仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅱ章

第52話 悪い夢②

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〇●〇●〇


 嗅ぎ慣れたコーヒーの匂いが鼻について、清人はゆっくりと目を開けた。
 見える範囲で辺りを確認する。
 知らない天井、知らないベッド、知らない部屋。
 
(そういや俺、槐に拉致られたんだったな)

 体を動かそうとして、腰に鈍い痛みが走った。
 起き上がろうとした体がベッドにリターンする。

(そうだった。散々、犯されたんだ。悪い夢、じゃねぇな。死ぬほど体が重い)

 自分から槐に善がって求めて、何度も意識を飛ばした覚えがある。
 
(あんなにヤったの、いつ振りだ。反魂儀呪のリーダー、強すぎんだろ)

 何とか体を動かして起き上がろうとする。
 清人の肩に、槐の手が乗った。

「無理して起き上がらないほうが良いよ。一晩中、ヤってたんだから、体、辛いだろ」

 清人の体を抱き上げて座らせる。
 腰に大きなクッションを入れて、体位を整えた。

「腰、痛くないか?」
「うん、まぁ」

 清人の姿を満足そうに眺めて、コーヒーを手渡す。
 素直に受け取って、素直に飲んだ。

「俺とのセックス、気持ち良かった?」

 ベッドに腰掛けた槐がにこやかに問う。

「あぁ、悦かったよ。俺、基本はタチだけど、お前ならネコでもいい」

 照れ気味に応える。
 言霊術が発動していなかったら、絶対に言わない台詞だと思う。

(てか、違和感、あるな。俺は今、槐が大好きで槐の役に立ちたい忠犬なんじゃないのか?)

 確かに、そういう気持ちはあるし、槐に逆らう気にもならない。
 だが、冷静に感情や状況を俯瞰している自分がいる。

(枉津日がバランスとってくれているのか。てか、めっちゃ怒ってんな)

 言霊術が清人の直霊を支配しないように調整してくれているのだろう。
 清人の中にいる枉津日神の感情を感じるのは、きっと枉津日神が敢えてそうしているからだ。
 槐に抱かれまくったことを、怒っているのかもしれない。
 枉津日神が本気で怒ると真名が出かねない。気を付けようと思った。

(正気に戻った俺がどう感じるかは、わかんねぇけど。セックスするくらいは別に、いいんじゃねぇかな)

 考え込む清人の腰を、槐が抱いた。

「飲んだら、横になって。マッサージする」
「え? またヤんの? さすがに無理よ。そこまで若くない」

 げっそりする清人からコーヒーカップを奪って、槐がその体を反転させた。

「は? いやちょっと待て」
「マッサージって言っただろ。清人が動けないと、俺は困るんだよ」

 清人の体にオイルを流してゆっくりと優しく揉み上げる。
 リンパマッサージでもされている感じだ。

「お優しいことで。誰にでも、こんなにマメなの?」

 良く言えば人質、巧く使えば今の清人は奴隷にも出来る状況だろうに、と思う。

「気に入った駒だけだね。今のところ、清人と護はお気に入りかな」
「あっそ」

 げんなりしながら、素直にマッサージされることにした。
 さっきの身のこなしを思い出す。

(体中痛ぇとはいえ、あんなに簡単に俺の体を反転させられる体術があんのか。ガチムチも伊達じゃぁねぇな)

 呪詛に加え身体能力も高いとなると、戦い方も変わってくる。

(それにコイツ、ちょっと思ってたのと違うんだよな……)

 今、清人の体をマッサージする手つきは、とても優しい。
 一晩中抱かれ続けて、体は重いし痛い。だが、酷い怪我を負わされたわけではないし、何より。

(シてる時の手付きも抱き締める腕も、キスも、優しかった。まるで大切なモノを包むみたいに。そう感じるのは、言霊のせいか)

 鎖骨や首を撫でる。
 噛まれた跡が残っている。だが、膿むような傷じゃない。

(ただのプレイの噛み跡って感じ。癖なんだろうな、きっと)

 槐の手の強さとオイルの香りの心地よさで寝堕ちそうになる。
 ウトウトしていると、部屋の扉が開いた。

「槐兄さん、ちょっといい……って。まだヤってるの?」

 呆れた声を出したのは、楓だ。
 清人からは顔が見えないが、声でわかった。

「ただマッサージしてるだけだよ。何かあったか?」

 清人はちらりと後ろに目を向けた。
 楓が渇いた目で清人と槐を眺めていた。

「中、案内するって言ってたから呼びに来ただけ。急がないし、兄さんがしてくれるなら俺は手間がなくていいけど」

 楓がつん、と顔を背ける。
 心なしか臍を曲げている子供のように見える。

「中、案内してくれんの? てか、ここって反魂儀呪の本拠地なワケ?」

 清人の質問に、楓がすん、と表情を落とした。

「やっぱり枉津日神を封じて呪詛をかけた方がいいんじゃないの? 言霊術だけじゃ、浅いようにみえるけど」

 楓の指摘の正しさに、ドキリとする。

「そこまでガッツリ精神操作したんじゃ、意味がないだろ。清人には自分の意志で反魂儀呪に残る決断をしてもらわないとね。言霊術は、浅いくらいで丁度いいんだ」

 マッサージの手を止めて、槐が清人の耳を食んだ。

「清人がウチに残りたくなるように環境は整えるよ。楽しみにしててね」

 耳が、じんと熱くなる。
 槐に触れられて嬉しくなるのは、言霊のせいなんだろう。

「俺は槐のだから、槐が居れば、それでいいけど」

 言葉が口を吐いて出る。

「可愛いね、清人。ずっと可愛い清人のままでいられるように、たくさん愛してあげるよ」

 清人の背中を撫であげる指は、意味深な動きをしていたが、やっぱり優しく感じた。
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