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【第1章】初めて、恋を始めます
20話 「楽しかった」最後の学校祭
しおりを挟むふたを開けてみると、初日は校内だけだったはずなのに目の回る忙しさだった。
午後は終了時刻を待たずに当日の材料を使い果たし、途中からあり合わせの材料でパンと焼き菓子をオーブンで焼いて追加。喫茶店ふうに対応したくらいだった。
「あのねぇ、桜をゲットしたお兄さんを見に来たみたいよ?」
「はぁ~。まったくみんな物好きなんだから……」
材料が切れて調理台が空いたので、明日の仕込みに入っていた私たち。
佐紀が空いた時間にこっそり教えてくれた。
「オープンキッチンはミスったかなぁ」
「仕方ないよ。ここしかガスとオーブンが使えないもん」
ラストオーダーを終えて、部屋の中の準備も明日に備える。
飲み物の追加分を買った来てくれたクラブのメンバーを先に帰して、佐紀と一緒に職員室に売り上げのお金を預けに行く。
「野崎、凄かったな?」
「はぃ……、明日はちょっと覚悟なんですけど」
「他の模擬店連中が呆れてたぞ?」
他にも模擬店で飲食を出したところもあったはずだ。
それでも仕方ないかもしれない。クラブの特権で調理室を使って、しかも簡易版とは言え、お店のメニューを出してしまうのだから、混むなと言う方が無理な話だ。
「明日も頼むぞ」
「はぁい」
「桜、大丈夫?」
「いやぁ、疲れたぁ。明日に備えて早く帰ろう」
調理室にはお兄ちゃんが私服に戻って待っていてくれた。
「明日の用意は明日の朝やろうぜ。疲れたよ」
「うん、帰ろう」
途中の道で別れる佐紀に手を振って、お兄ちゃんと二人の道のり。
「明日はパン焼きからです」
「桜が手伝ってくれて助かったよ。こんな時間が続けばいいのにな」
そう、お兄ちゃんと一緒に立てるのは、明日が最後かもしれない。
それでも今日の1日が楽しくて、お父さんとお母さんが一緒に仕事をしていた理由が分かった気がした。
翌朝、まだ陽が完全に上がる前に私は家を出た。一人調理室で炊飯器をセットしてパンを焼く。わずか1か月前にはお母さんに任せっきりだったのに。
この『さくら学校祭出張店』も今日で最後だ。冷凍庫の材料を全部解凍して、使いきらなくてはならない。
ご飯が炊きあがる音がして、オーブンの予熱を設定して準備を整えた。
今日もホールをお願いするみんなが集まって、私は言った。
「今年というか、このお店は今日で最後になります。みんなでいい思い出にしようね!」
円陣を組んで、手を合わせる。
「じゃあ、最後までお願いします!」
想像どおり、いや、想像以上になった。
きっと、今年が最後になるという事がどこかで広がっていて、混雑に拍車がかかっている。
それに、商店街のみんなも顔を出してくれた。
「桜ちゃん、この味なら十分合格じゃないか?」
「いえいえ~。まだまだですよ」
あまりの忙しさに、私とお兄ちゃんはお昼を食べる時間さえなかった。
前日の5割増しで食材を用意したにも関わらず、前日よりも早い公開終了2時間前の午後3時には予備に焼いておいたお菓子類も含めて全ての材料を出し尽くし、惜しまれながらの閉店となった。
「終わったー!」
「みんなありがとう。まだ時間もあるし、片付けは私一人でできるから。後夜祭まで楽しんできて。本当にありがとう!」
みんなを送り出して調理室に一人きり。キッチン部分の後片付けには人数はいらない。それに私はもう少しこの時間の余韻を味わいたかったから……。
テーブルクロスやお皿はこの部屋の備品だし、飾り付けを剥がしてしまえば全てが終わってしまう。
「野崎先輩。あの……」
「どうしたの?」
「先輩にお客様なんです。閉店したことは説明したのですが、野崎先輩にご挨拶がしたいとのことで」
「分かった。いいよお通しして? ありがとうね」
ヘルプで入ってくれた1年生に答えを返すと調理室の扉が開いた。
「桜ちゃん、お久しぶりね」
「桃葉さん!」
そう。あの桃葉さんが笑顔で来てくれたんだ……。
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