鳳凰の巣には雛が眠る〜かつて遊び人だった俺と慰み者だった君が恋人になるまで〜

タケミヤタツミ

文字の大きさ
48 / 57
三章:この羽根は君を暖める為に(最終章)

48:憧れは理解から最も遠い

しおりを挟む

橋永ヨタカは子供の頃幸せだったと思う。
医療機器の会社の跡取りとして生まれて、父親不在ながら母親も祖父母も確かにヨタカだけを見ていた。

それも約十年前、小学生の頃に母が結婚して弟と妹が産まれるまでの話。

可愛い赤ん坊に皆が夢中なのは良いとして、会社の為に選ばれた継父に自分が好かれてないことはヨタカも何となく肌で感じていた。
相変わらず金には困らず大抵の物なら手に入ったが、家庭内でどうしようもない疎外感。

勉強もサッカーも必死に頑張って、最上家の祖先が創ったという名門の羽角うかく学院大学に受かった。
そうでなければ家族として認めてもらえない。
内心擦り切れそうな自分を隠しながらどんなに結果を出しても「出来て当たり前」と扱われる一方、自由の身で甘やかされる弟と妹との差は大きかった。
褒めてもらえると信じていたかったのに。
或いは、東北の実家から北海道の大学へヨタカを追い出す為の口実だったのか。


そんなヨタカには誰にも言ってはいけない秘密があった。
表向きで亡くなったとされている自分の実の父親は、本家の当主だということ。

冠婚葬祭で見掛けるだけの父親は近付きにくい雰囲気で幼心にも少し恐ろしかったが、それより跡取りの異母兄は誰よりも格好良かった。
優秀なのは勿論のこと背が高く凛とした横顔。
人に囲まれながらスマートに対応する鷹人は特別な存在でちょっとしたヒーローのようだった。
ヨタカはほとんど話したことはなかったが、いつも遠巻きに眺めるだけで誇らしい気持ち。

その鷹人も高校に上がってから急に顔を出さなくなった。
「高校生ともなれば多忙で親戚付き合いよりもプライベートが優先される」ということらしいが、母親が亡くなってから父親と不仲になった噂。

待っていたのに、会いたかったのに。


そうして、いつしか代わりに当主の隣へ立つようになったのが倉敷家の娘だった。
親族間の結び付きが強い最上の血筋は余所者を極端に警戒する。
もともと一人息子が外国人の血を引く嫁を迎えたことで悪い意味で注目されがちだったところに、その両親を亡くして遺されたのが異端な金髪の少女。
意外と血縁は近く、ヨタカとは再従妹に当たるそうだ。

慈悲深いとされる当主が引き取った時に大学卒業まで面倒を見ると宣言していたが、隠し子のヨタカからすれば複雑な心境だった。
自分も娘に生まれていたら、あの場所に立てていただろうかと。

以来、顔を合わせる度に物怖じせず雛子に話し掛けてみるのは甘噛み。
父親である当主は睨み付けてきたが、もう小さな子供ではないヨタカは真っ直ぐ受け止めて薄く笑った。
気付いていた、あれは若い男に女を奪われまいとする嫉妬の目だ。
ただ、この頃は娘を溺愛する父親のものかとばかり思っていた。


その当主が亡くなったのが去年の六月。
親戚達は大騒ぎだったが、ヨタカからすれば父親という実感が無かったので哀しみはほとんど無し。
それよりも、数年ぶりに異母兄の姿を見られるのが楽しみだった。
この時ばかりは無視できまいと。

思った通り、中学生の頃に美少年だった異母兄は惚れ惚れするような立派な青年として葬儀の場に現れた。
最上の家を継ぐに相応しく喪主を務めて相変わらず隙が無く、流石だと皆が褒めそやす。

要するに、他の親戚達以上にヨタカは鷹人を神聖視していた訳だ。
それは必ずしも良いものとは限らず。


「お前が居てくれて良かった」

断っておくが覗き見るつもりなんてヨタカに無かった。
葬儀の途中、場から外れて隠れるように抱擁を交わす男女の姿。
ずっと憧れていた異母兄が雛子には弱音を吐き、あんな表情なんて見たことがない。
同時に、あの二人がどんな関係かなんて理解は一瞬で足りる。
義理とはいえ兄妹の空気などではなかった。

思えば鷹人だって突然父親を亡くした一人の若者に過ぎないのだ。
隠れて弱った姿を晒すくらいするだろう。

しかしこの時ヨタカの中で「完璧な異母兄」の偶像が確かに揺らいだ。
そして父の件で既に芽生えていた雛子に対する羨望に水を与え、急成長して花を咲かせてしまった。
目撃しなければそのうち枯れ果てたのに。


人が亡くなった後というのは集まりが増える。
次の法事ではいつの間にか雛子が消えていてヨタカは安堵したものだが、まだ根はしっかりと残っていた。
あの日、鷹人の部屋に入ってしまったのは魔が差したとしか言いようがない。

小学校に上がるよりも幼い頃、最上家に来て迷子になった時に鷹人がここから出てきて広間まで連れて行ってくれたことをヨタカは覚えていたのだ。
記憶の通り辿り着いて、震える手で開けたドアは鍵が開いていた。
ホテルのスイートルームのような仕様をした室内に目を引く、可愛らしいクマの形のシリコンライト。
あれは雛子の趣味だろうかと思うと忌々しかった。


そして見つけてしまったのが、あのアルバムである。

中身に衝撃を受けつつうっかり持ち出してしまい、部屋を出て数歩まではまだ返すつもりがあった。
鷹人に廊下で出くわすまでは。
親戚が集まる広間から遠く、こんなところを出歩いている怪しいヨタカを見過ごすほど若当主は甘くない。
憎んでいるように睨みつけられて、冷たい言葉で追い返された。

実際に盗みを働いてしまったので疚しさはある。
それよりもここから導き出される答えとして、雛子は父と兄が共有して飼っている娼婦だった訳か。
始めは強い羨望だったものは複雑な激情が加わって蔓を伸ばし、手足に絡まり、頭の中まで侵食してくる。
ヨタカ自身でも制御出来ない速度で。

ぶつける相手を間違えているという自覚もありつつも、すぐに呑み込まれてしまった。
そうして雛子のことを調べ出し、遥々とヨタカはここまでやって来たのだ。


静まり返ったバスの車内、かつて父と兄が吸ったであろう唇を重ね、布越しの秘部に触れて甘い熱に浸った。
前に付き合っていた相手と性行為の経験はあったが、背徳感はあまりにも刺激的。
これほどまでに頭の芯が痺れたのは初めて。

雛子のことを見ていたのではない。
結局、あの二人と同じものが欲しかっただけなのだ。





「お前さんは悪人には向かないんだろうけど……欲というか、異性が絡むと暴走する奴は居るからなぁ」

だからこそ欲というものは恐ろしい。
理性を奪い、思いもよらぬ行動に走らせる。

ヨタカが止まれたのは幸いだったのかもしれない。
鳳一郎と雛子により減速させられたところで、突然現れた鷹人にブレーキを踏まれた。
まさか、自分の為にこんな遠くまで来てくれるなんて。
この奇妙な状況を呑み込めずにいたが現実。

そうして、奇妙な状況というものはまだ続いていた。


「何でオレ、アンタにこんな話してんだろうな……」

第一印象が最悪で初対面の鳳一郎に、どうしてヨタカは身の上話なんてしているのか。
自分でも分からなくなって、思わず呆けて呟いた。
鷹人と雛子が二人きりで話すことがあるからと、今のヨタカはアルバムとスマホを取り上げられて奥の別室に隔離中。

ついてきた鳳一郎は監視かと思いきや、座らされてからはまるで聞き上手どころか魔法使いの所業。
先程あんなことを言っていた相手と密室に二人きりなんて犯されそうで恐ろしい筈なのに、打って変わって穏やかな面で接してくる。
尋問の必要も無く作られた雰囲気や話術であれよあれよという間に口が軽くなってしまい、物心ついてから押し込め続けていたものが零れ落ちていた。

ああ、しかし考えてみればヨタカの話をこんなに聞いてくれたのは鳳一郎が初めてだ。

「見ず知らずの他人にも言えたんだから、それお兄さんに言えるだろ。俺のことはまぁ、テディベアみたいなモンだと思って……サンドバッグでも、良き話し相手でも」

そんな可愛らしい物ではなかろう。
椅子の上で窮屈そうに身を縮めている巨漢を前に、ヨタカは言葉を呑み込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...