鳳凰の巣には雛が眠る〜かつて遊び人だった俺と慰み者だった君が恋人になるまで〜

タケミヤタツミ

文字の大きさ
31 / 57
二章:冷たい鳥籠(雛子過去編)

31:誰が鷲を殺したのか

しおりを挟む
当主は誤って高い階段の上から落ちて亡くなったそうだ。

居合わせた者の話によると直前に胸を押さえて酷く苦しむ様子を見せ、周りが駆け寄る間もなく足を踏み外して真っ逆さまだったという。
そう聞くと毒物を摂取した可能性もあったが、解剖の結果によれば当主の直接的な死因は落下による頭部の外傷、それに加えて心筋梗塞も。
持病が無くても起こり得るので、心臓発作とは突然死の中で最も多い事例である。

世界情勢というのは目紛るしいものでこの約一ヶ月の間にも変化があり、思わぬところにも影響。
当主が出張へ行っている間に図らずも某国の上空が渡航禁止となってしまったのだ。
そういう訳で本来ならば遺族が現地に飛んで火葬を見届けてから骨を持ち帰る流れのところ、結局は骨だけが海を渡って帰ってきた。

両親が亡くなった時も、人は死んだらこんなにも小さくなってしまうのかと雛子は愕然とした。
あの悍ましかった男が今やたったの骨壺一つ分か。

死に顔を見ることも無かったものだから、これは本当に当主の物なのかとどこか信じ難い。
実はこれが別人の骨で、本人はまだどこかで生きているのではなんて妄想まで。


ともあれ北国を拠点としつつも全国に関連企業を持つ最上グループの当主が亡くなったのだ。
「最上大鷲の死去」は新聞やネットの記事では小さくニュースにも載った訳だが、最上家を始めとして分家の方では天地が引っ繰り返るような大騒ぎだった。

何より関心事とは、遺言状の開封時である。

妻も亡くしている上、自身も中高年ということで思うところがあったのか数年おきに書いていたらしい。
年を経るほど死とは間近に感じるものなのだ。
最上家の後継は鷹人、遺産の分配は順当に。

しかしここ最近また遺言状を書き換えたらしく、雛子にも遺産を残す一筆。
確かに両親の葬式の時に「大学卒業までは金銭面も合わせて面倒を見る」と皆の前で公言したが、それを踏まえても桁が一つ大きかった。
要するに性的虐待による慰謝料や口止め料か。

問題は、それを知らない親戚達が黙っていなかったこと。
養子縁組もしていないくせに明らかにおかしい。
慈悲深い当主様に取り入ったか、卑しい娘め。
大人達からそんな罵倒も受けたが、そこは鷹人が一睨みして黙らせた。
流石にひそひそ話だけは止まずとも。

意外と本家に近い分家の反応は落ち着いたもので、憎しみを剥き出しにしたのは倉敷家と同程度に序列が低い分家の方。
要するに羨ましいのだけなのだろう。
親戚間の集まりでは毎回お互いに演技で父と娘のような姿を見せてはいた。
あれは外面の良い当主のごっこ遊びだった訳だが、疎遠だった鷹人よりも仲睦まじげでは眉毛を潜める者くらい居る。


そう、何をおいても鷹人の心労が凄まじい。
ただでさえ突然この若さで当主となってしまった責任に圧し潰されそうだというのに。

ここ十年は実家よりも母方である分家と繋がりが深く、喪主を務めつつも葬儀などの点はそちらを頼ったお陰で何とかなった。
しかし本家の一人息子だけに跡継ぎになる覚悟はしていたものの、まさかこんなにも早く突然とは。

「毎晩、雛子を抱きながら親父が二度と帰って来なきゃ良いと思ってた。この表情も声も体温も知ってて、お前の初めてを全部奪った奴のことは殺したいくらい憎かったよ。
でも本当なら、ぶつかってでも直接折り合い付けなきゃいけなかったんだ……本当に死んでしまって、どうしたら良いのか分からない……」

子供じみた駆け落ちは終わり、あのマンションを引き払って結局また屋敷に戻ってきてしまった。
勤め先は最上の関連企業なので融通が利くとはいえ、やることが山積みの鷹人は息が詰まる。

となれば仕方あるまい、雛子も世話役に復帰。
外で気を張っている分だけ休息は大切、食事を運んだり寝かしつけて何とか鷹人は生きていた。

「……お前が居てくれて良かった」

雛子の胸に顔を埋めて疲れた声で呟く。
弱っているので、二人きりの時に子供のような甘えられ方をしても大目に見ることにして。





こうして慌ただしい日々が過ぎて葬儀から半月後か。
護衛として屈強な男達を数人連れつつ、一人の女性が最上家を訪れた。

「この度はお悔やみ申し上げます」

しっとりしたハスキーボイスで優雅な会釈。
当主と同年代にしては若々しくも、雰囲気や立ち振る舞いは上品に年齢を重ねた柔らかさがある。
豊かな長い黒髪と涼しい目元が妖艶な美女で、来島千鳥ちどりという。
雛子の亡き母の親友にして、関東のとある高級クラブのママとして業界では有名人。


雛子にとって千鳥は二人目の母のようなもの。
会うのは両親の葬式以来だが、時々メッセージアプリで連絡だけは取っていた。
それでも性的虐待の件は明かせずに。
最上家を追い出されたとしても知られたくない、そこまで頼れない。

というのもこれまでの話、今は違う。
わざわざ千鳥が遠い北国まで来た目的は弔問でなく、そこはむしろ建前に過ぎず。
今度こそ雛子を引き取りに来たのだった。

千鳥も深く訊かなかったとはいえ、あまり良くない境遇だと悟っていたのかもしれない。
あの時、勝手に連れて行ってしまった当主はもう居ないのだ。
最上家に行くことは血縁だからと雛子の親戚達も賛成したが、今度は皮肉なことに血縁が厄介なものとなり遺産の件で追い出したい空気を漂わせている。
鷹人が居るから何とか抑えられているだけ。


「お断りします、雛子はもう家族ですから」

鷹人の返事は当然のごとく否。

流石に社会人と高校生では外聞が悪い上にタイミングも良くないので、婚約の件は雛子が大学生になるまで黙っておく手筈だった。
鷹人は彼女が頷くまで待つつもりでもあったし。
今現在は一応ながらも兄妹のようなもの。

断りの言葉を告げた後、鷹人が雛子に目配せした。
そちらの口からもはっきり断れと。

さて、雛子の返事は。


「いいえ……そんな、恐れ多いです……」

鷹人に向かって首を横に振る無表情。
初めて彼と会った時と変わらず、家族という括りに対する否定を示す。

「……私、遺産は要りませんので出て行きます。今までお世話になりました」

初めて逢った時と同じように深々と頭を下げる。
何だか居心地の悪さまで鮮やかに思い出してしまう。
礼の寸前にちらりと見えた、鷹人の顔。
酷く強張っていて、それこそ気の毒になるくらいだったがどうしようもない。

もし、いつか、こういう時が来たら雛子は躊躇わずに去ろうと決めていたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...