鳳凰の巣には雛が眠る〜かつて遊び人だった俺と慰み者だった君が恋人になるまで〜

タケミヤタツミ

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二章:冷たい鳥籠(雛子過去編)

27:求婚*

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カーペットが敷かれた床の上には衣服を乱したまま座り込んだ男女が一組。
軽く直している間に息切れなら少しずつ治まりつつあったが、まだ発情の匂い立つ部屋の空気はどこか張り詰めていた。

「奪う」とは随分と格好良いことを仰る。
そこに続いた「殺してしまうかも」とはまた物騒な。
情交の熱が落ち着いてきたとはいえ、ぼんやりする頭のままで雛子は考えていた。


今日は鷹人が妙に苛立ちを纏わせながら帰ってきたと思ったら、部屋へ戻って早々に欲を向けてきた。
そこまでは少し驚きつつも許容範囲、こちらもそのつもりで入浴を済ませておいたのだ。
やたらと荒々しいのは嫌なことでもあったのか。
初夜からして無茶をしてきたのでこういう日もあるかと受け入れた雛子だったが、流石に写真まで撮られては泣き出してしまった。

関係が公になることを恐れる当主の方は徹底して証拠を残さずにいたのに。
娼婦であることを強いられるのは切り取られた時間だけ。


しかし、果たして鷹人の企ては上手くいくだろうか。
当主から愛玩具として扱われていた頃なら飽きて捨てられる可能性もあったが、今は縋り付いてくるのだ。

実のところ出張の時は当主から定期的に電話が掛かってくる。
主に「寂しい」「帰りたい」という泣き言。
相槌を打っていればあちらも満足するので、切れるまで待てば良いと雛子もあしらいは慣れたもの。
ただ、籠のカナリアを息子に奪われたとなればどうなってしまうか分からない。
勿論、鷹人が帰ってきていることは伏せている現状。

そもそもの話、先程から鷹人の言うことは具体的なものが何も見えなくて困惑してしまう。
雛子を奪った後はどうするつもりなのだろうか。
どこにも行く当てが無いからと中学生の頃からじっと耐えていたのに。


「それで、鷹人様……私のことどうしたいんですか?」
「俺のマンションに連れて帰る。空いてる部屋もあるし、冠羽女学園からも通える範囲だろう。家事は俺だって多少は出来るし、手が回らん分は代行サービス雇ってるから目当てにしてる訳じゃないぞ」

それはまた意外なことで。
世話役として傍に置かれたので、連れ帰ると言われた時は家事要員にでもされるのかと思ったのだが。
確かに来年は受験生なので勉強で忙しくなる。

「親父の方は大学まで面倒見るって条件だったな、俺もそこは守る。お前の生活費やら学費くらいどうってことない」

この屋敷の外に出られる。

それは雛子にとってここ数年で一番の切なる願い。
登下校からどこへ行くにも車で送迎され、碌に外へ出られず散歩すら許されない監視生活なのだ。
当主とは「大人になるまで」という約束を交わしたが、守れるかどうかは半信半疑だった。
すぐに叶うというなら勿論喜ばしいこと、しかしやはり何も考えず飛び付くのは危険。

鷹人にとって何の得があるというのだ。
当主への嫌がらせにはなるし身体が目当てと言われたら雛子も納得ならするが、自分の手元に置くなんて面倒まで背負い込む程のことだろうか。


「まぁ、俺はお前が大学卒業したら娶るけどな……
周りが煩いから丁度良いし、お前も分家の娘なんだから血筋に関しても文句は言わせない」

あまりに突然で思わず雛子の喉が詰まる。


大事な話はこの流れで、こんなにも軽々と求婚されてしまった。
遊びでないとは言われたが、その先が見えずにいたので雛子は戸惑っていたのだ。
この手を取ったら婚約することになるのか。

確かに、家と家を繋ぐものなので最上家を本家とする父方の親戚達は早めに結婚を決めてしまう。
交際が婚約に直結して当然の考え方。
鷹人も学生時代にはもう見合いをしていて、婚約者には逃げられたところだと昨日聞いたばかり。
かといって、空いた席に雛子を座らせようとするのは何故なのか。

「だって、そんな……逢って数日しか経ってないのに、何で私……?」

それだけ言うのが精一杯。
この人のことをほとんど何も知らないのに。


「俺はな、古いものに囚われてる今の最上の家やら取り巻きみたいになってる分家が大嫌いなんだよ。
それでも本家の一人息子だから、いつかはこの屋敷に戻らなきゃいけない……だったら伴侶くらい、欲しいと思った女を自分で選びたいんだ」

片手で栗色の前髪をぐしゃりと乱して、鷹人が吐き出したのは紛うことなき本音。
体裁を取り繕わぬ素顔を雛子の前に曝け出しながら。

「家を継ぐ為だけに生まれた」という当主の嘆きは鷹人にも同じく当て嵌まること。
避けられないのなら、せめて一つくらいは何かを望みたいということか。


「悪い話じゃないと思うが……何よりお前やお前の母親の髪を馬鹿にした親戚連中、全員を跪かせることが出来るぞ」

激しい情交で乱れた金髪をするりと撫でて、鷹人が悪い顔で笑う。
それを知っていて雛子を欲しがるのか。
富や名誉より、尊厳を突いてこられると少し揺らぐ。


どこに居ても目立ってしまうレモンブロンドの髪。
外国人の血を引いているからと、除け者にされたり陰口を叩かれたり嫌な思いは数え切れない。
だからこそ冠婚葬祭はほとんど家族で欠席していた訳だ。
雛子が最上家に居るのは父方の祖父母が引き取りを拒否した上、両親の遺産を持っていかれた為でもある。

ここに来てからは学に品性にと更に教育を受けて淑女として磨かれ、何しろ当主が常に付き添っていたので親戚達も今までと態度が全く違っていた。
あまりにも露骨で笑えてくるくらい。

ただし当主が離れずにいた理由なんて、雛子に若い男が近付かないか目を光らせていただけだけだが。
女子校に編入させたのもその為。
加えて最近、親族の集まりで何度咎められても懲りずに話しかけてくる青年が居るのだ。
可笑しなことに、当主から睨まれたら大抵の者は頭を垂れて逃げ出すものなのに彼は薄笑いで受け流すばかり。

それは置いておいて。


出会って間もない御曹司に求婚されるなど、流行のシンデレラストーリーのようだ。
こんな時だというのに雛子は一人で苦笑した。

シンデレラとは「幸せに暮らしていた主人公が理不尽により違う世界に落ち、苦難を経て元の世界へ戻る」という物語の基礎。
鷹人と結婚することは一つの方法ではある。
最上の本家とは王様のようなもの。
嫁ぐとなれば大変な名誉であり、虐げてきた周囲を見返すという点に於いては強力な一手。

しかし王子様だとしても、鷹人は第一印象があまりに悪すぎる。
この関係だって強要されて結んだものだ。


「あんなとこ写真撮るような人とは、ちょっと……」
「お前が俺の物になるって誓うなら消してやるよ」

その返しは非常に狡い。
多少湧いていた情や好感度を犠牲にしてでも、鷹人は雛子の大変な弱みを握った訳か。





翌日はキスで起こして、朝食を共にして、同じ朝。
昨夜の求婚は夢かとも思っていたら「数日中にはここを出るから荷物を纏めておけ」と鷹人に言われてしまった。
確かに連休中は脱出のチャンスか。

選択肢と拒否権を奪われて半ば諦めるように割り切り、雛子は運命を受け入れてきた。
最上家に囚われることも慰み者になることも。
当主が不在の今、鷹人の命令は絶対。
どうしても手放せない私物なんて、せいぜい旅行バッグ一つ分しか無いのだし。

あれから増えてしまったものは伸びた髪、肉付きが良くなり女の曲線を描く身体。
そして左足首を結うレモンゴールドの鎖。
真っ白なシーツの上で艶やかに煌めいて、何だか鷹人に掴まれている気分にさせる。


そうして、これも命令の一つ。

今日は学校の制服を着て書斎に来るようにと、鷹人から言われた。
表情が強張った雛子のことなどお構いなしに。

普段は鍵が掛かっていた筈だが、鷹人にとっては自宅のことなのでどうとでもなるか。
ドア一枚隔てた内側、この書斎は本が紫外線を浴びないようにと閉鎖された空間なので微かな独特の匂いが立ち込めている。
そして匂いとは感情や気分に大きく作用するもの。
何年も淫らなことをされてきたので踏み入れた途端に雛子は反応してしまう。

下腹部が疼いて、密かに呼吸が震える。
それを塞いだのは鷹人の唇。


「んん……っ」

口腔を蹂躙してくるだけの当主とは違うキス。
書斎で別の男に愛でられていることに、思わず戸惑いの声が零れ落ちる。

サンダルウッドの匂いと冷たい手。
目を閉じた薄闇の中でも分かる、これは誰なのか。


何をしに来たかなんて、そんなの言うまでもない。
最初は別として今まで鷹人の部屋で交わってきたのに、どういう心境の変化か。
趣向を変えるにしても、よりによって書斎を選んだ理由は何なのだろう。
単に当主のテリトリーを侵したいだけかもしれないが。

ああ駄目だ、考え事をしようとしても纏まらない。
掻き混ぜられた唾液の甘さで頭が痺れる。

雛子を抱き寄せる手もスカートに潜り込む手も、触れてきた時は凍っているような錯覚。
火照ってきた肌に暖を求めて、ゆっくりと解けて同じ温度になるのを感じていた。


「ッ……あ、うぅ……っ」

探り当てられた内腿の奥、長い指がショーツの上から柔らかい部分を擦り上げてくる。
情欲のスイッチなら既には押されているのだ。
腰を捩っても逃げられず、薄布越しに筋をなぞられると甘い感覚。
濡れ始めていることは伝わっているだろう。

「鷹人様、あの……えっと……」

それでも、まだ直接は触れてくれないのか。
はしたない欲求まで生まれたものの雛子は口を噤んだ。
声の甘さを自覚するとどうしても恥ずかしい。


「もう親父にされたことは全部忘れろ……お前の古傷、俺が上書きしてやるから」

耳元で鷹人が不可解なことを吹き込んできた。
その言葉の意味を雛子はまだ知らない。
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