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9章 一通だけの手紙
29話 あの顔を見ることは…もうできない
しおりを挟む4月、彼らが3年生に進級した初日、俺は早朝から彼女の姿を探した。
「見つけた……」
髪型はようやくショートボブにできるくらいに戻ってきていて、彼女なりにあの当時の陰を消そうとしているよう努力をしていた。
しかし、半月も経たない内にだんだんと顔色が冴えないと感じるようになった。
あれほど不安があれば来るように言っておいたのに……。
「我慢しちゃうんだよな、おまえは……」
そして、連休前には徐々に出席簿に欠席や早退の印がつくようになった。
担任でなくなった以上、あまり細かく詮索することが出来ない。それがどうにも歯がゆかった。
もしまた入院か自宅療養をしているなら、単元のプリントを持って行ってやろう。
しかし、5月の連休明けの教室の出席簿を見たときに、俺は信じられないものを見た。
これまでとは違い、彼女の名前自体に斜線が引かれている。これは……つまり、そういうことなのか?
すぐにでも教室を飛び出したい衝動を必死で抑えながら授業を終えて、今の担任の先生を捕まえて聞いた。
もう冷静でなんかいられなかったからだ。
原田結花が退学した。
あのはにかんだ笑顔を見ることはもう出来ない。
そんなことより、彼女を救えなかった。
その事実の方が俺にはグサリと刺さる。
結局、最後まで彼女が安心して登校できる環境を作ってやれなかった。
「原田……」
職員室で彼女が相談に来るのを待っている場合じゃなかったのだ。
一人の女子生徒の進路、いや人生の一部を絶たせてしまった。
「これでは教師として失格じゃないか」
失意に打ちひしがれながら1学期をなんとか乗り越えた夏休みの直前、俺は校長先生に辞意を伝えた。
幸いにもこの年はクラス担任を持っていなかったから、多少の留意はあったけれど俺の決意は変わらなかった。
突然のことに教室はもちろん、職員室でも質問攻めにあったけれど、本当のことは話せない。
もう生徒ではないとはいえ原田はまだどこかで生活しているはずなのだから。
夏休みに入り、数学の授業を受け持っている生徒たちの進捗を引継ぎをした。
お盆休みで職員室に誰もいない8月。それまで少しずつ片付けていたものを、静かな校舎から最後の荷物を片付け車に積み込んでいると、原田も同じように学生最後の日を過ごしたのかと、つい頭の中をよぎってしまう。
辞表を出してから、いつまでも失業しているわけには行かない。食べていくために働かなくてはと就職活動もした。
同時にこれまでは鉄筋コンクリート造のマンションだったけれど、家賃を下げるために少し年季の入った木造アパートに引っ越しもした。
しばらくして俺は大手の予備校の講師として採用された。
しかし、年度途中で入った自分に担当できるクラスがすぐにできるわけではない。
ようやく担当することになった教室は、それぞれの教室の進度に追いついて行くことが出来なくなった生徒たちの補習クラスと決まった。
本科の担当でないことを周囲からも慰められたけれど、逆に願ってもいないことだと内心では闘志が湧いてきた。
これならば、一人ひとりの進度を聞きながら、じっくりと向き合ってやれる。
昨年の冬、原田に病室で補習をしたやり方をそのまま持ち込めるじゃないか。
個人の進度に合わせて問題を作ってやり、解ける自信をつけさせてやれば自然と伸びていく。
もちろん手間はかかるが、補習クラスだから生徒の人数も少ない。表向きには言えないものの科目だって時間内なら自由だ。
そもそも本当にあの病室での手法そのままで新しく編み出したものではないから、大きな準備はいらない。やることといえば各教科のテキストを読み込むくらいだ。
同時に本課から遅れたことに落ち込んでいたり、何か様子が変化した生徒のメンタル面には個別指導を逆手にとり、授業を中断しても手をいれた。
それが生徒の口コミ、保護者にも伝わったのだろう。
ありがたいことに、その手法を職場でも正式に認めてもらい、ついには最初からそちらのクラスに入りたいという生徒まで現れはじめた。
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