鳳凰の巣には雛が眠る〜かつて遊び人だった俺と慰み者だった君が恋人になるまで〜

タケミヤタツミ

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二章:冷たい鳥籠(雛子過去編)

17:ディナーを共に

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夕方からずっと抱き合っていたらもう夜。
欲望が三度目の沸点を迎えて息切れしても、多淫の気を持つ二人はまだまだ潰れず。
とはいえ流石に一旦休憩、夕食を取ることにした。

「お給仕もしましょうか、世話役の任命いただきましたので」
「いや、支度を整えてからで良い……お前もその格好じゃ食事どころじゃないだろ」

雛子もちょっとした嫌味のつもりでの申し出だった。
確かにこんな泥々の制服姿では食欲も失せるか。
鷹人も開いたシャツの胸に汗を掻いて、スラックスにも精液の染みが生々しい。
こうして部屋に夕食を運ばせて二人で共にすることになった訳だが、食事は雰囲気なども味のうちである。


「それではお風呂と着替えありますし、私は一度自室に戻りますので……」

装いを改めてからまた後で、と雛子が出て行こうとしたところ鷹人に腕を掴まれた。
はて、その妙に苛立った空気は何なのか。

「おい、逃げるな」
「逃げ場なんて無いでしょう……」

この屋敷のどこにそんな物があるというのか。
だからこそ鷹人だって学生の頃に出て行ったくせに。

いや、そもそもこの十年近くほとんど寄り付かなかった屋敷に鷹人が帰省を決めた理由は何なのか。
不仲の父親さえ居なければ平気とも違うだろう。
当主の出張なんていつものことだと雛子も知っており、もっと昔なんてそれこそ家族を完全に放置していたくらいだと聞いていたのに。


「着替えなら俺のシャツ着せてやるから、先にシャワー浴びろ。今夜お前を部屋から出すつもりは無い」

朝まで相手をしろということか、これは。

世話役を命じられた今後の一ヶ月を思うと雛子としては非常に面倒臭かった。
父親への当て付けだとして実にも念入りなことだ。
巻き込まれる方は堪ったものではないのに。

それはそれとして要求自体は呑んでやっても良い。
初夜なのでサービスのつもり。

「……でしたら下着を返してくれませんか」

恥じ入りながら申し出て、雛子は寄越されたシャツと共に部屋に備え付けのバスルームへ駆け込んだ。


本来なら風呂とはリラックスする為の場所なのだが、鍵を掛けていても覗かれたり乱入されたりしそうで何となく落ち着かない。
何しろここは鷹人の部屋なので鍵を持っている可能性だって十分にあるのだ。
背後を気にしながらの入浴なんてまるでホラー映画のようである。

それにしても首の噛み傷にシャワーが沁みた。
獣じゃあるまいし、何のつもりか。
当主にとって雛子は人形遊びの大事な愛玩具だっただけに、こうして痕を残すことはしなかった。

鷹人も雛子も背が高い方なので身長差は掌一つ分といったところか。
寄越されたシャツを着てみると丈はミニワンピースくらいだが、それだけでなく男女で幅があちこち違っておりやはり大きかった。
あんないやらしいことをしてくる男の前に、下着の上に一枚きりの軽装で出て行くなんて気が重い。

そうでなくとも先程まで雛子に触れていた男の物。
鷹人がどういうつもりなのか知らないが、言わば彼シャツ。
抱擁されていたことを生々しく思い出してしまい、素肌に羽織るとどうにも気恥ずかしい。

加えて、洗濯済みのシャツにもサンダルウッドの気配。

高い粘度で重く香るタイプなので服に付くと落ちにくいという特性があった。
そして男性的なフェロモンを感じさせる匂い。
鎮静作用を含むくせに、じわじわと官能的な気分にさせるという不思議な効果を持つのだ。
精油やハーブに興味がある雛子はその手の本をよく読んだので知識がある。
尤も、自分で纏う香りは当主の好みを強いられているのであまり楽しんだりは出来ないが。

洗面所のドアを開けて雛子が出て行く頃には、それら全て気付かぬ装いの素知らぬ顔。
休憩の時間にまでもう振り回されたくなかった。



「準備が整いました」

鷹人がシャワーを済ませてきた頃、雛子もワゴンに運ばれた夕食をテーブルに並べておいた。
給仕役を倣って恭しく一礼付きで。

シャンデリアの下で囲む食卓でなく、部屋での食事なので全て気楽に箸で摘めるスタイル。
春野菜のグリルやサーモンとアボカドの前菜。
熱々の鉄板でローズマリーが香る和牛のローストは一口大に切り分けられており、真鱈のポワレにはタイムとレモンで風味を付けたバターソース。
鷹人は酒も嗜むらしく、よく冷えたクラフトビールの瓶とグラスが添えられていた。
雛子には甘くないライムとミントのソーダ。

ここはホテルのスイートルームのような造りになっており、寝室とリビングは区切られて別々。
ローテーブルの前には広々としたソファーが一つ。
雛子がクッションを借りて向かいの床に座り込もうとしたらまたも鷹人に捕まり、隣り合わせに腰掛ける形に収まる。

「あの……?」
「文句なら聞かないぞ。俺が良いと言っているんだから、黙って座れ」

文句というか雛子の困惑も無理ない。
使用人が主人と上座なんて、ただでさえ同じ食卓を囲むこと自体が可笑しな話なのに。


こうして始まったディナーながらも、別に会話を楽しむ訳ではないので食器の音すら密やかなもの。
乾杯するような雰囲気でもなし。
いっそ映画でも流そうかと提案したかったくらい。
重ねて言うが、雛子の着ている物なんて鷹人のシャツ一枚きりなのだ。
いきなり脚の一つでも撫でられるかと警戒していたが、どうやら思い過ごし。

そんな気まずさこそ感じつつも一応は給仕役なので雛子もやることは他にある。
咀嚼の傍ら、タイミングを計らって鷹人のグラスにビールを注いで魚の骨を取り除く。

「困っていた割りには美味そうに食うんだな、お前」

ただ、じっと見られていたのはこちらも同じか。
指摘されては雛子も思うところがある。

娼婦でいるのは当主の前でのみ。
どれだけ身体を穢されても、切り替えが出来なければこの屋敷では生き残れない。
飽くまでも普段は品性を保って淑女の姿勢である。
最上家の食事は美味に変わりなく、マナーを守りつつ残さず楽しむのが雛子の流儀。
当主に心酔してる女中からささやかな嫌がらせこそ時々あるが、彼ら彼女らもプロの誇りはあるようで傷んだ物を出されたりはしない。


「鷹人様こそお口に合いませんか?」
「……親父の好みの物は大体嫌いだ」

それはそれは長い反抗期だこと。
言われてみれば屋敷にあるものは全て当主のもの。
この料理だって、特に要望を出さなければメニューも味付けも彼の舌に合うものが並ぶ。

だったら鷹人も自分からはっきりと何かを所望すれば良いのに。
不機嫌になるばかりでは伝わらない。

鷹人とは立場が全く違い、ここでは自分の意志が通らない雛子からすれば贅沢な話である。
なんて、思ってもそんな偉そうなことは言えず。
口の中で転がすだけで舌先から離さず、呑み込んだ言葉はライムとミントのソーダで洗い流した。
弾ける炭酸はいつまでも喉に痛む。
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