ようこそ、一条家へ

如月はづき

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69.一刻の別れ

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「よしっ……。柚子ちゃん、これで忘れ物はないかな?」

「大丈夫です!」

「それにしても、すごい荷物だねぇ~」

「女子は荷物が多いんですっ!」

 春がすぐそこに迫ったある日、私は一条家を出発する事になった。あの後、つづからの手紙を受けて、私は彼の面影が消えないお屋敷から少し距離を取る事に決めた。

「やっと静かになるね」

「なぁに育?柚子がいなくて、寂しいくせにぃ~」

 私のお見送りは午前10時、みんなが出てきて賑やかだ。

「風邪には気をつけろよ」

「修斗くんたら、お父さんみたいだねぇ」

「柚子、メイドとして立派に努めてくるように」

「はぁい!大雅くんの名に恥じないように頑張るよ」

 大雅くんと修斗くんは、少し心配そうに私を見ていた。でも、それに気づかないフリをする。

「向こうに着いたら連絡してね。五十嵐家の皆さんによろしくね」

「はぁい。お姉ちゃん……あの……。柚子!立派になって帰ってくるね」

「……待ってるわ」

 心配かけてごめんね、と本当は伝えたかったけど今は言うべきじゃない。心配をかけないようになってから、ちゃんと言おう。


 お姉ちゃんから道中食べるようにと、たくさんのおにぎりを渡される。
 五十嵐家までは、深雪さんの運転だ。立花さんも五十嵐領へ用事があるとのことで、3人で車に乗り込む。ーーわかっている、電車で行かせるのが心配なのだと。
 門番さんとも簡単な挨拶を交わして、みんなに見送られて車は門を出た。
 光くんの見送りはーーどうだったんだろう。


 お屋敷を出て少し経って、線路と並行して車は進む。……彼と初めて話したのは、あの日の電車の中だった。相席したあの日に戻れたら、私がもう少しいろんな事に敏感なら、せめて護身術でも習っておけば、いろんな後悔が駆け巡る。

「あの時に……戻れればいいのにな」

 小さく呟いたつもりだった言葉は、静かな車内で思ったより響いた。ハッと気づいた時には遅く、隣の席に座る立花さんと信号待ちの運転席から深雪さんがこちらを見ていた。

「あっ……。えっと、あはは~。お腹空いたねぇ」

「結衣ちゃんに貰ったおにぎりでも食べようよ~。立花、1個取って~」

「具は何がいい?」

 2人とも聞かなかった事にしてくれて、仲良くおにぎりを頬張る。
 ふと思い出したのは、クリスマス観劇の夜の事だった。私があの日座っていたのは、今座る席の後ろの座席で、その隣に光くんがいたのだ。今、何をしているんだろう。ーーあの日、好きだと思わなければーーいや、自分の気持ちを否定することだけはやめておこう。
 脳裏に焼きつく彼の思い出が、胸を締め付けて目から零れ落ちそうになって目を閉じた。


「柚子ちゃん、寝ちゃった?」

 少し長い間、目を閉じていると深雪さんの声が聞こえる。寝たと思われた方がいいや、話し始めたらこの気持ちを全てぶつけてしまうから。

「そうみたいだね」

 立花さんの声と共にそっと身体に何かかけられた感覚がある。薄目を開けて確認すると、ブランケットだった。
 目を閉じて車に揺られる。


「さっきの柚子ちゃんの話だけど……もし時間を戻せるなら、戻してあげたいよねぇ~」

「そうだね。……僕の出身の村での言い伝えなんだけど、時の精霊に会えればそれが出来るって聞いたことがあるな」

「時の精霊?お伽話みたいなこと?」

「うーん。そうだね、伝説に近いかな。すごく強い感情で時間を戻したいと思った時に、時の精霊が現れる。そして願いを伝えれば、また人生をやり直せたりするんだって。ーーでも自分が今の記憶を持っていられるかは分からないし、周りの人との関係が今と同じとも限らない。そんなリスクを侵しても時を戻したいのかって話だったなぁーー」

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