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三章:この羽根は君を暖める為に(最終章)
48:憧れは理解から最も遠い
しおりを挟む橋永ヨタカは子供の頃幸せだったと思う。
医療機器の会社の跡取りとして生まれて、父親不在ながら母親も祖父母も確かにヨタカだけを見ていた。
それも約十年前、小学生の頃に母が結婚して弟と妹が産まれるまでの話。
可愛い赤ん坊に皆が夢中なのは良いとして、会社の為に選ばれた継父に自分が好かれてないことはヨタカも何となく肌で感じていた。
相変わらず金には困らず大抵の物なら手に入ったが、家庭内でどうしようもない疎外感。
勉強もサッカーも必死に頑張って、最上家の祖先が創ったという名門の羽角学院大学に受かった。
そうでなければ家族として認めてもらえない。
内心擦り切れそうな自分を隠しながらどんなに結果を出しても「出来て当たり前」と扱われる一方、自由の身で甘やかされる弟と妹との差は大きかった。
褒めてもらえると信じていたかったのに。
或いは、東北の実家から北海道の大学へヨタカを追い出す為の口実だったのか。
そんなヨタカには誰にも言ってはいけない秘密があった。
表向きで亡くなったとされている自分の実の父親は、本家の当主だということ。
冠婚葬祭で見掛けるだけの父親は近付きにくい雰囲気で幼心にも少し恐ろしかったが、それより跡取りの異母兄は誰よりも格好良かった。
優秀なのは勿論のこと背が高く凛とした横顔。
人に囲まれながらスマートに対応する鷹人は特別な存在でちょっとしたヒーローのようだった。
ヨタカはほとんど話したことはなかったが、いつも遠巻きに眺めるだけで誇らしい気持ち。
その鷹人も高校に上がってから急に顔を出さなくなった。
「高校生ともなれば多忙で親戚付き合いよりもプライベートが優先される」ということらしいが、母親が亡くなってから父親と不仲になった噂。
待っていたのに、会いたかったのに。
そうして、いつしか代わりに当主の隣へ立つようになったのが倉敷家の娘だった。
親族間の結び付きが強い最上の血筋は余所者を極端に警戒する。
もともと一人息子が外国人の血を引く嫁を迎えたことで悪い意味で注目されがちだったところに、その両親を亡くして遺されたのが異端な金髪の少女。
意外と血縁は近く、ヨタカとは再従妹に当たるそうだ。
慈悲深いとされる当主が引き取った時に大学卒業まで面倒を見ると宣言していたが、隠し子のヨタカからすれば複雑な心境だった。
自分も娘に生まれていたら、あの場所に立てていただろうかと。
以来、顔を合わせる度に物怖じせず雛子に話し掛けてみるのは甘噛み。
父親である当主は睨み付けてきたが、もう小さな子供ではないヨタカは真っ直ぐ受け止めて薄く笑った。
気付いていた、あれは若い男に女を奪われまいとする嫉妬の目だ。
ただ、この頃は娘を溺愛する父親のものかとばかり思っていた。
その当主が亡くなったのが去年の六月。
親戚達は大騒ぎだったが、ヨタカからすれば父親という実感が無かったので哀しみはほとんど無し。
それよりも、数年ぶりに異母兄の姿を見られるのが楽しみだった。
この時ばかりは無視できまいと。
思った通り、中学生の頃に美少年だった異母兄は惚れ惚れするような立派な青年として葬儀の場に現れた。
最上の家を継ぐに相応しく喪主を務めて相変わらず隙が無く、流石だと皆が褒めそやす。
要するに、他の親戚達以上にヨタカは鷹人を神聖視していた訳だ。
それは必ずしも良いものとは限らず。
「お前が居てくれて良かった」
断っておくが覗き見るつもりなんてヨタカに無かった。
葬儀の途中、場から外れて隠れるように抱擁を交わす男女の姿。
ずっと憧れていた異母兄が雛子には弱音を吐き、あんな表情なんて見たことがない。
同時に、あの二人がどんな関係かなんて理解は一瞬で足りる。
義理とはいえ兄妹の空気などではなかった。
思えば鷹人だって突然父親を亡くした一人の若者に過ぎないのだ。
隠れて弱った姿を晒すくらいするだろう。
しかしこの時ヨタカの中で「完璧な異母兄」の偶像が確かに揺らいだ。
そして父の件で既に芽生えていた雛子に対する羨望に水を与え、急成長して花を咲かせてしまった。
目撃しなければそのうち枯れ果てたのに。
人が亡くなった後というのは集まりが増える。
次の法事ではいつの間にか雛子が消えていてヨタカは安堵したものだが、まだ根はしっかりと残っていた。
あの日、鷹人の部屋に入ってしまったのは魔が差したとしか言いようがない。
小学校に上がるよりも幼い頃、最上家に来て迷子になった時に鷹人がここから出てきて広間まで連れて行ってくれたことをヨタカは覚えていたのだ。
記憶の通り辿り着いて、震える手で開けたドアは鍵が開いていた。
ホテルのスイートルームのような仕様をした室内に目を引く、可愛らしいクマの形のシリコンライト。
あれは雛子の趣味だろうかと思うと忌々しかった。
そして見つけてしまったのが、あのアルバムである。
中身に衝撃を受けつつうっかり持ち出してしまい、部屋を出て数歩まではまだ返すつもりがあった。
鷹人に廊下で出くわすまでは。
親戚が集まる広間から遠く、こんなところを出歩いている怪しいヨタカを見過ごすほど若当主は甘くない。
憎んでいるように睨みつけられて、冷たい言葉で追い返された。
実際に盗みを働いてしまったので疚しさはある。
それよりもここから導き出される答えとして、雛子は父と兄が共有して飼っている娼婦だった訳か。
始めは強い羨望だったものは複雑な激情が加わって蔓を伸ばし、手足に絡まり、頭の中まで侵食してくる。
ヨタカ自身でも制御出来ない速度で。
ぶつける相手を間違えているという自覚もありつつも、すぐに呑み込まれてしまった。
そうして雛子のことを調べ出し、遥々とヨタカはここまでやって来たのだ。
静まり返ったバスの車内、かつて父と兄が吸ったであろう唇を重ね、布越しの秘部に触れて甘い熱に浸った。
前に付き合っていた相手と性行為の経験はあったが、背徳感はあまりにも刺激的。
これほどまでに頭の芯が痺れたのは初めて。
雛子のことを見ていたのではない。
結局、あの二人と同じものが欲しかっただけなのだ。
「お前さんは悪人には向かないんだろうけど……欲というか、異性が絡むと暴走する奴は居るからなぁ」
だからこそ欲というものは恐ろしい。
理性を奪い、思いもよらぬ行動に走らせる。
ヨタカが止まれたのは幸いだったのかもしれない。
鳳一郎と雛子により減速させられたところで、突然現れた鷹人にブレーキを踏まれた。
まさか、自分の為にこんな遠くまで来てくれるなんて。
この奇妙な状況を呑み込めずにいたが現実。
そうして、奇妙な状況というものはまだ続いていた。
「何でオレ、アンタにこんな話してんだろうな……」
第一印象が最悪で初対面の鳳一郎に、どうしてヨタカは身の上話なんてしているのか。
自分でも分からなくなって、思わず呆けて呟いた。
鷹人と雛子が二人きりで話すことがあるからと、今のヨタカはアルバムとスマホを取り上げられて奥の別室に隔離中。
ついてきた鳳一郎は監視かと思いきや、座らされてからはまるで聞き上手どころか魔法使いの所業。
先程あんなことを言っていた相手と密室に二人きりなんて犯されそうで恐ろしい筈なのに、打って変わって穏やかな面で接してくる。
尋問の必要も無く作られた雰囲気や話術であれよあれよという間に口が軽くなってしまい、物心ついてから押し込め続けていたものが零れ落ちていた。
ああ、しかし考えてみればヨタカの話をこんなに聞いてくれたのは鳳一郎が初めてだ。
「見ず知らずの他人にも言えたんだから、それお兄さんに言えるだろ。俺のことはまぁ、テディベアみたいなモンだと思って……サンドバッグでも、良き話し相手でも」
そんな可愛らしい物ではなかろう。
椅子の上で窮屈そうに身を縮めている巨漢を前に、ヨタカは言葉を呑み込んだ。
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