金盞花の光

鳥崎蒼生

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新井洋一

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いつも消えてしまいたいと思っていた。もしくは誰も自分を知らない場所へ行ってしまいたいと。
今までの過去を誰も知らない場所へ行けば、新しい自分になれるかもしれないと。
大人になってからは、自分の過去の失敗や、行いを反芻しては嫌な気分になった。
50近くになって、20前後の事を思い出したところで、過去を変えられる訳でもないのに、ふと、忘れていたはずの過去がよみがえり、その度に胃の辺りがキリキリと痛んだ。
気分は沈む一方なのに、のしかかってくる承認欲求は満たされず、いつも自分を追い詰めた。
AはAでなくてはならない。決してそれ以外の答えを出してはいけない。
しかしそのAが間違っているとは、思いもせず、その答えも自分が作り出しただけで、周りにはBもCもあるのに、それを受け入れられず、ひたすらにAになるように、時には人の答えすらAになるように巻き込んだりもした。
私の全てはAという答えに固執し、結果、それはBでもCでも良かったのだと、最後に気がついて、後悔をする。
そのAという答えは、自分を認めてもらいたいが故に自分自身が決めた答えなのに、結局は人に認められず、失望する。
簡単に言うと、そんな人生だった。
人や会社に依存し、尽くし、その分だけの見返りを要求する。それは金銭ではなく、愛情でもなく、承認という形で。
親には振り回された。それでも我慢した。いつか理解してもらえると期待したから。会社では1聞いて10分かる人間になろうと、努力した。自分がそこにいる価値を作るために。家では夫の理想でありたかった。嫌われないために。
だけど、それは空しくも自己満足で、自分勝手な妄想でしかない。
自己満足をえられず、渇望し、勝手に失望し悲しみにとらわれた。
どうすれば良いのか、自分のせいだ、自分の努力がたりないのだと思い込み、更にもがく。
もがけばもがくほどに救いはなく、絶望の沼に引きずり込まれる。
そして、最後には、何も残らなかった。
絶望の底についたとき、私が見た世界は無だった。
何の感情も、欲望もなく、息をしている屍。
死ぬ事すらも億劫で、薬で眠る度に、このまま目が覚めなければ良いのにと願う。
それでも体は毎日、目を覚ます。
そしてまた同じ日々の繰り返し。
少し力が戻れば、また底から這い出ようともがいて失敗する。
誰の声も心には響かず、何の音も雑音でしかない。そんな世界に2ヶ月以上いた。
病院の薬のおかげで、何とかその後、沼の縁から顔を出せる位には回復したが、いつまた、底に引きずり混まれるかと不安でいっぱいだった。
仕事に復帰しても、笑顔を作ることに神経をすり減らし、そんな自分にも嫌気がさす。
体力はなくなるのに、体重は増える一方で、女性としての自信も失っていく。
他人から見れば、なんでそこまで落ち込むことが出来るのかと思うかもしれないが、これが私なのだ。
幼い頃から築き上げられた人格なのだ。それを変えることは容易ではないし、落ち込んでいるときには尚更、無理だ。
それでも、変わらなければいけないと、頭では考える。
でも変わらない。
変えられない。
変えることすらも怖かった。
だったらせめて、取り繕うことにした。
私は元気で、明るくて、笑顔を絶やさない人間を演じようと。
今までのように、心の中を見せずに、秘めてしまおうと思った。
そうすれば、最低でも周りに気を遣わせなくて済む。
そう思って、ひたすらに自分の心の声を聞かない様に、心の声を無視するようにした。
怒りも悲しみも辛さも、全て笑い話に変え、悩みがないかのように装った。
そのうち、私が病気だということを周りは忘れていった。
それでいいと思った。
でも、ある日そのことの空しさに気がついてしまった。
何の為にそこまでして生きなければならないのか。
生きたい人は沢山いる。
自殺なんてその人たちに対して申し訳ないと思わないのかという人もいる。
そんなことは百も承知している。
だけど、生きている人の苦しみは、誰も本当の意味で分かってはもらえない。
それほど人の心は単純ではない。
同じ経験をしたからといって、同じ人生を歩むわけではないのだから。
死んで初めて、そんなに悩んでいたのか、相談してくれれば、もっと親身に話を聞いていれば、そんな風に思ってもらえるのだ。
生きてるだけで儲けものという言葉もある。
生きていれば良いこともあると言う人もいる。
でも、生きているだけで得より損の方が多いときは?良いことより悪い事の方が多いときは?
考え方を変える?そんな簡単に変わらない。
そう思っているうちは変れない。
そんな自問自答を繰り返し、答えのないものに答えを探しているうちに、ふっと、
「あぁもういいや」
と思ってしまった。
私などいてもいなくても変わらない。
会社は回っていくし、家族は悲しむけれど、それでもこれからかけるかもしれない迷惑を考えれば、いない方がきっと楽なのではないか。
世界に至っては、私の存在すら、どうでも良いことだ。
そう考えたら、何だか全てが腑に落ちてしまった。
70億分の1の人間が、どれだけの人の人生に影響を与えるというのだろう。
生きている方が、よっぽど面倒な存在だと思う方が、納得できてしまった。
あがいてももがいても、自分を変えられない。
意志の問題ではない。
そういう生き物が私なのだ。
だからあの日、勢いで薬を飲んだ。
そこには後悔や悲しみなどの負の感情はなく、それでいいのだと思った。
それが、最愛の人を苦しめる結果になる事など、忘れていた。
正直、夫が努力していることには、気がついていた。
それが私の求める結果ではなくても。
それでも私は不安だった。
それは夫が自分を大切に思ってくれているかという事ではない。
私が夫にとってどう写っているのかという事が不安だった。
失望されないか、嫌われないか、そんな事ばかり考える。
夫が正論を言う度に、私に失望しているのだと思い込んだ。
その視線が怖かった。
そして何よりも、夫を信頼できない自分が嫌いだった。
もぬけの空になった私に、何が残せると言うのだろう。
遺書を残したところで、それもただの自己満足でしかない。
自分から死にゆく人間が、一体何を伝えれば、納得させられるというのだろう。
それに恨みも、憎しみもなく、何か残したい物も、伝えたいことも何もなかった。
そんな無の状態になってしまったからこそ、私は死を選んだ。
この世の中の、いや、私という存在で私の思い描く価値観に失望したからこそ、その道しか選べなかった。
これからもこの失望した世の中に、何を求めて生きて行けば良いのか分からなくなった。
今思えば、私は自分から見た自分の正面しか見ていなかった。
人がどう思うかなんて、分かるはずもなく、自分が行動したからと言って、相手が自分の理想通りに行動するわけではない。
それと同じで、相手だって私の考えが分かるわけがないのに。
想像することしか出来ないのに。
私は相手の気持ちを、自分の思った通りに想像して、一人で失望していた。
本当の意味で相手を見ていなかったのは、自分だと言うことに、ここに来て気がつくなんて、滑稽でしかない。
私は私の理想によって殺されたのだ。
誰の手でもなく、自分の手で・・・・。
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