6 / 33
【第1章】初めて、恋を始めます
6話 私を一番分かってくれている人
しおりを挟む日曜日、私は家の手伝いをランチの時間までにして、午後は駅前のモールに一人で出掛けた。
夏休み直前のこの時期は水着の種類もまだ残っていながら割引セールも始まって、私のお小遣いでも手が届く商品が出てくる。
しばらく悩んでから試着。お店から包みを抱えて出てくる頃にはおやつの時間になっていた。
ベンチでクレープを食べながら、そっと周りを見回してみる。
「私にも、あんな顔が出来るのかな……」
晴天の日曜日、恋人や家族と買い物に来るには一番いい条件。
そんな中、私は一人……。
こんな顔を誰にも見られたくないと思いながら、大急ぎで残りを口の中に押し込む。
「お兄ちゃんと選べればなぁ」
思わず口走って……分かってる。お兄ちゃんも来たがっていたし、誰が悪い訳でもない。
私もこの歳になってまで駄々をこねて困らせたくない。
「そういえば、今日は家にいるって言ってたよね」
道を走りバスに揺られて、自分の家には寄らず真っ直ぐに隣家のチャイムを鳴らした。
「桜、どうした? 今日は買い物に行くって聞いていたけど?」
「その帰りです。一緒に食べませんか?」
買ってきたドーナツの袋を見せた。
「お、いいねぇ。いま飲物持っていくから、部屋で待ってて」
「はい」
二階の部屋は、ドアを開けると正面に私の部屋が見える。私とお兄ちゃんの部屋は二人が手を伸ばせば届く距離なんだ。
「持ってきたぞ」
「ありがとうございます」
二人でドーナツを食べながら、お兄ちゃんは昨日私が出て行ったあとの事を報告してくれた。
さすがの佐紀もあの展開は予想外だったみたい。
仕方なく私の代わりに事務連絡だけして解散にしたんだって。
そういう場の納め方は昔から上手で。私が途中で泣いたり怒ったりしても、いつもなぜか最後は笑顔にしてくれた。
私がお兄ちゃんに絶対の信頼を寄せている要因はこれなんだと思う。
「桜、気を遣って貰って悪かったな」
「一人で食べても美味しくないですから」
これは私のポリシーでもある。一人きりの食事ほど味気無いものはない。
どんなにいい材料を使っていても、それが美味しいかを決める最後の調味料はその場の雰囲気だから。
だから、お兄ちゃんが家で一人の時は、出来る限り一緒にしてもらって来た。
「いいの見つかったか?」
「はい。ちょっと冒険しちゃいましたけど……」
「ほぉ」
もぉ、お兄ちゃんちょっとにやけてる。でもお兄ちゃんは子供の頃から私の水着姿はみんな見てきた。
「見てみます?」
「いいのか?」
「ここで隠していたって、来週には見られちゃいます」
「相変わらずドライだな」
「着替えるので、ちょっと外してもらえますか?」
「あぁ、分かった」
お兄ちゃんのいない部屋で水着に着替えながら、ちょっとだけ後悔する。
部屋の中で水着なんて、男性向けのグラビアみたいじゃない。
「お兄ちゃん、いいよ……」
「おう。さ、桜……?」
「ど、どうですか……?」
部屋に戻ってきたお兄ちゃんはびっくりして私の顔を見た。
「どうって……、ビキニは大胆な……」
今年、私が選んできたのは、白地のビキニ。紺色のリボンがプリントや飾りであしらわれている。
去年までもセパレートは選んでいたけど、ビキニは初めて。
「白はまずいって昔言ってなかったか?」
「今は透けなくなったんですって。それでもちょっと勇気要りますよね」
近くで見るとちゃんと水着だって判るけど、遠くでちょっと見るだけだと、下着と間違えてしまうかもしれない。
「似合わないですか……?」
「桜……ちょっとお願いがあるんだけど……」
「なんですか?」
「ちょっと、写真撮ってもいいか?」
顔が赤い。私もちょっと恥ずかしいけど、ここまで来たらそうなるのは予想内だったし。
「私なんかでいいの?」
「桜だからだ」
「いいですよ? その代わりエッチなポーズは駄目です」
お兄ちゃんはスマホで私を撮ってくれた。普通に立ったり、窓際に腰かけてみたり。これが、全然知らない人だったら絶対に断ったよ。
「ありがとう桜」
「可愛く撮れました?」
撮った写真を見せてくれた。やっぱり小さい頃から私を撮っているから、慣れていると言うのかな。
今回はたまたま水着だったという感じだっただけ。その写真を見て何だか安心してしまった。
いつだったか、お母さんたちからも学校での写真とお兄ちゃんが撮る写真では私の表情が違うって。同じ服で同じポーズなのに、あどけない顔で写るって言われたことがある。
「なんだか、あの連中に見せるのはもったいないな」
「そうですか?」
「ま、仕方ない。ドーナツごちそうさまな」
私の髪をくしゃくしゃとかき回すのは、恥ずかしさ隠し。
「じゃあ、俺は下に降りてるから、着替えて行きなよ。夜の時間も手伝いだろ? 親があとで帰ってくるから、晩飯一緒にできなくてごめんな」
お兄ちゃんはドアを閉めて出ていった。
心配してくれているんだ。私が一人の食事が嫌いだってこと……。
私はしばらく着替えることも忘れて、その場に座り込んでしまった。
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる