、何か指示している。
中年女性は、やっぱし、牟礼さんが電話でいつも話してるコム・ジャパンの広報宣伝担当のマネージャー、山田摩耶さんだった。2人のモデルは、ドイツ人だった。
山田マネージャーは、勿論、COMの服を着てんだけど、化粧もキャラも、ファンキーなくらい、濃い人だった。解いたら背中が隠れるくらい長いだろうと思われる黒い髪を、上に上に重ねてまとめている。巨大な黒いソフトクリームを頭に載せてるって感じなんだ。後方に15度ぐらい傾いてんだけど。それから、これが限界っていうくらい高いヒールの黒い靴を履いていた。髪を下して座敷に上がったら、俺の母ちゃんくらいしかねえんだろうな、きっと。
TV局の撮影クルーが来ていた。ワイドショーのスタッフだそうだ。ファッションブランドの敏腕広報宣伝マネージャーを密着取材しているらしい。ファッションに興味がない視聴者でも、この強烈キャラのオバサマが画面に登場したら、釘付けになるだろうな。山田マネージャーも、牟礼さんと同じく、英語もドイツ語も話せて、日本語で話す時は、大阪弁のアクセントで、外来語は、smokeと英語寄りに発音する人だった。
「大きいんですね」日本玩具経由でCOM横浜店に入った牟礼さんが、洗濯機ぐらいあるスモークメーカーを見て言った。
「そうなんですよ。普通サイズのが全部、貸出中だったんで」
「すんません。ありがとうございます」
間髪を容れずに喜んでもらえて嬉しいんだけど、他人行儀な言われ方が、なんか、ちょっと寂しいかな。
プチファッションショーは、7分遅れで始まった。商品を移動させて広げた通路の両脇に、COMの服で着飾った女性客が40人程、立ち見している。実は半分くらいが関係者で、その内9人を新川さんが集めた。今日の昼に電話してだよ。やるじゃん。出世するな、新川さんは。新川さんが集めた9人が着てるCOMの服は、牟礼さんの私物と広報宣伝部から借りた。牟礼さんは、9人の中で美人で頭が良さそうな3人を選んで、TV局のレポーターにインタビューされたらどう答えてほしいか指示していた。抜かりがない。
俺も、順調にドライアイスの煙を吐き出すスモークメーカーを横目で見ながら、プチファッションショーを観賞した。モデルが2人しかいないから、片方が着替える時間を稼がなきゃなんないみたいで、コートをゆっくーり脱いだり、ジャケットをゆっくーり脱いだり、服をじっくーり見せたりしてるから、なんか、ストリップ劇場を連想しちゃうんだよね。
「尾崎さん。managerが、smoke弱すぎるって」と牟礼さんに言われた。さっき、この店で買ってたパーティードレスって感じのワンピースに着替えてる。化粧も艶っぽい。惚れちゃうじゃん。
「この機械、微妙な調整ができないんですよね」
「煙が多すぎるくらいでいいですから」
「そう言われても」
「お願い」と、手を合わされてしまった。
「はい。分かりました」と俺が答えると、牟礼歌音ちゃんは観客の1人に戻って行った。
スモークメーカーは「弱」のボタンで稼動させてたから、「中」のボタンを押してみた。スモークの噴出量が一気に多くなり、さらに、さらに多くなっていくよ!
「うわあ」
「弱」のボタンを押すが、固くて押せない。電源を切って、コンセントも抜いたけど、ドライアイスのスモークの勢いは衰えない。
「なんなんなん、なんなんなん!」山田マネージャーが大阪弁でうろたえている。その姿もスモークで隠れてしまった。見る見る店内がスモークに覆われて、真っ白になった。
「もう、出入禁止! スーパーエージェンシーは」山田マネージャーの怒鳴り声がした。
「そんなあ、摩耶さん」牟礼さんの悲鳴が聞こえた。
「申し訳ございません!」俺も叫んだ。
「横浜のお店なんですけど。コム着てる人でも、横浜にお店あること知らん人、結構いてるんですよ。そやから、いっつもガラガラなんです。今、ドイツからCEOが来てはって、話題作りに店内でプチファッションショーすることになったみたいなんです。その演出で、ドライアイスのスモーク用意せなあかんことになって。予算は、2万円しかないんですけど」
「いつなんですか。その、プチファッションショー」
「笑わんといて下さいよ。今日の6時半から」
「今日、なんですか」
「そりゃ、無理でしょう。売上2万の仕事だし」パソコンに向かっていた新川さんが、聞こえるように呟いた。
牟礼部長が新川さんをにらんでる。そうだよな。俺もLASTの業務部長だったら、「黙れ! 無理かそうでないかは俺が決める」って一喝しただろうから。それに、この仕事は断れないと思うんだ、絶対に。クライアントのトップ、CEOが絡んでるってこともあるけど、事情が違うんだよ、日本玩具とコムじゃ。
日本玩具に対しては、CMや雑誌広告の制作、市場調査、試写会のコーディネート(傘下にDVDを販売してる事業会社がある)、それから、俺がどさ回りの百貨店のイベントを引き受けたりもしてる。でも、コムに対しては、広告代理店が一番効率的に稼げる媒体業務(雑誌社や新聞社への広告の取次ぎ)しか提供してないんだよね。
コムの場合は、広告表現を全世界で統一してるから、コム・ジャパンを担当してるスーパーエージェンシーは、コムのヘッドオフィス(ドイツ本部)から支給される英語かドイツ語の広告原稿を翻訳して、雑誌や新聞に掲載してるだけなんだ。翻訳ったって、雑誌の見開き広告の場合、同じモデルが化粧と髪型を変えてそれぞれのページで系統の違う服を着て、色違いのCOMのロゴマークがあるだけって決まってるみたいだから、支給原稿そのまんまだよね。それに、車や家電みたいにパンフレットや取扱説明書を作ったりもしないから、そういう依頼もない。
俺は引き受けた。俺がやるには難易度が低過ぎる仕事だとは思いつつ。牟礼部長から、「原価、1万9000円で、出来ます? 消費税込みで」って、質問じゃなくて、注文口調で言われたけどね。
COM横浜店は、通りに面した新しいビルの1階にあった。駅からは離れていて、繁華街の端から少し歩いた所って感じの立地だ。黄葉したイチョウ並木も、ビルの手前で終わっていた。
ガラス張りの広い店舗で、天井から赤と緑のバナー(旗)を吊るしたり、クリスマスツリーの横に、COMの緑の包装紙で包んで赤いリボンを結んだ大きな箱を積み上げたりしてある。
まだ5時前で、通常営業の状態なんだけど、客は3人……、客じゃないな、と直ぐ分かった。中年、ていっても俺と同世代な感じの女性が、いかにもモデルって感じの背が高い2人の白人女性に、身振りを交えて、何か指示している。
中年女性は、やっぱし、牟礼さんが電話でいつも話してるコム・ジャパンの広報宣伝担当のマネージャー、山田摩耶さんだった。2人のモデルは、ドイツ人だった。
山田マネージャーは、勿論、COMの服を着てんだけど、化粧もキャラも、ファンキーなくらい、濃い人だった。解いたら背中が隠れるくらい長いだろうと思われる黒い髪を、上に上に重ねてまとめている。巨大な黒いソフトクリームを頭に載せてるって感じなんだ。後方に15度ぐらい傾いてんだけど。それから、これが限界っていうくらい高いヒールの黒い靴を履いていた。髪を下して座敷に上がったら、俺の母ちゃんくらいしかねえんだろうな、きっと。
TV局の撮影クルーが来ていた。ワイドショーのスタッフだそうだ。ファッションブランドの敏腕広報宣伝マネージャーを密着取材しているらしい。ファッションに興味がない視聴者でも、この強烈キャラのオバサマが画面に登場したら、釘付けになるだろうな。山田マネージャーも、牟礼さんと同じく、英語もドイツ語も話せて、日本語で話す時は、大阪弁のアクセントで、外来語は、smokeと英語寄りに発音する人だった。
「大きいんですね」日本玩具経由でCOM横浜店に入った牟礼さんが、洗濯機ぐらいあるスモークメーカーを見て言った。
「そうなんですよ。普通サイズのが全部、貸出中だったんで」
「すんません。ありがとうございます」
間髪を容れずに喜んでもらえて嬉しいんだけど、他人行儀な言われ方が、なんか、ちょっと寂しいかな。
プチファッションショーは、7分遅れで始まった。商品を移動させて広げた通路の両脇に、COMの服で着飾った女性客が40人程、立ち見している。実は半分くらいが関係者で、その内9人を新川さんが集めた。今日の昼に電話してだよ。やるじゃん。出世するな、新川さんは。新川さんが集めた9人が着てるCOMの服は、牟礼さんの私物と広報宣伝部から借りた。牟礼さんは、9人の中で美人で頭が良さそうな3人を選んで、TV局のレポーターにインタビューされたらどう答えてほしいか指示していた。抜かりがない。
俺も、順調にドライアイスの煙を吐き出すスモークメーカーを横目で見ながら、プチファッションショーを観賞した。モデルが2人しかいないから、片方が着替える時間を稼がなきゃなんないみたいで、コートをゆっくーり脱いだり、ジャケットをゆっくーり脱いだり、服をじっくーり見せたりしてるから、なんか、ストリップ劇場を連想しちゃうんだよね。
「尾崎さん。managerが、smoke弱すぎるって」と牟礼さんに言われた。さっき、この店で買ってたパーティードレスって感じのワンピースに着替えてる。化粧も艶っぽい。惚れちゃうじゃん。
「この機械、微妙な調整ができないんですよね」
「煙が多すぎるくらいでいいですから」
「そう言われても」
「お願い」と、手を合わされてしまった。
「はい。分かりました」と俺が答えると、牟礼歌音ちゃんは観客の1人に戻って行った。
スモークメーカーは「弱」のボタンで稼動させてたから、「中」のボタンを押してみた。スモークの噴出量が一気に多くなり、さらに、さらに多くなっていくよ!
「うわあ」
「弱」のボタンを押すが、固くて押せない。電源を切って、コンセントも抜いたけど、ドライアイスのスモークの勢いは衰えない。
「なんなんなん、なんなんなん!」山田マネージャーが大阪弁でうろたえている。その姿もスモークで隠れてしまった。見る見る店内がスモークに覆われて、真っ白になった。
「もう、出入禁止! スーパーエージェンシーは」山田マネージャーの怒鳴り声がした。
「そんなあ、摩耶さん」牟礼さんの悲鳴が聞こえた。
「申し訳ございません!」俺も叫んだ。
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