仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅲ章

第57話 13課回復治療室の鳥居兄弟

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 忍からの一報を受けた那智は、次の日には修吾を13課まで運んでくれた。回復室で全身状態のチェックを受ける修吾を、直桜たちは同じフロアで待っていた。

「早かったね。ビックリしたよ」

 行動の身軽さにも驚いたが、出雲で会った那智と、こんなに早く再会できるとも思っていなかった。

「忍様の御命令ですから、失礼がないよう同朋百名ほどを連れて御挨拶に伺いました。集落の皆様も快く力をお貸しくださいました。移動は天狗ですので、それはもう問題なく滞りなく飛んでまいりました」

 那智が涼し顔で礼をする。

「百人……」

 隣に座る護がぽつりと呟いた。
 大峰山の天狗が突然、百人もやってきたら何事かと思うだろう。集落の人たちも、早々に動かざるを得なかっただろうなと思う。
 那智の使命感と忍への並々ならぬ愛を感じる。

「私は忍様の所へ戻りますれば、何かあればご連絡くださいませ」
「那智はこれから13課に残るの? それとも故郷に戻るの?」

 直桜の問いかけに、歩きかけた那智が振り返った。

「しばらくは留まる所存にござりまする。機会があれば、天狗の飛行をまたご体感いただけますぞ」
「うん、楽しみにしてる」

 嬉しそうに話して、那智は忍の部屋へと戻って行った。

「那智さんと飛んだんですか?」

 護が直桜に問い掛けた。

「出雲でね、変な妖怪から守ってくれた時に、飛んで移動してくれたんだ。楽しかったから、また飛んでほしいってお願いしてたんだ」
「良いですね、私も一緒に飛びたいです」

 護の顔がワクワクしている。
 きっと直桜と同じ心境なんだろうと思った。

「修吾さんの検査、始まったか?」

 那智と入れ替わりに清人がエレベーターから降りてきた。
 知らない人と一緒だ。
 年の頃は清人とそう変わらないくらいの、柔らかい雰囲気の男の人だ。華奢な体形と猫背から戦闘系の部署の人ではなさそうだなと思った。

「うん、さっき入ったばかりだよ。二時間くらいかかるって要が話してた」

 天狗の那智と会った要は嬉しそうだった。榊黒修吾の身柄を預かれたのも、要としては嬉しかった様子だった。
 修吾の身に現在、起きている状況は、解剖・解析が専門の要に取り、興味がある分野だろう。

「要、嬉しかったろうなぁ。これはじっくりと時間をかけて検査しそうだねぇ。俺たちは三階の結界の強化に回った方がいいかな」
「いや、そうもいかねぇだろ。開もせめて一回は診てきてくれよ」
「俺が診なくても閉がいるから、大丈夫だよ。必要なら呼びに来るって」

 何とも間延びした話し方をする人だなと思った。
 清人が呼んだ名前からして、先日、忍が話していた鳥居開だろうなと思った。
 開の目が直桜と護に向いた。

「こんにちは。回復室の室長になった鳥居開だよ。二人に会うのは二回目だけど、今日が初めましてだね」

 直桜と護は顔を見合わせた。

「惟神を殺す毒。解呪も解毒も出来なくて、ごめんね。世の中には、まだまだ知らない呪術や呪詛があるもんだねぇ」

 開が、ふふっと笑みを零す。ずっと笑んだような顔をしているから、笑ってもあまり変化がなく見えるが。

(そういえば、忍と清人が話してたっけ。この人がお手上げって言って、要がかなりびっくりしたって)

 あの要が驚くくらいだから、相当な実力者なのだろう。
 護が、一歩前に出た。

「組織犯罪対策室の化野護です。お名前は存じ上げておりますが、お会いするのは初めてです。その節はお世話になりました」

 護が丁寧に頭を下げる。倣って直桜も礼をした。

「同じく、瀬田直桜です。あの毒は特殊な神力でないと解毒できなかったので、仕方がないと思います」

 開が直桜と護をまじまじと見比べて、護に視線を向けた。

「挨拶で握手を求めないのは癖かな、化野くん」

 そういえば護が自分から手を出す姿はあまり見ない気がする。差し出された手を握る姿は見覚えがある。
 護が言葉に窮している。
 開が護の鼻の頭を人差し指で、ちょんと押した。

「鬼を穢れと忌み嫌う術者は三流、嫌な顔をして手を握る奴は論外。特に今の君はもう、惟神の眷族なんだから、堂々とするといいよ」

 心の内を言い当てられたのか、護がぐっと息を飲んだ。

(全然気が付かなかったけど、些細なところでも護は相手に気を遣っていたんだな)

 出雲の宴で酔った護が話してくれた本音は、直桜が知らない護の胸の内だった。きっと今まで護は、直桜が想像もできないくらい、鬼という業を背負って穢れ扱いされ、嫌な思いをしてきたのだろう。

「かえって失礼な振舞をしました、すみません」

 俯く護の顔を開が下から覗き込んだ。

「そんな顔しなくていいし、謝らなくていいよ。俺たちみたいな家系の術者に、散々嫌な思いをさせられてきただろうからね。これからは卑屈になる必要はないって話さ」

 開の目が直桜に向いた。

「これからは、瀬田くんが化野くんを守ってやるといい。直日神の惟神の眷族になんて、誰も悪い態度は取れないだろうからね」
「はい、ありがとうございます。そうします」

 思わず、さくっと言葉が出た。
 自分が護を守れる、護の役に立てることがあるとわかって、嬉しくなった。
 直桜の顔を眺めて、開が楽しそうに笑った。

「ねぇ、清人。瀬田くんも化野くんも可愛いね。こんなに可愛い子たちと毎日仕事してるの? 楽しそうで羨ましいな」

 開の言葉に、清人がげんなりした顔を見せた。

「可愛くねぇよ。人の話、ろくに聞かねぇで突っ走ってぶっ倒れる奴らだぞ。尻拭いする俺の身にもなれ」

 さっきから清人と開は、とても親しげだ。
 直桜の視線に気が付いたのか、清人が「ああ」と頷いた。

「幼馴染なんだよ、開と弟の閉。俺の結界術は鳥居式で、コイツの父親に習ったもんだから」

 なるほどなと思った。
 清人の肩書は、そういえば結界師だった。今では惟神だし浄化師でもあるし、結界術の延長である空間術とか真空術とか残影術とか使える術が多すぎて、清人の肩書は覚えきれない。

「清人の方が二つ年上なんだけどね。清人って若く見えるから、俺の方がオッサンに見えるだろ?」

 開の言葉に、直桜は首を捻った。
 正直、開もオッサンには見えない。

「鳥居さんも、可愛いですよ」

 直桜は何気なく答えた。
 清人が、ぶふっと吹き出した。
 ずっと穏やかに笑んでいた開の顔が、一瞬、真顔に戻った気がした。だが、次の瞬間には吹き出していた。

「そう? ありがと。瀬田くんて、面白いね」

 面白い返事をしたつもりはないのだが。直桜としては解せない。

「開、清人、二人とも遅い」

 回復室の中から、また知らない男性が現れた。
 顔が開に似ているから、きっと清人が話していた弟の閉だろうなと思った。

「榊黒修吾さんは見てきた。特に問題はなさそうだ。予定通りなら二時間で検査は終わるから、終わり次第、個室に移動する。念のためモニター管理だ。三階の結界は……」

 てきぱきと今後の予定を話す閉に、開が穏やかに笑みながら頷いている。
 閉の目が、直桜たちに向いた。

「ああ、すまない。君たちは13課組対室の瀬田くんと化野くんだな。今回はよろしく頼むよ。大変な仕事だが、協力して頑張ろう」

 挨拶する前から閉が怒涛のように話す。
 直桜と護の手を取って握ると、ぶんぶんと振った。

「惟神を殺す毒については力及ばず申し訳なかった。あれから、どうかな。体調に不備はない?」

 直桜と護は何度も頷いた。

「特に変わりはなく」
「むしろ元気です」

 閉のペースに呑まれて、手短に返事する。

「そうか。何かあれば、いつでも回復室に来てくれ。力になれるかわからないが、何もしないより、いいはずだ」

 直桜と護は深く頷いた。

「この後は予定通り、三階の神倉副班長の部屋の結界の強化を行う。開は清人と一度、榊黒さんの様子を観察してから上がってくれ。瀬田くんと化野くんは、俺と一緒に三階へ向かおう」

 閉がこちらを振り向いたので、また頷いた。
 言葉を挟む暇が全くない。
 早口だし話し方も単調で表情もない。ずっと真顔のままだ。開とは正反対だなと思った。姿勢も、猫背の開と違って、ぴっしり伸びている。似ているのは華奢な体形と顔の造形くらいだろうか。

「閉は相変わらず、忙しねぇな。そんなに予定通りしなくてもいいんだぞ。何となくやろうぜ」

 清人らしいような、そうでもないようなことを言っているなと思った。普段、チャラくても、実際はしっかりしているのが清人だ。
 しかし、閉にそう言いたくなる気持ちは、わかるなと思った。

「解毒実行は明日だ。十全の準備をして臨む必要がある。一分一秒も遅れられない」
「いや、無理そうなら明後日にしたっていいんだから」

 清人の言葉に、閉がぶるぶると首を振った。
 
「何のために予定があると思っている。一つの部署で行う仕事じゃないんだ。迷惑は掛けられないだろう」
「いやいや、今回は組対室メインの案件だからね。組対室のペースで行こう。閉、根を詰めると胃に穴が空くから、ほどほどにね」

 開が閉に笑みを向ける。
 閉が、小さく息を吐いた。

「兄さん……、開がそう言うのなら、異論はない」

 閉の怒涛の仕事モードが、やっと収まった。
 何となく、急くような雰囲気が和らいだ気がした。

「じゃ、俺と清人は修吾さんを診てくるから。閉は瀬田くんたちとお話しながら先に三階に行っていて。ゆっくりでいいよ」

 開が直桜たちに手を振りながら清人と回復室に入っていった。
 何故、室長が閉ではなく開なのか、ちょっとだけわかった気がした。
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