鳳凰の巣には雛が眠る〜かつて遊び人だった俺と慰み者だった君が恋人になるまで〜

タケミヤタツミ

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三章:この羽根は君を暖める為に(最終章)

45:メロス

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この辺りで橋永家に纏わる昔話を一つ。

それまで両親がなるべく避けていた親戚付き合いで、初めて雛子が連れられて行ったのは小学生の頃。
家族揃って当主に挨拶をした例の「本家を支える分家の娘の結婚式」がそれに当たり、新婦とは橋永家の一人娘であるヨタカの母親だった。

現実的な話をすれば、あれは橋永家が営む会社の為の政略結婚。
エリート社員を抱き込む為に未婚で子持ちの娘を充てがって婿養子に迎えたのだ。

ただ少なくとも幼い雛子の目に新郎新婦は幸せそうに映っていたのを覚えている。
ヨタカのことは「急死した婚約者の忘れ形見」として感動仕立ての式だったが、陰で口の悪い親戚達が「どうせ本当は男に逃げられたのだろう」と笑っていたのを雛子も聴いてしまった。
妊娠を告げた途端、恋人を捨てて消えてしまう男は稀に居るという。

今回は新婦が昔から雛子の父を兄のように慕っていたらしく断り切れなかったが、両親がこういう場に行きたがらない理由はよく分かった。
金髪の嫁と孫に顔を顰める祖父母だけでなく、ここは意地悪な人間が多すぎる。

というのが約十年前のこと。

それにしても、当主は妊娠させてしまった元愛人の結婚式に素知らぬ顔で参加していたのか。
あまりにも酷くていっそ笑える。
加えて、あの頃からもう雛子に目を付けていた訳だ。
確実に地獄行きだとは思っていたが、また一段階深く下がるとは。


ヨタカが当主の隠し子と聞いて、雛子は腑に落ちた。

思えば、以前から引っ掛かりがあったのだ。
バスの一件だけでなく、それこそもっと薄い繋がりでしかなかった頃から。


冠婚葬祭は最上家の主催で一族が集まることになっている。
正月と盆は季節の挨拶なので必ず年二回、それに人が多ければ毎年何かしら起きるもの。
当然の話、最上家に来てからは雛子も必ず出席させられていた。

あの悍ましい男は表向き「両親を失った薄幸の少女を引き取った慈悲深い当主様」ということで義父の顔をして、少女趣味なドレス姿の雛子を横に立たせる。
帰ったら着替えもせず下着を奪われ、脚を開かされる為の正装だが。
こうした場では制服でも良いのに、わざわざよそ行きの服を買い与えるのは着せ替え人形も兼ねていた。


そして、その度に話し掛けてくるのがヨタカである。
口角の上がり方や声は笑っていても、どことなく嫌な雰囲気。
当主からも「相手しなくて良い」と言われていたが、そんな必要は無いと思っていた。

実際のところ彼が見ているのは雛子でなく、その向こうの当主ではないかと。
そうしてちょっかいを掛ければ、必ず出てきて睨んでくれる。

最初に鷹人が関係を迫ってきた時だってそうだ。
雛子を通じて父親の残り香でも感じたかったのかとばかり思っていたのは、ヨタカという前例があってのことだった。
実に子供じみた行為であり、こちらからすれば大変いい迷惑である。


こうやって憶測混じりながらも一つずつ分析していくと、繋がりが見えてくる。
ヨタカの本当の目的や動機など、色々と。

それはそれとして鷹人も無関係とも言い切れまい。
流してはいけないことが一つあった。


「それで、結局あのアルバム何なんですか……?当主様が隠し撮りしてたことは分かりましたけど、弟さん「若当主が大事に持ってた」って言ってましたよ?」

雛子が冷ややかな物言いになるのも仕方なし。
氷柱で刺されて、鷹人が動揺した気配。

「白状すると、親父の書斎にあった……自分の部屋に持ち帰ったのは魔が差したとしか言いようがない。あまり見るのも悪いかと仕舞っていたから、無くなってたことに気付かなかったよ……」


ただし、いつなのかは心当たりなら一つあるという。

雛子が最上家を去ってからしばらく後、最上家で執り行われた法事。
疲れ果てた鷹人が自室に戻ろうとしたところで、何故かヨタカと廊下で顔を合わせたという。
この広い屋敷、親戚が集まる大広間とは反対方向にも関わらず。

慰謝料込みで成人までの養育費などは当主が生前に払っており金銭で解決済みとはいえ、人は欲が出てくるもの。
当主と生前に約束を交わしただの遺産目当てで寄ってくる親戚だらけで油断ならない状況。
ヨタカもそうかとばかり思い、この時は話も碌に聞かずつい強めに追い返したそうだ。

どうも鷹人が来る前には盗られていたらしいが。
自室に入られた形跡も金目の物が紛失しているようなことも無かったので、油断していたと。


「だから、あなたそんなアルバム見てどうすると」
「ぐ……っ、お前、分かってて訊いてるだろ……」
「鬱勃起ですか」
「淑女がそういうことを言うんじゃない」

どうも鷹人は雛子に出逢ってから妙な性的嗜好の扉が開いてしまったのでは。
こちらに責任など無いので、今後は一人でうまいこと付き合って行ってほしいものである。

さて、それよりもこの件は一体どうしようか。


「それでは……明日、弟さんのお迎え頼めますか?」
「あぁ、分かった……俺の不始末でもあるんだ、全部何とかしに行く」

ここで問題は、どこに行けば良いのかということである。
承諾した後だが鷹人は雛子の居場所を知らない筈。
すぐに出発しても場所次第では気が遠くなるような距離と労力だというのに、よく言い切ったものだ。

それだけに、トーク画面にロストルムの住所と地図を打ち込む時は少し指先が緊張した。
徒歩十分の近所だけに、これを送るのは雛子の現住所を教えるも同然。
あんな別れ方の後ではやはり気まずさが心に毛羽を立てる。

風切かざきり……関東だな。飛行機が大体一時間半として、インター近いなら空港からは高速道路の方が良いか……」
「県外の人ってイントネーション違いますよね。風切のアクセント、正しくは"ザ"じゃなくて"カ"の方です」

そうしたザラつきは見ない振りをして、どうでも良い話を口にした。


全部嘘で、この会話もヨタカに筒抜けかもしれない。
鷹人は来ないかもしれない。
だとしたら手を貸してくれる鳳一郎やハヤブサ、ロストルムの面々の善意が無駄になってしまう。

それでも、鷹人を信じてみることにした。

信用が築けなかったから別れたというのに馬鹿ではないかと雛子も自分で思う、ご尤も。

「でも……本当に、行っても良いのか?もう雛子は俺の顔も見たくないかと思ってたから……」
「そんなこと言って、くれぐれも逃げないで下さいね」

折角雛子が見ない振りをしたというのに、鷹人もそこは気にしていたか。
またも余裕を装って挑発的な物言いをしておいた。
最後の最後、まだ一つだけ残っていた純真の欠片に賭ける。


求婚の件で、雛子が頷くまで鷹人は何年でも待つつもりだと言っていた。
それならこちらも一日くらい待ってやっても良い。

ジョーカーはあちら、痴態を押さえられている雛子は命を握られているも同然。
まるでメロスを待つセリヌンティウスの心境。
今読んだらきっと感情移入で泣いてしまうだろう。

いっそ裸で走って来い。





「……この度は弟がご迷惑をお掛けしました」
「ええ……ご無沙汰してますね、若当主様」

こうしてメロスはやってきた。
スケジュールは詰まっていただろうに破り捨て、遥々と。
    
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