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36.災②
しおりを挟む私はティーカップ、お姉ちゃんはお茶の準備をしていく。何か良くないことが起きた時、お姉ちゃんは必ずカモミールティーを淹れる。魔除けの意味があるらしい。お湯が沸いてティーポットに注がれ、茶葉がお湯の中で舞っている。
「……戸棚にクッキーがあるから、1人2、3枚ずつお皿に盛ってくれるかしら?」
「うん!」
手持ち無沙汰になったところで、次の仕事だ。小皿を並べていると、ふわっとハーブの香りが漂ってくる。……薬草っぽい、魔除けの香りだ。
「すんません。……深雪さんが帰ってきたんで、1人分追加お願いします。結衣さん、ご当主様が呼んでるんで俺ここ代わります」
「わかったわ。もうハーブの抽出は充分だから、お茶を淹れて貰えれば大丈夫よ。あとは、よろしくね」
お姉ちゃんと交代したのは、光くんだった。やっぱり顔色が良くない気がする。
「光くん、だいじょーぶ?」
「え?あ?……ぼちぼち?」
やっぱり言わないだけで、少し怖い思いをしたんだろう。言葉の端々にも元気がないし、お茶を淹れる手も少し震えている気がする。
「……なぁ、柚子ちゃん?このお茶……何?人生で1度も出会ったことない香りがするんやけど……」
何か声をかけようと思って話題を探ったけど、光くんから声をかけられる。今は多分怖い思いを忘れられるように、話を合わせていつも通り振る舞う方がいいのだと私は感じていた。
「カモミールのハーブティーだよ!」
「カモミール?」
「そー!お屋敷の……キッチンの勝手口出たところに咲いてるハーブのこと。昔は魔除けの儀式とかに使われてたんだって。……お姉ちゃんがお屋敷に何かあった時とかに、よく淹れるお茶だよ」
「そうなんやぁ……。知らんかったなぁ」
お茶とクッキーをセットして、ダイニングに向かう。各々の席に並べている間に、お姉ちゃん達がお屋敷の見回りを終えて帰ってきた。
「いやぁ~。派手にやられたねぇ」
こんな時でも、いつもと変わらない口調で深雪さんが話す。あれだけ、ガラスが飛び散って、窓も割れて壁も傷ついて、すごい被害なんだろうけどーー落ち着いてるなぁ。
「全員着席。お茶を飲みながら……今後について話そう」
大雅くんの落ち着いた声が響いて、みんな席に着く。一条家の良いところは、私みたいな見習いの下っ端でも、きちんと席を設けて話し合いに参加させてくれるところだ。当事者意識を持てってことなんだろうけど……。
「まず……被害状況についてですが、1階の正門側の窓は全部割れています。また、侵入された玄関と階段に続く廊下の壁は、刃物によって傷つけられています。照明も所々割れていて点かないので、暗くなってからの移動には細心の注意を払ってください」
正門から侵入して、玄関にも入り込んで……2階にも上がろうとしていたってこと?うわー、危ない!水を飲みに行こうとか、何かしら部屋の外に出る用事があれば鉢合わせするところだった。
「騎士団には連絡を入れてある。明日の朝以降に、再度騎士団からの調査が入る予定だ。各自の部屋に、被害はない様だが屋敷内の移動には充分注意するように」
全員がお茶を飲み終えるくらいで、話し合いは終了した。その後、今夜はお姉ちゃんと寝ましょう。とお誘いがあったので、遠慮なくお姉ちゃんの部屋にお邪魔して就寝した。
翌朝ーー。起きるとお姉ちゃんは既に隣に居なかった。身支度を整えて、足元に気をつけながらキッチンへ向かう。
「柚子ちゃん~。おはよ~」
「おはようございますっ!朝に深雪さんに会うの珍しいね」
私の中では夜の男!なイメージの深雪さん。夜に帰って来て、その後寝たのか寝てないのか知らないけど……いつも同じテンションでいるのはすごいなぁ。
「そうだね~。昨日は良く眠れたぁ~?」
「お姉ちゃんと一緒だったから。割とよく寝たかなっ!深雪さんは?」
「俺はぼちぼちって感じかなぁ~」
「そっかぁ」
光くんは、ちゃんと眠れただろうか。顔色もあまり良くなかったし、あの後もぼーっとしているように見えた。誘拐事件のことが蘇って怖くなったのかな、それとも別に怖い思いをしたとか?昨日から自分のことやお屋敷のことよりも、彼を心配している自分がいた。
「光くん……大丈夫かな?」
心の中で呟いたはずのその声は、私の先を歩く深雪さんの背中に届いてしまったようだ。
「ん~?望月がどうしたの?」
クルッとこちらを振り向いて、深雪さんが笑顔で問いかけてくる。
「あ……。えっと、昨日ね。光くんの顔色良くなくて……」
単純に心配しているーーとは言えずに、なぜか言い訳をするようにしどろもどろな答えになる。そして話しながら、私はある結論に至った。
「ねぇねぇ!光くんって、もしかして昨日の事件現場見たのかな?第一発見者だったりするのかな?」
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