モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない

霞花怜

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第Ⅰ章 ゲーム本編①

3.チート魔術師ユリウス=リリー=ローズブレイドの詰問

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 目を開けると、最初にいた寮の部屋に戻っていた。
 椅子に腰掛けたユリウスが、こっちを眺めていた。

「じゃぁ、話を始めよう。早速だけど、君は誰だい?」

 ユリウスの目が細まり笑みを消した。探るような鋭い眼だ。
 その目を無視して、姿見に駆け寄った。

(ノエル=ワーグナーなんて登場人物、私は作ってない。でも、神様はモブっていった。つまり、物語に関わりが、多少なりともある学生ってことだ)

 物語に関わりがない人物はモブですらない。

「この……」

 鏡に映った自分を上から下まで、まじまじと確認する。

(『呪い』のせいでバルコニーから落下して死ぬマリアの友人だ。序盤で死ぬから、名前も何も考えなかった、捨てキャラだ)

 乙女ゲーム『フレイヤの剣と聖魔術師』は、主人公の友人が自殺するところから物語が始まる。友人の死をきっかけに『呪い』の解明をしながら、主人公が攻略対象と仲を深める。というのが、前半のストーリーだ。

(この娘が生きていたら、物語が動かない。そもそも『呪い』を受けて生きていること自体、この世界では、異端者扱い!)

 『呪い』は千年以上前からこの国に存在する高度魔術で、魔族が残した負の遺産と言われている。現在も明確な解呪法はなく、病のような扱いをされている。『呪い』を受けて生きている者はいない。

(その設定をぶった切ったってことは、この娘、いや、ノエルは、『呪い』の初の生還者ってことになってしまう)

 鏡の前に崩れ落ちる。
 詰んだ、と思った。

(立て直させるための転生先の体が、生きてちゃいけない人間て、どういうこと? 原作者でもどうにもできないよ。文章書き換えるだけじゃ、解決しないんだぞ)

 改めて、あの小さい爺さんに怒りが湧いた。

「あのさぁ、僕のこと完全に忘れているみたいだけど、大丈夫?」

 つんつん、と肩を突かれて、振り返る。
 顎を掴み上げられ、無理やり上向かされた。

「僕は、君は誰だと、聞いたんだよ?」

 迫力のある笑顔が迫る。美しすぎる顔は凄まれると怖い。

「わた、私は、えぇっと」
「僕は君がノエルではない、別の誰かだと、知っている。けど、それ以上は知らない」

(何で、ただの攻略対象でしかないユリウスが、そんなこと知っている訳⁉)

 神様とやらは、何も言っていなかった。
 一体どんな手違いがあって、世界が滅亡しかけているのか。
 キャラたちがどういう状況にあるのか、見当もつかない。
 わからないことだらけすぎて、何がわからないのかも、わからない。

「返答次第では、君をこのままには出来ない。考えて、言葉を選ぶといい」

 ノエルの顎を掴むユリウスの力が強まる。
 怖すぎて動けない。
 ごくり、と息を飲んだ。

(ユリウスは、表面上は温厚なキャラ。普段も何を考えているかわからない、ミステリアスキャラだけど、いざという時には一番頼りになるチート設定)

 つまり、敵に回すと怖いキャラだ。
 今まさに、ユリウスが敵の立ち位置で目の前にいる。

(まだ、異世界に来て一日も経っていないのに、命の危機を二回も感じる羽目になるなんて)

 現状に絶望して、涙目になる。
 どんな内容だろうと、ユリウスが信じようと信じまいと、言えることを言うしかないと思った。

「私は、物書きをしていた凡庸な一般人で、一度死んだようなのですが。色々あってこの娘の体に魂だけ蘇った、ようです」

 自分でもまだ信じられない、聞いたばかりの事実を説明する。
 ユリウスが、ぱちくり、と瞬きした。

「ふぅん、凡庸ねぇ。君は、この世界を『呪い』から救う英雄、なんじゃないの?」
「英雄……?」

 ユリウスの手が緩み、ようやく解放された。
 納得いかないのか、ユリウスがじろじろと観察している。
 ユリウスがノエルの胸の辺りで目を止め、じっと見詰めた。

「あの……、ユリウス、さんは、その話、誰から聞いたんですか?」

 ユリウスが、にやり、と口端を上げた。 

「内緒。良い子にしていたら、そのうち教えてあげるよ」

 ノエルの胸にぴたりと手をあてる。
 驚いて身を引くと、ユリウスが付いてくる。
 更に逃げたら、壁際に追い詰められた。

「それより、君の体の中に魔石が取り込まれているみたいなんだけど、今はそっちを気に掛けたほうが良いんじゃないかな」

 ユリウスがノエルの手を取った。
 ノエルの手のひらに、文字が浮かび上がる。

(これ、魔法属性だ。そういえば、手のひらで確認できる設定だった)

「属性も、前とは違っているね。とっても希少な全属性適応者だよ。中でも、闇属性特化、僕と同じだ」

 この世界の魔法は、火・水・風・土・光・闇の六属性だ。
 全属性適応者は滅多にいない。

(闇特化……。なんてマイナーな。世界を救えというのなら光属性特化にしてほしかった)

「魔石の影響が大きいんだろうけど。今の君は、凡庸な体ではないと思うよ」
「魔石……」

 魔族由来の魔法道具だ。使い道は色々あるが、魔力を補ったり吸わせたり、魔獣化できたりする。ただし、魔獣化すると人には戻れない。弱い術師が無理に使うと魔石に飲まれて死んだりする。

(良い想像が、一つも浮かばねぇ)

「私、死ぬんでしょうか?」

 三度目の命の危機に、顔が俯く。

(異世界転生って、もっと楽しいものじゃないの? 使命感持てって言われても、貧弱物書きに何ができるっていうのさ)

 今、この場を乗り切る術すら浮かばない。
 頭の上で、ユリウスが吹き出した。

「どうして、そんなに悲観的なの? 悪くない条件が揃っていると思うけど?」

 どこが? と思う。
 前の世界の死を乗り越えて、モブの『呪い』を回避したのに、魔石の影響で死ぬかもしれない。仮にそれを乗り越えても、ユリウスに消される危険性だって、まだ残っている。
 破滅する世界を救いに来たはずなのに、ここで死んだら本当に何をしに来たのか、わからない。

(そうだ、ここで私が死んだら、自分が書いた世界が破滅するかもしれないんだ。そんなのは、作家として我慢ならない)

 自分が書き上げた世界を自分以外の何かに壊されるなんて、自分が死ぬより耐えられない。
 顔を上げ、ユリウスに向き合う。

「死なないために、この世界で強く生きるために、出来ることってありますか」

 ユリウスが表情を変えて、微笑んだ。

「勿論、あるよ」

 ユリウスがノエルに唇を重ねる。小さく開いた口から、何かが流れ込んで来た。

「ふぁ……」

 唇を押しあてられて、息が止まる。
 胸の辺りが熱くなっていく。
 体の内側から圧が掛かって、何かが飛び出しそうだった。
 思わずユリウスの腕を強く掴む。
 やけに明るかった室内が、暗くなった。

(私の体が、光っていたのか?)

 唇が離れて、目を開ける。
 ユリウスの目に愉悦が滲んでいた。

「君、美味しいね」

 ぺろりと、舌舐めずりするユリウスを見て、今起きたことを把握した。

(キ、キスされた。会ったばかりの人に、しかも突然)

 日本だったら、犯罪だ。

(顔が良いからって、何やっても許されると思うなよ)

 抗議しようとする手を受け止めて、ユリウスがノエルの胸に手をあてた。
 本日二度目のセクハラは、流石に許せない。

「何を……」
「僕の魔力を送り込んで魔石を活性化させた。君は魔力量が多いから魔獣化はしないはずだ。あとは、君次第かな」

 ユリウスが笑む。

(つまり、私が死なないように、助けてくれた、のか?)

 怒りがシュルシュルと萎んでいった。

「強く生きたいんでしょ? できることは、何でもやらないとね」

 味方なのか敵なのか、いまいちよくわからない。
 けれど、悪い人ではないと感じた。
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