鳳凰の巣には雛が眠る〜かつて遊び人だった俺と慰み者だった君が恋人になるまで〜

タケミヤタツミ

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三章:この羽根は君を暖める為に(最終章)

49:餞別

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鳳一郎は語り手の感情に引っ張られず、頭で理解はしても同情はしない。
ヨタカの話を聞いて真っ先に浮かんだのは「悪役令嬢物」である。
さしずめ王子様の鷹人を正ヒロインの雛子に奪われそうになり、悪事に手を染める悪役令嬢がヨタカといったところか。

とはいえヒロインの行く道こそ試練と困難に満ちた波乱万丈。
雛子だって何年も性的虐待を受けた傷を負っている。
「羨ましい」なんて言われたら、喜んで役割を代わっていたろう。
泣いていた雛子のことを思えばヨタカに事情があっても心は動かずお互い様、相手からすれば知ったことではない。

雛子への謝罪や落とし前などは後にして、鳳一郎に出来るのはただ受け止めることだけ。
怒りも悲しみも傷もフラットな目線で見られる立場の者は必要。



「お待たせしました」

鍵を開ける音の後、個室にノックと一声。
ドアの前で鳳一郎がハヤブサを出迎え、運ばれてきたトレーを受け取る。
出入り口はここだけなので、万一の場合ヨタカがこの隙にハヤブサを突き飛ばして逃げようとしても対処出来る。

口を割らせただけであって信用はしてないのだ、当然の話。


「それにしても……ああいうピンチの時、オカマキャラって男に戻って腕っぷしで何とかするものですよね」
「やぁね、そういう暴力的なのが嫌だからオバチャンになったのよ……」

大人しくなったとはいえヨタカが暴漢なのは紛うことなき事実。
ここには地球の平和を守っていた特撮のヒーローが居る訳だが、それもハヤブサにとって昔の話か。
ところで、持ってきたものといえば温かいお茶とパフェ二つずつ。

「仮にどんな悪人だとしても、美味しい物を食べる権利はあるから」
「アンパンマンみたいなことを」

撤回、やはりこの人はヒーローなのだろう。
ただ悪者だから問答無用で倒して終わり、なんて単純な思考はしてないのだ。


どんな場合だろうと、ロストルムに来たならパフェを食べねば帰れない。
一つは鳳一郎は希望通り蜜柑ヨーグルトパフェ。
ゼリーに半分埋まって、鮮やかな苺と蜜柑にバニラアイスが瑞々しく艶めいている。
その下はヨーグルトクリームと胚芽ビスケット。
組み合わせとしてはヘルシーな朝食といったところで、酸味が効いて元気の出る味わい。

もう一つはラズベリーパイ風。
パイクラム、チョコクラム、バニラアイスを重ねた上から真っ赤なラズベリーを散りばめた一品。
ベリーのシロップも掛かっているので甘酸っぱくも、パイのサクサク感やチョコレートのほろ苦さが加わってアクセントになっている。

「どっちが良い?」

鳳一郎はロストルムのパフェなら全種類制覇したので、お先にどうぞとヨタカに選ばせた。
彼からすればますます妙な状況か。
毒でも入ってやしないかとばかりに訝しんでいたが、少し間を置いてからラズベリーを選んだ。


「……あの二人が寄り戻したらアンタどうするんだ?」

ふと、ヨタカが鳳一郎に質問を投げ掛けてくる。
してやられた意趣返しのつもりか。

「男から見てもスゲェ格好良いし、若当主様ほどイイ男なんか滅多に居ないだろ」
「正直、俺もそれは多少なりとも覚悟してるけど……どうにもならん。フラれた方はすっぱり諦めるしか出来ねぇよ、そういうモンだ」

女は上書き保存、別れた男のことはどうでも良くなるものだというが果たして。
何しろ雛子にとっては初恋の相手だ。
傷付けられたといえども何かしらの情が残っていてもおかしくない。


暖房もあるとはいえ、黙々と頬張る真冬のパフェは口腔を凍えさせる。
こんな時でも冷たくて甘い物は喉を通るものだ。

鳳一郎の胸に密やかなさざ波は止まず、これは嫉妬ではなくて雛子の心変わりに対する恐れ。
ヨタカにはああして答えたものの、また居なくなってしまったら寂しさは風穴を開けるだろう。
その時はまたパフェを自棄食いでもするか。





「この度は本当に申し訳ありませんでした」

揃ってもう一度、雛子に向かって兄弟が頭を下げる。
何だ、若当主という男も保護者の顔をしているじゃないか。
話し合いが必要なのはこの二人も同じ。
随分と遠回りしてしまった訳で、巻き込まれる側としては堪ったものではないものの。


今回の件は降って湧いた災厄。
しかし終わったことを蒸し返された雛子からすれば謝罪一つで流せまい。
暗褐色の目を細めて無言の後、小さく挙手する。

「同じことさせて下さい、それで水に流します」
「痛ッ!」

そう言いながらキルティングアウターの下、ヨタカの胸元へ雛子が潜り込ませた手。
相変わらず無表情ながら渾身の力、音を立てそうな勢いで服の下の皮膚ごと爪を立てて握り潰す。
もし女相手なら乳房がもぎ取れていたことだろう。
股間でないだけ優しい方か。

「それと、あなたキス下手ですね……彼女出来たら頑張らないと」

痛みに顔を顰めて悲鳴を上げるヨタカをたっぷり眺めてから、急に手を離した雛子が囁く。
小悪魔の顔と声を作って、実に妖艶に。

こういう場合、物語なら鳳一郎が雛子をガードしてヨタカを殴るなり何なりするところなのだろう。
しかし制裁とは手を汚してでも被害者本人から与えなければ。
男に守られるだけの弱者のままでは居たくない、痛い目を見せねば反省しない。


「これ、あげます」

そうかと思えば、痛みに呻いているヨタカに雛子が何か渡す。
掌に収まる小さな物の正体は剥き出しのUSBメモリ。

「まぁ、タイトルは……最上大鷲、単体150分選り抜きМ堕ち調教スペシャルってとこです」

男三人は吹き出すやら面喰らうやら。
内容は大体察しが付く、そういうことなのだろう。

「私もしてましたので、隠し撮り。セックスなんて裸で恥ずかしいことしてるのはお互い様なんですよ」

要するに、これは雛子からの警告だろう。
勿論今渡したデータはコピーにしか過ぎず、ジョーカーなんて物はこちらの手にもあるのだと。
流出させればいつでも最上の家に傷を付けることが出来る。


「あと、鷹人様にはこれ……いつか渡そうと思ってたんです」
「……何だ、俺のことも隠し撮りしていたのか?」

流石に胆が据わっていることで鷹人は苦笑するだけ。
或いは何かしらの覚悟をしていたのか。

一方、雛子のプレゼントとは随分と可愛らしい物。
水色のリボンで飾り立てられ、透明なラッピング袋越しに見えるのはオレンジのリップ。
選んだ理由は雛子しか分かるまい。
ただ単に冬の厳しい乾燥に対する気遣いか、色気のある意味を含んでいるのか。


「ありがたく貰うよ……もう雛子はあの頃と匂いも違うんだな」

受け取る為に近付いた距離、鷹人が溜息の深呼吸。
そういえば雛子がラベンダーを纏うようになったのは来島家に来てからか。
鳳一郎からすれば馴染みになっていたので忘れていた。

「ちゃんと暖かくして寝て下さいね」
「あぁ、お前が居ないからまだ一人寝は寂しいけど」
「猫とか飼えば良いじゃないですか」
「そうだな……検討してみる」

かつての恋人達は取り留めなく穏やかに最後の会話。
さよならの代わりに。
いつかまた、親戚という他人の顔で挨拶だけ交わす為に。
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