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『こっちゃん、これえ、電池お願い』
『ママやばいからwww』
ママの手のひらの中には愛用している紫色のローターがあって、ブッ、ブブ、ブ……と瀕死の蝉みたいに震えている。
『これはだめだってw』
ブ、ブブブブブ。
『電池~』
ブブブブブブブ、ブブブブブブブブブッ、ブブ……、ブ。
蝉は死んだ。
『電池~』
『電池~じゃないのよw』
テロップ付きの短い動画が終わる。
投稿には、すでに十三個のハートマークが届いている。
画面の横の吹き出しマークをタップすると、二件のメッセージが表示された。
『いつも明るく介助しているハトコさんを見ると私も元気が出ます!私も父も頑張って明日からまた生きていきます』
「返信」をタップして、『そう言っていただけると嬉しいです!お互い頑張りましょう!』と打ち込む。情けないことにこの程度のメッセージを打つのだって、五分以上かかってしまう。
もう一件は、『なんとゆうか、こんな動画のせる必要あります?』。
こっちこそが待ち望んでいたメッセージなのだが、『ありがとう!!』なんて返信されたら相手もぎょっとしちゃうよなという思いから、いつも『これは愛です』と返すようにしている。
初めて晒されたのはハートマークではなくて星の時代。現在平均身長の私が、まだ二ミリくらいの頃だった。
素人が見えても何が写っているのかさっぱりの白黒のエコー写真をスマホで撮影して、ママがそれをSNSに投稿した。リプ、つまり返信が四件寄せられたそうだ。
前回の投稿では、陽性反応を示す妊娠検査薬の写真が掲載されたのだが、それに対しては、三人が祝福の星を贈ってくれただけだったという。メッセージは一つも届かなかったそうだ。
やがて安定期を迎えたママはきちんとした写真スタジオでマタニティフォトを撮って、それももちろん投稿した。体の中心からものすごいエネルギーで押されているお腹にパパがキスしているというグロテスクな写真だ。それを世界中の人に見せつけようとした。
生産期が迫ったある日の投稿は、『おっぱいが出てきました!びっくり~!湯船が濁った笑』。
出産の三日前の投稿には『粘膜栓が……!とうとうかも!』と書いてあったので、粘膜栓について調べたら吐き気を催してしまった。
子どもを妊娠して産むこと自体は素晴らしいのかもしれないけれど、いちいちその過程を全世界に向けて発信するママのような人間ってどうなの。
女だけど、生理についてオープンになっていこう! という風潮には賛同しかねる私。
今日もクラスメイトの円華ちゃんが弁当を食べながら生理がだるいという話を隣で始めて勘弁してほしかった。
下痢で尻の穴が痛いとか、便秘でとてつもなく臭い屁が出るという話は食事中にしないのに、生理の話だけ許されるのは、なぜ?
米粒を消化する口に中に経血が混ざる気がするから、本当にやめてほしい。
生理だけでなく、妊娠・出産だって、オブラートに包む社会になっていただきたい。ママみたいな人間の口を塞ぐくらいに。
おしっこがかけられた妊娠検査薬の写真をアップすることも罰してほしい。精液をもとに作られた赤ん坊の写真も。
話を戻すけれど、『無事出産しました!取り急ぎ報告まで』という投稿には、十六個の星が贈られた。
その次の投稿は、長文の「出産レポ」。朝におしるしが来たこととか、夕飯を食べていたらお腹が痛くなり始めたとか。産院で昼食を出されたけど全然食べられなかったとか、パパが途中でうとうとし始めてイライラして引っ叩いたとか。分娩台に上がって二十分で出産して安産でした! とか。(でも、調べたら分娩台というのはぎりぎりに上がるものだし、そもそも『安産』は医学的用語じゃなくて、定義も無いらしい)。
どうでもいいことでも、有名人が綴ったものだったらみんな有難がって拝読していたかもしれないけれど、ママはただの平凡なおばさんだった。
出産レポには、分娩台で新生児を抱えてピースサインを見せるママの写真が添付されていた。急にお腹が空っぽになったせいか真っ青になったママの顔の下半分にはスタンプがつけられている。寄り添うパパの顔にも。「赤ちゃん」というよりかは、「生き物」と呼びたくなる塊のほうには、そんな配慮はもちろんなされていない。
産院の新生児室に並べられている私や、沐浴させられている私の写真を、ママは逐一、写真に撮って投稿した。初七日のお祝いでは「古都葉」と書かれた色紙の画像もあげた。お宮参りをした神社の名前もばっちり載せた。
『車で十分の神社だったんだけど渋滞してて遅刻』。
投稿に贈られる星は多くて、二個か三個。ゼロの時のほうが圧倒的に多い。
それでも「こっちゃんママ」こと私のママは、娘との生活を私の写真付きで投稿し続けた。
気持ちはわかる。
私も誰もフォローしていない、誰からもフォローされていないアカウントを持っていて、思ったことはなんでも書いている。個人情報はさすがに載せないけれど。取り留めもなく、誰かに向けるわけでもなく、言葉を吐き続けるのは気持ち良い。二日ぶりの歯磨きのような爽快感だ。
世の中には二種類の人間がいる。
SNSを、全世界に公開するお手紙だと捉える聖人みたいな人と、タコ公園の落書きだと捉える人。私は後者。落書きに反応が無いのは当たり前。だからハートマークは必要ない。
ママも、最初はきっとそうだった。
でも、少しずつ、役割が「落書き」から「手紙」に変わってしまったのだ。理由は単純。私が可愛かったから。
生後半年くらいになって、私はようやく、サルではなくヒトになった。ヒトである私は、それはそれは可愛かった。ハーフではないけれど、ハーフに間違えられることも多々あった。ママではなく、パパに似たおかげだった。
ママが投稿するたびに私の写真は拡散されるようになり、星をくれる人も、『可愛いですね』とコメントをくれる人も、とてつもない勢いで増えた。
タコ公園の落書きにいろんな人が返事をしたら、それはもう、落書きではなくなってしまう。
ママは慣れない育児と並行して手紙を書くという、忙しい日々を過ごすようになった。
『ママやばいからwww』
ママの手のひらの中には愛用している紫色のローターがあって、ブッ、ブブ、ブ……と瀕死の蝉みたいに震えている。
『これはだめだってw』
ブ、ブブブブブ。
『電池~』
ブブブブブブブ、ブブブブブブブブブッ、ブブ……、ブ。
蝉は死んだ。
『電池~』
『電池~じゃないのよw』
テロップ付きの短い動画が終わる。
投稿には、すでに十三個のハートマークが届いている。
画面の横の吹き出しマークをタップすると、二件のメッセージが表示された。
『いつも明るく介助しているハトコさんを見ると私も元気が出ます!私も父も頑張って明日からまた生きていきます』
「返信」をタップして、『そう言っていただけると嬉しいです!お互い頑張りましょう!』と打ち込む。情けないことにこの程度のメッセージを打つのだって、五分以上かかってしまう。
もう一件は、『なんとゆうか、こんな動画のせる必要あります?』。
こっちこそが待ち望んでいたメッセージなのだが、『ありがとう!!』なんて返信されたら相手もぎょっとしちゃうよなという思いから、いつも『これは愛です』と返すようにしている。
初めて晒されたのはハートマークではなくて星の時代。現在平均身長の私が、まだ二ミリくらいの頃だった。
素人が見えても何が写っているのかさっぱりの白黒のエコー写真をスマホで撮影して、ママがそれをSNSに投稿した。リプ、つまり返信が四件寄せられたそうだ。
前回の投稿では、陽性反応を示す妊娠検査薬の写真が掲載されたのだが、それに対しては、三人が祝福の星を贈ってくれただけだったという。メッセージは一つも届かなかったそうだ。
やがて安定期を迎えたママはきちんとした写真スタジオでマタニティフォトを撮って、それももちろん投稿した。体の中心からものすごいエネルギーで押されているお腹にパパがキスしているというグロテスクな写真だ。それを世界中の人に見せつけようとした。
生産期が迫ったある日の投稿は、『おっぱいが出てきました!びっくり~!湯船が濁った笑』。
出産の三日前の投稿には『粘膜栓が……!とうとうかも!』と書いてあったので、粘膜栓について調べたら吐き気を催してしまった。
子どもを妊娠して産むこと自体は素晴らしいのかもしれないけれど、いちいちその過程を全世界に向けて発信するママのような人間ってどうなの。
女だけど、生理についてオープンになっていこう! という風潮には賛同しかねる私。
今日もクラスメイトの円華ちゃんが弁当を食べながら生理がだるいという話を隣で始めて勘弁してほしかった。
下痢で尻の穴が痛いとか、便秘でとてつもなく臭い屁が出るという話は食事中にしないのに、生理の話だけ許されるのは、なぜ?
米粒を消化する口に中に経血が混ざる気がするから、本当にやめてほしい。
生理だけでなく、妊娠・出産だって、オブラートに包む社会になっていただきたい。ママみたいな人間の口を塞ぐくらいに。
おしっこがかけられた妊娠検査薬の写真をアップすることも罰してほしい。精液をもとに作られた赤ん坊の写真も。
話を戻すけれど、『無事出産しました!取り急ぎ報告まで』という投稿には、十六個の星が贈られた。
その次の投稿は、長文の「出産レポ」。朝におしるしが来たこととか、夕飯を食べていたらお腹が痛くなり始めたとか。産院で昼食を出されたけど全然食べられなかったとか、パパが途中でうとうとし始めてイライラして引っ叩いたとか。分娩台に上がって二十分で出産して安産でした! とか。(でも、調べたら分娩台というのはぎりぎりに上がるものだし、そもそも『安産』は医学的用語じゃなくて、定義も無いらしい)。
どうでもいいことでも、有名人が綴ったものだったらみんな有難がって拝読していたかもしれないけれど、ママはただの平凡なおばさんだった。
出産レポには、分娩台で新生児を抱えてピースサインを見せるママの写真が添付されていた。急にお腹が空っぽになったせいか真っ青になったママの顔の下半分にはスタンプがつけられている。寄り添うパパの顔にも。「赤ちゃん」というよりかは、「生き物」と呼びたくなる塊のほうには、そんな配慮はもちろんなされていない。
産院の新生児室に並べられている私や、沐浴させられている私の写真を、ママは逐一、写真に撮って投稿した。初七日のお祝いでは「古都葉」と書かれた色紙の画像もあげた。お宮参りをした神社の名前もばっちり載せた。
『車で十分の神社だったんだけど渋滞してて遅刻』。
投稿に贈られる星は多くて、二個か三個。ゼロの時のほうが圧倒的に多い。
それでも「こっちゃんママ」こと私のママは、娘との生活を私の写真付きで投稿し続けた。
気持ちはわかる。
私も誰もフォローしていない、誰からもフォローされていないアカウントを持っていて、思ったことはなんでも書いている。個人情報はさすがに載せないけれど。取り留めもなく、誰かに向けるわけでもなく、言葉を吐き続けるのは気持ち良い。二日ぶりの歯磨きのような爽快感だ。
世の中には二種類の人間がいる。
SNSを、全世界に公開するお手紙だと捉える聖人みたいな人と、タコ公園の落書きだと捉える人。私は後者。落書きに反応が無いのは当たり前。だからハートマークは必要ない。
ママも、最初はきっとそうだった。
でも、少しずつ、役割が「落書き」から「手紙」に変わってしまったのだ。理由は単純。私が可愛かったから。
生後半年くらいになって、私はようやく、サルではなくヒトになった。ヒトである私は、それはそれは可愛かった。ハーフではないけれど、ハーフに間違えられることも多々あった。ママではなく、パパに似たおかげだった。
ママが投稿するたびに私の写真は拡散されるようになり、星をくれる人も、『可愛いですね』とコメントをくれる人も、とてつもない勢いで増えた。
タコ公園の落書きにいろんな人が返事をしたら、それはもう、落書きではなくなってしまう。
ママは慣れない育児と並行して手紙を書くという、忙しい日々を過ごすようになった。
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