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【第1章】初めて、恋を始めます
19話 最終試験『さくら学校祭出張店』
しおりを挟む「桜、パン焼けたよ」
「先輩、購買の冷蔵庫もいっぱいです」
「はぁい、ありがとう。みんな帰っていいよ。後は片付けて終わりだから」
明日が学校祭という夜、調理室は校内で最後まで明かりがついていた。
飾りつけはみんなに任せ、お兄ちゃんは金曜日の今日から会社を休んでくれた。
もともとは、お父さんがお店で仕込んで車で運んでくれる予定が変わって、学校で最初から仕込むことにしたからだ。
食材は、お父さんの事情を知った商店街のみんなが昼間、学校に届けてくれた。
「秀一。今日な、親父さんから『二代目』って呼んでやってくれってよ」
「えっ?」
お肉屋のおじさんがお兄ちゃんに声をかけた。
「聞いてないのか? そりゃ先走っちまったな。聞かなかったことにしてくれ」
「おじさん、ありがとう。助かりました」
「桜ちゃんもよく頑張った。最終試験頑張れよ!」
「はい!」
みんな知ってるんだ。私たちがやろうとしていること。
「桜……、お肉屋さんにもあとでお礼に行こう」
「えっ?」
ハンバーグに使う合い挽きのひき肉、本当は私たちで形に整える予定だったのに、もうきちんと形にしてあった。それ以外にも、八百屋さんからの野菜もカットしてあったり、下ごしらえが終わっているものもあった。
他の準備も整えて、暗くなった道を二人で歩いて家に帰る。
「疲れましたね」
「でも、なんとか間に合ったな」
「うん」
お母さんから全ての合格が出たのは一昨日のこと。もしかしたら間に合わないかもしれない。それなのに、商店街のみんなは私たちが間に合うと信じて材料を仕入れてくれていた。
「桜、こんなことに巻き込んで、本当にごめんな」
「ううん。私もお兄ちゃんとなにもしないで離れるなんて出来なかったよ。いい思い出になるよ」
「どうかしたか?」
私の様子がおかしいこと、お兄ちゃんはすぐに気づいてしまった。
「お母さんね、最近お家の片付けを始めたの。きっと引っ越しの準備だと思うんだ。離ればなれになるの、嫌だよぉ!」
顔をお兄ちゃんの胸に押し付けて、涙が止まらなくなる。
ようやく恋人として認められたのに、また離れてしまうなんて辛すぎる。それ以上に、新しい環境では私が一番苦手な一人の状態から始めなくてはならない。
「桜、とにかく俺たちに出来ることをやろう。俺も桜がいなくなるなんて考えたくない。今でも桜一人くらいならどうにかなる。やれることをやって、それから考えるんだ」
「うん。お兄ちゃん、ありがとう……」
玄関の前まで送ってくれたお兄ちゃんに手を振った。
「明日、頑張ります」
「だな」
お互いの部屋は、すぐに暗くなった。
翌朝、目が覚めるとお母さんがお弁当を作ってくれていた。
「今度は桜が倒れたりしないようにね」
「若いから大丈夫だよ」
「秀一くんによろしくね」
「うん」
いつものお店の服を袋に詰めているとき、お母さんは私に紙袋を持ってきた。
「これを使ってと秀一くんに渡して」
私は頷いて玄関を飛び出した。
学校祭の初日の土曜日は校内のみ、日曜日は一般の公開にもなるから、今日も明日の仕込みで遅くなることは間違いない。
場所を借りていた購買の冷蔵庫から材料を取り出し、準備室で服を着替えているうちに、お兄ちゃんも出てきてくれた。
「おはよう桜」
「おはようございます。お母さんが汚れるからこれをって」
「ありがとう……、これは……」
二人とも、しばらく無言になった。
紙袋から出てきたのは、新品の白衣。でも見覚えがある。お父さんが厨房に立つときにはいつも着ていた調理着。そして、胸には『さくら』の刺繍が入っている。
お兄ちゃんが袖を通すと、やはりそれはお父さんのものではなく、ちゃんとお兄ちゃんに合わせて新しく作ったものだった。
「プレッシャーだなぁ」
両親なりの応援なんだと思う。あの仕入れた材料の件も、裏でいろいろ動いてくれたに違いないんだよ。
「ここまで来たらやるだけ。いいな桜!?」
「うん!」
私たちの最終試験はこうして始まることになった。
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