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療養
第1章 2-6
しおりを挟む領主様が朱に戻って2ヶ月が過ぎた。
私も起き上がれるほど回復し、接ぎ木も外された。両足は動くが立つことはまだ出来ない。
接ぎ木が外されたとき、立ち上がろうとしたが、足に上手く力が入らず、へたってしまった。
左手は肩付近まで上げられるようになり、指先も動かせる。
顔の痣もなくなり、食事も普通に取れるようになったことで頬も幾分ふっくらしたように思う。
待医様も驚くほど早く回復している。
歩けないのは不便だが、まずは立ち上がれる様になることが大切だ。
師匠は領主様が朱有に発って1ヶ月ぐらい後にやってきた。髭は伸び放題で、服もボロボロだったので、最初は門番に追い返されそうになったが、朱家の木牌を持っていたおかげで、屋敷に入れた。
私と鈴明はそれでも師匠だと分かったけれど、あまりの恰好に笑いが止まらなかった。
今は朱家の依頼だとかで、建物の窓飾りを作りながら、気ままに過ごしている。
「師匠を呼んでくれない?」
そう言うと炎珠は頷いて、部屋を出て行く。
今では炎珠とも打ち解け、まるで友達のように会話を楽しんでいる。
炎珠は色々教えてくれる。衣の着方やお茶の飲み方、最近の流行の刺繍の柄や噂話まで。
朱家の事も少しだけ話してくれた。領主様の事は話してはくれなかったが、朱家の本家がいかに広いか、領主様のお母様がどんなに優しいかなど、楽しそうに語ってくれた。
おかげで、衣は1人で着られるし、刺繍も下手だが出来るようになった。
「桜綾。何か用か?」
声もかけずに部屋に入ってくる辺り、師匠らしい。
「作って欲しいものがあるんだけど・・・」
「おっ!何か新しい発明か?」
待ってましたと言わんばかりに、手を擦り合わせながら満面の笑みを浮かべる。
「期待を裏切って悪いんだけど・・・私が立つ練習に使うものだから、商品にはならないよ。それに、そんなに複雑でもないし。私の足が動けば自分で作るんだけど・・・というか歩ければ必要ないか。」
「いいぞ。どうせ暇だし。で、どんな物が欲しいんだ?」
あっさり承諾した師匠に、紙と筆を用意してもらって図を書いて説明する。
桜の記憶の中にある、平行棒という物。両手で体を支えながら、歩行の練習をする物だ。
その図を見た師匠は、
「随分簡単にできそうだな。これくらいなら、明日までに出来るぞ。」
といって、図面を持って、そそくさと出て行った。
暇って・・・朱家からの仕事があるはずじゃぁ・・・と思いはしたが、口に出す前に師匠が出て行ったので、言えなかった。
翌日、師匠は言葉通りそれを作って持ってきてくれた。
思っていたよりも、しっかりしているし、手で握る部分の木材は、角が取られ握っても痛くないように、工夫されていた。
「これでいいのか?」
大きな物だが、この広い部屋には余裕で置けた。
「うん。上出来!やっぱり師匠はすごいね。ありがとう。」
そういうと、鼻の頭を掻きながらヘラヘラっと笑った。
運び入れる時に、大きな音がしたせいで、鈴明(リンメイ)と炎珠(エンジュ)が駆けつけてきた。
「桜綾が落ちたのかと思ったじゃない!」
鈴明は怒りながら師匠を睨んでいるが、炎珠(エンジュ)は運ばれた物に目が釘付けになって固まっている。
何に使うか分からないのだろう。
「鈴明、ちょっと手伝って。」
鈴明は睨むのをやめて、私の側へやってくる。
布団をよけると、体の向きを変えて寝台の縁に座る形を取った。
「私を立たせて、あの棒に捕まらせて欲しいの。」
そういうと怪訝な顔をしながらも、私の体を支えてくれる。それを見ていた炎珠(エンジュ)も加わって、私の体はその棒に簡単に捕まることが出来た。
棒に捕まってからも、鈴明達は手を離さず支えている。
「これは立ったり、歩いたりする練習をするものなの。だからゆっくり手を離して。」
戸惑いながらも2人はそっと手を離す。
私は両脇に棒を挟む形で体を支えた後、手の力で踏ん張って体を支える。
手を離すことは出来ないが、久しぶりに足の裏に床を感じることが出来た。
しかし、手の力もまだ回復していないためか、数歩歩いた所で、足が子鹿のように震えると同時に、手が滑って床に尻餅をついた。
焦った鈴明達が慌てて私を元の寝台に戻したが、師匠はその使い方に興味を持ったらしい。
「こんなもんで、歩けるようになるのか?それが出来るなら、これだって十分、新しい発明だろ?」
「誰でもがこれで治るわけじゃないの。私みたいに、骨が折れて足に力が入らない人なら、治るかもしれないっていうだけで、私もこれで治るとは限らないし。」
いつまでも寝たきりではいられない。少しでも可能性があるならと思って作ってもらった物だ。
本当に骨だけの怪我なら、きっと私の努力次第で歩けるようになる。しかし、神経まで損傷が及んでいたら、回復は難しい。神経なんて言ってもこちらでは通じないだろうし、とにかく今はやってみるしかない。
「そうか。まぁせっかく治った傷をまた増やすなよ。何かあればまた作ってやるから。」
師匠が部屋を去ろうとしたとき、1羽の白い鳩が、勢いよく部屋に飛び込んできた。
どうやら、伝書が届いたらしい。
私の肩に止まった鳩を師匠が捕まえ、足に着いた筒から文を取り出す。
それを読んだ後、鳩を外へと放った。
「ったく、連絡が遅い!おい桜綾。明日、宇航とお前の養父母がこちらに着くそうだ。」
そう言いながら文を私によこす。
それを受け取って読んでみると確かに、領主様から明日到着するという連絡だった。
「まぁ!それなら支度をしないと。桜綾様、今日は沐浴を致しましょう。それから衣も用意しませんと。あぁ、客間の掃除も必要ですね。やっとご両親に会えるのですから!」
いきなり炎珠が立ち上がり、興奮気味にまくし立てる。
その慌てぶりに、こちらが驚いて動揺する暇がなかった。
「炎珠、落ち着いて。そんなに慌てなくても、時間はあるから。」
「何を悠長な。とにかく私は母屋に伝えてきます。」
そう言って駆けだしていった。
「俺は部屋に戻ってるよ。何かあったら呼んでくれ。」
「私も炎珠の手伝いに行ってくる。」
一気に慌ただしくなった部屋は、一気に静かになった。
(領主様・・・もう少し心の準備をする時間が欲しかったです・・・)
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