黄仁の花灯り

鳥崎蒼生

文字の大きさ
16 / 46
療養

第1章 2-5

しおりを挟む

「少しは気分がよくなったかい?」
そう言いながら、掛け布団を私の顎下まで引っ張り上げる。
「おかげさまで。ご迷惑を・・・おかけして・・・申し訳ありません。」
「また話し方が戻ってしまったね。普通に話して欲しいのだが・・・まぁ今それは置いておこう。君が聞きたい事を話しに来たよ。」
寝台のそばにある椅子に腰をかけると、寝台の端に肘を立てて顎を乗せた。
近いし、その体勢は疲れるのでは?と思いながら、言うのは止めた。
馬車で抱き抱えられてからと言うもの、距離感が麻痺している。
それから、ゆっくりとした口調で、私が胡家の客間へ移された後からの話を、詳しく話してくれた。
胡家で私が怪我をして、黃泰こうたいを出るまでの出来事。
それは私が想像した以上に、大事だった。
義母と弟が下人落ちしたこと、父が奴隷落ちしたこと。そして胡家が没落したこと。
春燕シュンエン文葉ブンヨウバク氏の家の下働きに、李謙リケン玄有げんゆうの山岳地帯で、氷の切り出しに出された。後の使用人についても、大理司に引き渡した。それから君は朱家の縁戚にあたる丹勇タンユウの養女として、大役司の手続きは済んでいる。丹勇も勿論承知しているし、婦人も優しい人だから、君を傷つける事はない。これからは、私の直属の作司で働いてもらう。勿論、給金も出すし、発明で得た金銭は、憂炎ユウエンと相談して、君にも利益が出るようにした。」
私は、知らない誰かの子供になった・・・という事か。それには少し抵抗がある。
何せ実の家族でさえ、あの調子だったのだ。見ず知らずの血のつながらない人間をどう扱うか・・・検討も着かない。
「丹勇は元々、養子を探していた。伝書では勿論、君を受け入れると返事があった。それに今は届けを出しただけだから、私も戻ったら、丹勇達としっかり話をしてこよう。それで駄目なら、朱家の私の侍女としての地位を約束しよう。それだけでも君を守れるだろう。だが、それでも不安であろう?」
そう言って手渡されたのは、朱家の木牌だった。
「これ・・・は?」
「君は丹勇の娘になっても、私の侍女となっても、私の直属で働いてもらうことになる。勿論、朱家の人間は君を虐げることはしない。だが、今までの事もあるだろう。これは保険だ。何かあったときにはこれが役に立つ。」
「そんな・・・理由では・・・これは私が・・・持って良い物では・・・ありません。」
木牌がどんな効力を持つかも、それを持つことが、どれだけ重い意味を持つのかも分かっている。
これをもらう程の地位を私は望んでいない。慌てて領主の手に戻す。
「私が持っていてもらいたいのだ。これを持つことを重荷に考えなくてもいい。ただ、君が朱家の人間だと思える為の、お守りだと思えば良い。」
そう言って領主様は私の枕の下にそれを押し込んだ。
「君を縛り付けるつもりはない。君は君のやりたいことをすればいい。もし朱家を去りたくなったら、その時に返してくれればいい。」
その時に向けた笑顔は、優しくもあったが、少し悲しそうにも見えた。理由は分からないが。
西日が当たって、領主様の髪が綺麗な朱色に染まる。
まっすぐで、艶のある髪・・・
動く右手で思わず触りそうになって、手を止める。
(私、何しようと・・・)
ハッと手を引っ込めようとした時、領主様の手が私の手を握る。
「髪が気になるのか?」
「あまりに・・・綺麗だった・・・ので・・。」
(私は何を言っているんだ!)
「やっぱり桜綾オウリンは面白いね。普通に喋ることは出来ないのに、私の髪には触れるのかい?」
私の顔が火を噴いているかと思うほど熱い。なんて恐れ多いことをしようとしてしまったんだ。
「まぁ私も馬車でずっと桜綾を抱えていたからね。お相子だ。」
そういってクスクス笑っているが、こっちは消えてしまいたい気分だ。
領主様の手が離れた瞬間、布団を頭まで引っ張り上げる。
それを領主様はいとも簡単に引き下げてしまう。
「桜綾、これからのことを話そう。待医殿の話では、君の体力が戻るまではここで療養する方がいいと言うことだ。だから、取りあえず、鈴明も憂炎もここで君の回復を待つ。それから、朱家の養父母が君を受け入れるなら連れてくる。そこで正式に書面を交わそう。その後、君が馬車の移動に耐えられる様になったら、朱有へ帰ろう。私は公務があるから、一旦、先に帰る。あちらでの仕事が終わり次第、またすぐに戻るつもりだ。」
領主様がいなくなる。
それを聞いて急に不安になった。
私は本当にこれで良いのだろうか。領主様の言葉に甘えて、朱家の人間になっても良いのか。ましてや、何も持たない私を、朱家のような高貴な家柄の一員として快く受け入れてもらえるだろうか・・・養父母はどんな人なのだろうか。
不安は尽きない。
「私がいなくなったら淋しいかい?」
私の不安をよそに、見当違いな質問をする。
「そう・・・ではなくて・・・私・・・ここにいて・・いいのでしょうか?」
領主様は少し不満そうに
「淋しくないのかい?ずっと君を抱えていたのに・・・」
とふくれ面になる。領主様はごくたまに子供っぽい表情をする。いつも冷静な領主様とは違うが、きっと私が朱家の血筋ではない事や、師匠の弟子ということもあって、少し力を抜いているのだろう。
「君は私の仲間だと言っただろう?仲間を助けるのは当たり前だ。私には君を助ける方法があったから、そうしただけだ。それに、丹勇は事情があって子供が望めない。だから君が娘になる事を伝書では喜んでいた。だから、君は何も心配せず、ここで療養すればいい。恩なら早く元気になって、発明で返してくれたら十分だ。」
領主様には助けてもらってばかりだ。しかもこんな良い待遇を用意してくれた。
「元気に・・・なります。」
「そうだね。まずはそこからだ。明日には私は朱有へ発つ。夏月も連れて行かねばならないが、鈴明だけでは大変だろうから、1人護衛を兼ねた侍女を用意しておいた。信用できる人間だから、安心して頼ると良い。入れ!」
そういうと1人の女性が入ってきた。
「桜綾様のお世話をさせて頂きます炎珠エンジュと申します。」
私に向かって一礼する。
どこか夏月(カゲツ)さんに似た面影がある。
というか、いつから外にいたのだろう。もしかして全部聞いてた?
そう思うと急に恥ずかしくなった。
「夏月の妹だ。桜綾と同じ歳だが、武術にも秀でている。これから朱家にいる間は炎珠が君の護衛だ。」
だから夏月さんと似ていたのか。しかし私に護衛なんて必要だろうか?
「念のためだ。炎珠には君の身の回りの世話もするように命じてある。」
なんだか申し訳ないが、きっと断る事は出来ないだろう。なので、ここは大人しく好意を受け取ることにした。
「炎珠さん・・・こちらこそ・・・お世話に・・・なります。」
そう言って頭を下げたかったが、首だけが下がっただけで、痛みで体は動かせなかった。
「桜綾様。私は護衛でございます。私に頭を下げる必要はございません。それと炎珠とお呼びください。」
また一礼しながらも、笑顔を私に向けた。
「とにかく、私が戻るまで、大人しくしているように。炎珠、鈴明にも会っておけ。桜綾のことは鈴明が一番詳しいからな。それから、憂炎がこちらへ到着したら伝書で知らせろ。」
「承知いたしました。」
「桜綾、ゆっくり休め。今までの分も、な。公務が終わり次第戻るから、しっかり食べて、今よりは元気になっているように。」
領主様はそれだけ言い残すと、部屋を出て行った。
炎珠も鈴明に会いに隣の部屋へと出て行ってしまった。
1人取残された私はというと、さっきまでの領主様との会話を色々思い返しながら、一喜一憂していた。
期待と不安。それから恥ずかしさ。そんな気持ちを抱えながら、また天蓋に揺れる朱色の布を見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

処理中です...