鳳凰の巣には雛が眠る〜かつて遊び人だった俺と慰み者だった君が恋人になるまで〜

タケミヤタツミ

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三章:この羽根は君を暖める為に(最終章)

47:パフェを共に

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「贈ったもの、全部、置いて行きやがって……っそりゃ、もう雛子にとってはゴミだろうけど……俺が、どんな想いで……」

雛子から罵詈雑言を浴びせられる覚悟もしていたのは嘘でない。
それはそれとして半年以上ずっと胸の奥へ閉じ込めていた恨み言が鷹人にもあった。
涙で阻まれつつも、切れ切れに唇から流れ落ちてしまう。


突き返された金色のアンクレットの重みを、鷹人は掌でまだ覚えている。
冷たい筈の鎖は肌身離さずにいた雛子の体温が移っていた。

束縛の象徴だっただけに不要となるのは理性で解るとしても、それだけでない。
立つ鳥跡を濁さずとはいうが、空っぽとばかり思っていた雛子の部屋には綺麗に畳まれた服やら生活雑貨が一式置き去りにされていた。
鷹人には見覚えがある、これらは全て同棲を始めた時に雛子へ買い与えた物。
一つ一つに思い出が色濃く存在している。

想いの欠片すら連れて行ってくれないのか。
あの日々が楽しかったのは自分だけなのか。

そう思うと苦しくて堪らず、もう息が出来ない。


「だって、あれ全部やたら高い物ばかりじゃないですか……別れたなら受け取れませんよ。物だけ持って行ったら、それこそお金目当てみたいになりますし……」

しかし、雛子からの返答は意外なもの。
嬉しい楽しいは分かりにくいくせに困惑は真っ直ぐ鷹人に届いた。

「お前そんなこと気にしてたのか……何、それだけ?」
「それだけですけど」

置いて行かれた本当の理由に思わず力が抜けた。
嘘かもしれないが、雛子の口から直接聞いたということが大きい。
辛い妄想ばかり先走っていたものだから。

「それじゃ、今度こそ受け取ってくれるか?実を言うと、今日は持って行こうかと凄く悩んだよ……拒絶されるの怖かったから置いてきたけど、後で送る」
「ん……本当に、貰っても宜しいのなら」

遠慮がちながら雛子に頷かれて、やっと鷹人は胸の中が軽くなった気がした。
そうなると一人で泣いているのが急におかしい。
顔を背けて涙を拭おうとしたら、雛子にタオルハンカチを渡された。
ミントグリーンの生地に量産型のキャラクター物。
ワンポイントとなっているヒヨコの刺繍に笑われた気がした。


「悪い、どうも雛子の傍に居ると情緒が狂う……」
「真面目な人ほど色恋に嵌るとそうなるって言いますからね……そういう人の傍に居たらいけませんよ」

溜息で落ち着こうとした鷹人に、容赦の無い一言。
本音はずっと雛子に振り回されていたかった。

「どれだけ謝っても足りないけど、俺はまだ雛子のこと好きだから会えて嬉しかったよ……まぁ、何も失恋自体はお前が初めてじゃないし、そのうち平気になるから……」

一目だけ会えたらもうそれで良かったのだ。
ヨタカの凶行を止めてアルバムは取り上げ、スマホのデータなどもチェックさせてもらったが妙なものは無し。
飽くまでも今日の目的は悪い子の回収。

加えていつぞや撮った雛子の痴態も鷹人のスマホから消して、当主が隠していたUSBも完全に叩き割った。
これで信じてもらえるかは分からないけれど。

そうして、もう鷹人は席を立つつもりだったのに。


「……え、私も鷹人様のこと好きでしたけど」

こんな時に呼んだりするなんて。
言葉の意味は一瞬遅れ、理解すれば重く深い衝撃。

どうしてそんなことを言うのだ、今。


「最上家に引き取られてから何年も、私は当主様以外の男性と口利くことも許されなかったんですよ……そんな時に、まぁ、若くて格好良い男性から好意向けられて関係持ったら……そりゃ、勘違いくらいします」

だからこそ「身の程を弁えなければ」と自分に言い聞かせていると、雛子は別れの時に言っていた。
恋に恋する女が浮かれて勘違いしたままなら良かったのに。
鷹人の恋心は本物だったのだ、そこから溺愛で目隠しして閉じ込めたら上手く行ったかもしれない。

しかし、そうでないから惹かれたのも事実。
流されて楽になるよりも、手強い自我を握り締めながら嵐が過ぎ去るのを静かに待つ。
大人になるまで待って口説き落とすつもりだった。
この深い暗褐色の双眸でずっと鷹人を映してくれるならと。

「雛子に、愛してるって言ってもらえたら……それだけで強くなって、俺は今後ずっと生きていける気がしてたよ。どれだけ重いものを背負っても、お前さえ傍に居れば全部自分で何とか出来ると思ってた」

声に出してから気付いたが、何だかどこかのラブソングじみたことを言ってしまった。
恥ずかしさで苦笑しそうになりつつ、ついでにもう一つ。


「……なぁ、雛子は俺のどこが好きだったんだ?」

せがむような物言いになってしまったが、どうしても訊きたい。
気持ちを整理しなければ前に進めないのだ。

「確かに、最初は内心呆れたり腹立つことの方が多かったですね。それでも触れ方は当主様とは違うの分かっていて、キスする時いつも夢見心地でしたよ……初恋でした」

酷いことをしたので好感度なんてマイナスだったとばかり思っていたのに。
どんな時も冷静さを一握り離さずにいる雛子が僅かに口ごもって、何でもない振り。
一瞬の恥じらいを見せる唇はまるで花蕾のよう。

そこが甘いことなら鷹人はよく知っていた。
もう届かない、触れてはいけない。

「それから私の前だと素直に弱いところ晒してくれるの、時々鷹人様のこと小さい男の子みたいに見えて愛しかったです。泣き顔可愛いですね」

意地悪に微笑する唇の開花。
満開になった訳ではなく、僅かに綻ぶ程度だった。
それだけで、この心身共に凍り付いてしまいそうな季節に春の陽光が差すような錯覚すら。


「お待たせしました」

ふと、若い店員の声に肩を叩かれた。
ホットコーヒー二つにしてはやけに遅く、込み入った話をしていたからタイミングを計りかねていたのかもしれない。
そう思っていたら、トレーに載っていたのは意外な物。

「どうぞ、パフェは失恋に効くらしいですから」

注文したのは雛子らしく、湯気を立てるコーヒーと一緒に丸々したガラスの器が二つ。
冷たくて甘い物はどちらかといえば夏向きでも、暖房の効いた店内で温かい飲み物となら丁度良い。


パフェとはいっても全体的にモノクロの色使い。
雛子が鷹人に選んだのは、ラムレーズンとコーヒーのパフェだった。
ガラスの器に透ける、クリームの白とコーヒーゼリーの黒でコントラスト鮮やかな層。
その上へ丸く盛られたアイスクリームの山にはチョコクラムがどっさりと。

「ラムレーズンお好きでしたよね?これはアルコール飛んでるから帰りはお車でも大丈夫ですよ」
「……いただくよ」

好みを覚えてくれていたのか。
銀色のスプーンを取ると、最初の一匙目はラムの上品な香り。
チョコレートのザクザクした食感の下、ラムレーズンのアイスクリームが舌先に蕩けた。
ひんやりと大人びた甘味が激情を優しく鎮める。

食べ進めていくとコーヒーゼリーの苦味が加わった。
アイスクリームのラムとミルク感が受け止めて、先程よりも酔いそうになる。

苦くて甘くて、アルコールは飛んでいる筈なのに仄かな酩酊感。
向かいでは雛子も相変わらず美味そうに同じ物を味わっていて、それは共に過ごしていた時の温かな食卓を思い出す。
やはりここは夢の中ではないだろうかなんて思う。
このパフェが溶け落ちるまでの。
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