モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない

霞花怜

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第Ⅰ章 ゲーム本編①

60.夕焼け色の桜の下で

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 腫れた目のまま、ノエルは秋の庭に向かった。
 四季の庭園は楕円形を四区画に分けている。
 秋の庭は一番奥まった場所にあるが、春の庭の向かいに位置するので、そのまま春の庭を突っ切ったほうが早い。

 庭と庭の区分する場所には、あまり人が寄り付かない。
 ましてや春の庭と秋の庭が接している部分は中心部にあたる。
 幻影術のメンテナンスで庭師が来る程度だ。
 陽が落ちかかった庭は、物寂し気な空気を醸していた。

「う、わぁ……」

 それは、秋の庭に行くまでもなく、目に飛び込んで来た。
 満開の桜が緩い風に揺れて花を散らしている。夕日に照らされた小さな花は、本来の白紅よりほんのり赤く染まって見えた。

「なんで、秋の庭に作ったんだろう。日本庭園風だからかな?」

 春の庭側から見る桜は、バックに紅葉が散る姿が見えて、なんともノスタルジックに感じる。

「そういえば、前のノエルは土属性だったっけ。センスが良すぎる」

 大人が腕を回しても足りないほどの大樹に、隙間なく花を咲かせる魔法センスに脱帽する。

(魔法って、戦闘だけじゃないよね。こんなに綺麗な魔法も、この世界にはあるんだ)

「苦手な花だけど、今は好きになれそうだよ、ノエル」

 自分の名前が嫌いだ。だから、この花も嫌いだった。
 けれど、会ったこともない友人が残していった置き土産を嫌う気にはなれない。

「そこにいるのは、ノエル?」

 木の陰に人影が見えた。
 近付いてきたのは、ユリウスだった。

「ユリウス先生、どうして、ここに?」

 秋の庭側からやってきたユリウスが、ノエルに並んだ。

「ちょっと、報告にね。これからノエルに会いに行こうと思っていたから。ねぇ、この桜、綺麗でしょ」

 桜を見上げるユリウスは、感慨深げな顔をして見えた。

(桜……、あれ? ユリウスはどうして、この木を桜だって知っているんだろう)

 この世界には存在しない木であり花だ。
 秋の庭にある紅葉ですら、名前を知る者はほとんどいない。

「ユリウス先生は、この木の名前を誰かに聞いたんですか?」

 もし、事故前のノエルが教えたのだとしたら、知っていてもおかしくない。
 しかし、ユリウスはノエルを、どんな子かも知らない、と言っていた。

「いいや。でも僕は、桜を知っているんだ。正確には僕じゃない、僕の前の魂だったうちの一人の記憶、かな」

 まさか、とノエルの中に嫌な予感が過る。

「前世の記憶って、ことですか?」
「そんな風に言うのかな? 断片的だから、よくわからないけど。明らかにこの国とは違う風土の、違う人生の記憶だから、そうなのかもしれないね」

 少しだけ、ほっとした。
 ノエルに続き、ユリウスまで転生者だったら、自分含め三人も転生していることになる。
 そんなのはもう、収拾がつかない。

「その中にね、とても気になる記憶があるんだ。高校ってとこの教師をしている男性が、女子生徒に文章の書き方を教えているんだけど」
「え?」

 咄嗟に思い付いたのは、恩師の姿だった。
 自分に小説の書き方を教えてくれた、このゲームのシナリオの仕事を勧めてくれた先生だ。

「すごく良い文章を書く子なのに自己評価が低くてね。物語なら書けるのに、自分についての愛だの恋だのには、とても疎くて、彼はいつも悩んでた」

 ユリウスがノエルを振り返る。

「桜の木を眺めては、彼は桜の姫を想っていたんだ。まるで、御伽噺みたいだよね。その桜の御姫様がね、君にそっくりなんだよ」
「高梨、先生……」

 気が付いたら、涙が流れていた。
 恩師である高梨健人の魂の一部が、ユリウスの中にいる。
 ユリウスがノエルの腰に腕を回した。

「君の名前を知りたかったのは、答え合わせがしたかったからだ。でもね、本当はこの話、したくなかったんだ。話したら、健人が君を全部持っていってしまいそうな気がしたから」

 ノエルは首を振った。

「僕は、ユリウスだ。ユリウス=リリー=ローズブレイドとして、君を特別に想ってる。ユリウスとして、君の名前を、呼んでもいい?」

 涙を拭いながら、ノエルは頷いた。

「日高桜姫、ノエル=ワーグナー。君は僕に、どちらの名前を呼ばれたい?」

 とても、戸惑った。
 嫌いな名前だけど、先生に呼ばれるのは嫌じゃなかった。

(けど、ユリウスは高梨先生じゃない。高梨先生の代わりじゃなくて、ユリウスに本当の私を知ってほしい、見てほしい)

 ノエルはユリウスを見上げた。

「私はこの世界で、ノエル=ワーグナーとしてユリウスに出会った。だからノエルって呼んでほしい。でも、ユリウスになら、桜姫って呼ばれても、嫌じゃない。時々なら、呼ばれたい」

 ユリウスが困った顔で笑った。

「こんな時に呼び捨て? 桜姫は、本当に狡い」

 腕を引いて抱き寄せると、二人して芝生に座り込んだ。
 胸が苦しいくらいに締まる。
 親に呼ばれてあれだけ嫌だった名前が、全く違う色で響く。

(この世界では、ユリウスしか知らない、ユリウスしか呼ばない、私の名前だ)

 嬉しくて、頭がクラクラする。

「桜姫、うん、いいね。僕だけが知っている君の名前だ」

 ユリウスが感触を確かめるように名を呼ぶ。
 その度に、胸にじわりと安堵が広がる。同時に、甘く締まる。

「桜姫は本当に『呪い』を消し去る英雄だったね。ノエルが言った通りだ」

 顔を上げて、ユリウスを眺める。

「ノエル? ユリウスは、ノエルからその話を聞いたの?」
「そうだよ。『呪い』を打ち滅ぼす英雄が自分の中に召喚されるから、力を貸してほしい。彼女を絶対に死なせないでほしい。そう、お願いされたんだ」

 リヨンにした話と同じ説明を、ノエルはユリウスにもしていたらしい。

「バルコニーから飛び降りたのは、召喚終了の合図だった。だから、僕が拾いに行ったわけ」
「拾いにって……。じゃぁ、魔獣化したら殺してあげるためっていうのは」
「可能性の一つとしてね。そういう状況にならないのは、わかっていたけどね」

 驚き過ぎて、言葉にならない。
 しかしこれで、謎が解けた。
 召喚終了の合図以外にも、『呪い』に罹った体を装ったのかもしれない。
 ノエルは色々と後に繋がる行動をとっていたのだ。

(賢い子だったんだな。お陰で救われた部分もたくさんある。ノエルに、感謝しなくちゃ)

「でも、最初に会った時のユリウスは、あんまり親切じゃなかった気がする」

 結構な脅し文句を言われた覚えがある。

「それはね。信用できる相手かどうか見極めないといけなかったから」
「まぁ、そうだけど」
「それに、すぐに協力してあげたよね? 口移しで魔力もあげた」
「そう、だけけど」

 ユリウスがノエルの唇に指を押し当てた。

「もしかして、あれが初めてのキスだった?」

 心臓が高鳴って、耳が熱くなる。
 思わず目を逸らした。

「ねぇ、教えてよ。桜姫」

 耳元に唇を寄せられて、吐息と共に声が流れ込んでくる。
 鼓動がいつもより速くて、うるさい。

「は、初めてでした……」

 消え入るような声を飲み込むように、ユリウスの唇が重なる。
 ユリウスの魔力が流れ込んで来た。
 魔力と一緒に、熱い何かが押し寄せてくる。

(何、これ。もしかして、ユリウスの感情が乗って……。熱くて、胸が焼け焦げそう)

 言葉で何を言われるより伝わる。
 ユリウスが、どれだけノエルを、桜姫を大切に思ってくれているのか、誤魔化せない程、流れ込んでくる。

(好きとか、愛してるって、感情だとこんなに濃いの? 熱くて甘くて、体から溢れて流れてしまいそうだ)

 感情が昂って、勝手に涙が溢れてしまう。
 貰った気持ちが、そのまま流れ出ているみたいだった。

「教えてあげるって、約束したからね。ノエルの初めては全部、僕のものだよ。僕の気持ちは、ちゃんと伝わった?」

 涙目のまま呆然として、ノエルは頷いた。
 ユリウスの長い指がノエルの涙を拭う。

「それじゃ、君を独占するために、誓いを立てようか」
「誓い……?」

 抱えていたノエルを立ち上がらせる。
 ユリウスがその前に跪いた。
 仰々しく胸に手を添え、ノエルの右手を取る。

「ノエル=リンリー=ワーグナー士爵、ローズブレイド侯爵家次代当主として、ユリウス=リリー=ローズブレイドより、貴女に正式な婚姻を申し入れる。生涯をかけて貴女だけを守り抜く騎士になると誓う」

 胸元から徽章を取り出すと、ノエルの手に預けた。

「受け取っていただけますか」

 普段のふざけたユリウスではない、真摯な表情に気後れする。

「……はい」

 気が付いたら、素直に返事をしていた。
 ユリウスの手がノエルに徽章を握らせる。
 手の甲にキスを落とすと、ノエルを見上げて微笑んだ。

「これでやっと、ノエルは僕だけのものだね」

 腕を引かれて、小さな体がユリウスの胸に収まる。
 ユリウスの腕の中で、高鳴る胸の音だけが耳元に響いている。

(今のは、世にいうプロポーズ。シナリオの中で何回も書いた、あのプロポーズというものか)

 あまりに現実感がなくて、恐る恐るユリウスを見上げた。

「あの、ユリウス、私まだ、よくわかってないんだけど。これはその、そのうち結婚しましょうねってこと、なんでしょうか?」

 ユリウスがにっこり笑って、ノエルの手の中の徽章を握らせる。

「家紋の徽章を渡すのは婚約の証だよ。これが僕の根回し。後でじっくり教えてあげるって、言ったでしょ」

 確かに、そんなことを言っていた記憶はある。

「シエナを味方につけるの、苦労したんだよ。ウィリアムとの婚約話が本格的に進んでからじゃ、君を奪い返せなくなるからね」

 確信犯的な目が細まる。

「でもあれは、非公式な口約束だし、それに、レイリーが成長するまでの時間稼ぎであって、本気ではないと……」

 ユリウスが首を振った。

「国王はノエルをやけに気に入っていたからね。どんな手段を講じてくるか、わからないよ。その前に正式に婚約しちゃわないとね」
「そんな、王家に喧嘩売るみたいな真似して大丈夫なの?」

 ユリウス個人もだが、ローズブレイド家は大丈夫なのだろうか。

「勿論、その辺も根回し済みだよ。それにね、多少喧嘩を売ることになっても、僕はノエルを誰にも渡したくないんだ。だから、問題ないよ」

 素直に頷いていいものか、大変悩む返答だ。

「それともノエルは、他に添い遂げたい人がいる?」

 ユリウスが顔を覗き込んでくる。
 心配している内容を勘違いされたらしい。

(今まで私の気持なんか、真面目に聞いてきたことなかったのに。今になって確認してくるなんて)

「私は……」

 徽章を握り締め、ユリウスの胸に寄り添った。

(もう、誤魔化しきれないな。こんな風にユリウスに求められるのが、嬉しい。傍にいたいし、この人を守りたいと思う)

 今まで何とか自分を欺いて、見て見ぬ振りをしてきた感情から、目を背けられなくなった。

(好きなんだ、離れたくない、愛していたい。モブだとかマリアの邪魔になるとか世界の破滅とか、どうでもよくなるくらいに、ユリウスが欲しい)

 ユリウスを手に入れて世界が壊れるというのなら、それ込みでシナリオを書き替えればいい。
 自分になら、それができる。

(私は原作者だ。自分のエゴすら通す完璧なシナリオを書いてみせる。二次元のキャラじゃない、この世界で生きる生身のユリウスを手に入れるために、一緒に生きる未来に繋がるシナリオを書くんだ)

 ノエルは覚悟を決めた。

「ユリウスと一緒に生きたい。最後の瞬間まで、側に居たい」

 手を伸ばして、ユリウスの顔を引き寄せる。
 顎を上げて、自分からキスをした。

「ノエルらしい最高のプロポーズだ」

 ユリウスが嬉しそうに微笑む。
 どちらからともなく、唇を重ね合わせた。

 夕焼けに赤く染まる桜が、緩い風に揺れる。
 ノエルの桜の魔法は、同じノエルに素直になる魔法をかけてくれたようだ。
 季節外れの花弁が、二人を祝福するように舞っていた。
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