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三章:この羽根は君を暖める為に(最終章)
43:星を堕とす鳥
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「なぁヨッタン、ところでパフェ何が良い?」
空いた方の手でメニュー表を開き、馴れ馴れしく呼びながら鳳一郎がカウンター席に広げる。
定番の苺やチョコレートやバナナ、季節のフルーツに限定品など写真付きで華やかなパフェが並ぶページは決戦という席に酷く不似合い。
「説教の席と思わなかったものでパフェを注文してしまった」なんてネタはネットミームにあるが、鳳一郎は気まずさなんか欠片も見せず。
「わざわざ遠いところから来て、旅の思い出がバス痴漢とセックスだけって虚しいだろ……ロストルム来たんだからパフェくらい食えよ、な?」
「旅は飯、飯は旅ですよ」
「そうだな、運動前だし軽い方が良いか。蜜柑ヨーグルトか桃苺パフェで迷うな……」
「あの、初めての方にお勧めのパフェとかもありますけど、どうします?」
気配りを装いつつ、場の空気を引っ掻き回す。
今まで流されてばかりだったが、そろそろヨタカも黙ってはいられまい。
乱れた調子を振り切って鳳一郎を睨んだ。
「……っおい、アンタ分かってんのか、この女は男二人咥え込んでたビッチだぞ?」
暴言の一つくらいは許容範囲。
しかしお育ちの良さが出るもので、ヨタカからの侮辱は予想していたよりも随分と可愛いものだった。
やはり悪人向きではないのかもしれない。
「そうは言われても、咥えたチンポの数は俺の方が桁からして多いしな……俺入れてもせいぜい三本だろ、その程度でビッチ呼ばわりは潔癖じゃねぇ?」
「父子丼食べていたくらいですから、そりゃ私、自他共に認めるビッチに決まってるでしょう……?」
二人揃って首を傾げながら本気で戸惑った様を作ってみせる。
だから何だ、それがどうした。
そんなものは弱みにならないとでも言うように。
「……随分強気なんだな。写真ではあんなに可愛く泣いてて、昨日はバスでもしおらしかったクセに」
ヨタカも負けじと、今度はアルバムの件を匂わせてきた。
手札はこちらにあるのだと突き付けてくる訳か。
それでも二人は冷や汗一つとして掻かない。
「ですが四、五年は経ってますし、もう泣いていたのなんて昔のことですので……」
「で、確認しときたいんだけどよ、ヨッタン処女?俺も処女の子に無理させるのは趣味じゃないから……」
「それに二十四時間いつでもどこでもOKではないですし、あなたも流石にTPOくらいは弁えましょうよ」
「ヨッタンこそ食わず嫌いはすんなよな、男相手の方が竿も穴も付いてるからお得だろうがよ」
両側から違う話をするのは、何も煙に巻いて誤魔化す為だけではない。
身体目当ての脅迫に対して、どうすれば萎えさせることが出来るか。
手なら幾つかあるが、一つは大乗り気かつ相手を遥かに上回る淫魔の面を曝け出すことである。
理解しがたい性的嗜好とは他人にとって全て「変態」の一言を叫ばれて逃げられるもの。
こちらを震えるばかりの雛鳥と思っているならば、それこそ何でも呑み込もうとする狂気のペリカンになりきるのは効果的。
性欲よりも支配欲が暴走した蛮行なのだ。
反対に喰われそうになるのなんて想定外であり最も恐ろしいこと。
「アンタら、もう良いよ……黙ってくれ……」
苦々しい表情のヨタカが絞り出した声は白旗。
すっかり加虐心を削がれて弱ってきたか。
激昂して危害を加えてくるような奴なら雛子も危なかったが、それを見越してハヤブサはテーブルに人数分の水を置いておいた。
こうした「話し合い」の際には相手にお冷やを出せという。
もし相手が水を掛けてきたらしっかりと罪に問われるので、通報しても良いのだと弁護士談。
何も殴る蹴るだけが暴行罪という訳でないのだ。
ここでようやく空気はまた変わった。
貸し切りの筈がドアを勢い良く開いた音と、近付いてくる足音。
ああ、やっと二人目のゲストが来たか。
それからもう一つ、これは時間稼ぎだった。
何しろ急な呼び出しの上にあちらも遠方からお越しということで、五分や十分の遅刻くらいは多目に見なければ。
ピザでも届いたような軽さで鳳一郎は受け止めてはいたが、胸にさざ波が立つ。
振り向くよりも訪問者の方が手が早かった。
星が散る勢い、迷いなく真っ直ぐとヨタカの後頭部に平手を叩き付ける。
この時に薄っすらと掠めたのは、線香にも似ているようで甘くて上品な匂い。
「……痛ッ!は……っなん、で……ここに……?」
ただでさえペースが崩されていたところで急に叩かれてヨタカは衝撃を受けた訳だが、それだけでない。
訪問者の正体を目にした途端、今度こそ言葉を失ってしまっていた。
そこに立っていたのは、黒より柔らかい色の髪に端整な顔立ちの青年だった。
流石に鳳一郎ほどではないにしても背が高く、冬らしく着込んでいるが脚が長く均整の取れた身体つき。
急いで来たらしくよく見れば身なりに少し崩れもあるが、それでもコートや雰囲気からして裕福そうだ。
いかにも周囲から一線を画す色男の登場で、鳳一郎も手助けの役目は終わったことを悟った。
「……この度は弟がご迷惑をお掛けしました」
平手から流れるようにヨタカの髪を掴んで立たせると、青年は重々しく謝罪した。
奥歯を噛んだ顰め面ながら一緒に頭を下げて、僅かに疲れの感じる声。
「ええ……ご無沙汰してますね、最上の若当主様」
カウンター席に着いたまま雛子が悠々と青年に向かって挨拶する。
先程、鳳一郎に立ったさざ波の正体とはこういうことだ。
雛子の初恋の君とはこの男か。
空いた方の手でメニュー表を開き、馴れ馴れしく呼びながら鳳一郎がカウンター席に広げる。
定番の苺やチョコレートやバナナ、季節のフルーツに限定品など写真付きで華やかなパフェが並ぶページは決戦という席に酷く不似合い。
「説教の席と思わなかったものでパフェを注文してしまった」なんてネタはネットミームにあるが、鳳一郎は気まずさなんか欠片も見せず。
「わざわざ遠いところから来て、旅の思い出がバス痴漢とセックスだけって虚しいだろ……ロストルム来たんだからパフェくらい食えよ、な?」
「旅は飯、飯は旅ですよ」
「そうだな、運動前だし軽い方が良いか。蜜柑ヨーグルトか桃苺パフェで迷うな……」
「あの、初めての方にお勧めのパフェとかもありますけど、どうします?」
気配りを装いつつ、場の空気を引っ掻き回す。
今まで流されてばかりだったが、そろそろヨタカも黙ってはいられまい。
乱れた調子を振り切って鳳一郎を睨んだ。
「……っおい、アンタ分かってんのか、この女は男二人咥え込んでたビッチだぞ?」
暴言の一つくらいは許容範囲。
しかしお育ちの良さが出るもので、ヨタカからの侮辱は予想していたよりも随分と可愛いものだった。
やはり悪人向きではないのかもしれない。
「そうは言われても、咥えたチンポの数は俺の方が桁からして多いしな……俺入れてもせいぜい三本だろ、その程度でビッチ呼ばわりは潔癖じゃねぇ?」
「父子丼食べていたくらいですから、そりゃ私、自他共に認めるビッチに決まってるでしょう……?」
二人揃って首を傾げながら本気で戸惑った様を作ってみせる。
だから何だ、それがどうした。
そんなものは弱みにならないとでも言うように。
「……随分強気なんだな。写真ではあんなに可愛く泣いてて、昨日はバスでもしおらしかったクセに」
ヨタカも負けじと、今度はアルバムの件を匂わせてきた。
手札はこちらにあるのだと突き付けてくる訳か。
それでも二人は冷や汗一つとして掻かない。
「ですが四、五年は経ってますし、もう泣いていたのなんて昔のことですので……」
「で、確認しときたいんだけどよ、ヨッタン処女?俺も処女の子に無理させるのは趣味じゃないから……」
「それに二十四時間いつでもどこでもOKではないですし、あなたも流石にTPOくらいは弁えましょうよ」
「ヨッタンこそ食わず嫌いはすんなよな、男相手の方が竿も穴も付いてるからお得だろうがよ」
両側から違う話をするのは、何も煙に巻いて誤魔化す為だけではない。
身体目当ての脅迫に対して、どうすれば萎えさせることが出来るか。
手なら幾つかあるが、一つは大乗り気かつ相手を遥かに上回る淫魔の面を曝け出すことである。
理解しがたい性的嗜好とは他人にとって全て「変態」の一言を叫ばれて逃げられるもの。
こちらを震えるばかりの雛鳥と思っているならば、それこそ何でも呑み込もうとする狂気のペリカンになりきるのは効果的。
性欲よりも支配欲が暴走した蛮行なのだ。
反対に喰われそうになるのなんて想定外であり最も恐ろしいこと。
「アンタら、もう良いよ……黙ってくれ……」
苦々しい表情のヨタカが絞り出した声は白旗。
すっかり加虐心を削がれて弱ってきたか。
激昂して危害を加えてくるような奴なら雛子も危なかったが、それを見越してハヤブサはテーブルに人数分の水を置いておいた。
こうした「話し合い」の際には相手にお冷やを出せという。
もし相手が水を掛けてきたらしっかりと罪に問われるので、通報しても良いのだと弁護士談。
何も殴る蹴るだけが暴行罪という訳でないのだ。
ここでようやく空気はまた変わった。
貸し切りの筈がドアを勢い良く開いた音と、近付いてくる足音。
ああ、やっと二人目のゲストが来たか。
それからもう一つ、これは時間稼ぎだった。
何しろ急な呼び出しの上にあちらも遠方からお越しということで、五分や十分の遅刻くらいは多目に見なければ。
ピザでも届いたような軽さで鳳一郎は受け止めてはいたが、胸にさざ波が立つ。
振り向くよりも訪問者の方が手が早かった。
星が散る勢い、迷いなく真っ直ぐとヨタカの後頭部に平手を叩き付ける。
この時に薄っすらと掠めたのは、線香にも似ているようで甘くて上品な匂い。
「……痛ッ!は……っなん、で……ここに……?」
ただでさえペースが崩されていたところで急に叩かれてヨタカは衝撃を受けた訳だが、それだけでない。
訪問者の正体を目にした途端、今度こそ言葉を失ってしまっていた。
そこに立っていたのは、黒より柔らかい色の髪に端整な顔立ちの青年だった。
流石に鳳一郎ほどではないにしても背が高く、冬らしく着込んでいるが脚が長く均整の取れた身体つき。
急いで来たらしくよく見れば身なりに少し崩れもあるが、それでもコートや雰囲気からして裕福そうだ。
いかにも周囲から一線を画す色男の登場で、鳳一郎も手助けの役目は終わったことを悟った。
「……この度は弟がご迷惑をお掛けしました」
平手から流れるようにヨタカの髪を掴んで立たせると、青年は重々しく謝罪した。
奥歯を噛んだ顰め面ながら一緒に頭を下げて、僅かに疲れの感じる声。
「ええ……ご無沙汰してますね、最上の若当主様」
カウンター席に着いたまま雛子が悠々と青年に向かって挨拶する。
先程、鳳一郎に立ったさざ波の正体とはこういうことだ。
雛子の初恋の君とはこの男か。
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