黄仁の花灯り

鳥崎蒼生

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療養

第1章 2-7

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朝から屋敷の中は慌ただしかった。
外では右往左往する使用人達が、何やら大声を出しながら領主を迎える準備をしている。
エンジュエンジュ》にたたき起こされた私は、朝早くから髪を梳かされ、化粧を施され、衣を着せられ・・・
動けないことを良いことに、炎珠のやりたい放題だ。
けれど、こうして忙しく動かされているおかげで、緊張も紛れる。
髪に挿された簪も来ている衣も、どれも全て質の良い物ばかり。
衣は薄い朱色の物。それだけでも気が引き締まる思いがする。
正装で朱、青、白、黒は4領主のみに許された色だ。
金に関しては、勿論、皇帝陛下のみ。
その色の濃さで地位が分かるようになっている。
私はまだ、朱家の系譜に載っていないので、その色の濃さは良く分からないが・・・
私の物は炎珠よりも、濃い朱色だ。つまり、炎珠よりも位が高いことを意味している。
銀糸で装飾された上着の刺繍も見事だった。
寝台から動けない私に、ここまでする必要があるのかは疑問だが、口には出さなかった。
炎珠は私の支度を終えると、客間の様子を見に行ってくると言って去って行った。
炎珠にやっと解放された私は、ようやく一息ついたが、今度は緊張が襲ってくる。
顔の痣は消えたが、いくら化粧をしても、貧素には変わりない。
ここに来て食事はまともに取っているが、こけた頬が戻ったぐらいで、相変わらず体は細いままだ。
元々、食事をまともに取っていなかったせいで、沢山の料理が並んでも、大量には食べられない。
すぐにお腹一杯になるし、動けないせいであまりお腹もすかない。
見た目もパッとしない私なんかを養父母が、本当に受け入れてくれるのか・・・
もし、領主様からの命令で逆らえずに、私を受け入れざるを得ないなら、申し訳ない。
それに・・・そんなことはないと思うが、もしまた前のような扱いをされたら・・・・
でも、領主様が選んだ人達だ。きっと大丈夫。それに、領主様の元で発明するなら、前よりは自由がきくはず。
大丈夫。私にはもう失う物はないんだから。
自分の不安を払拭するように、言い聞かせる。
気合いを入れようと手を振り上げた矢先、
桜綾オウリン様。領主様がお戻りです。」
客室に行っていたはずの炎珠が、扉の外で私に声をかける。
「えっもう着いたの!あっえっと・・・うわ・・どうしよう」
振り上げた手を急いで下ろし、衣の襟を正す。布団の皺を伸ばした所でトントンと扉を叩く音がする。
「はっはい!」
勢いよく返事した瞬間に、領主様が飛び込んできた。
「桜綾、遅くなったね。調子はどうだい?うん。顔色は悪くない。」
私を一通り見回すと、寝台の縁に腰をかけた。
「随分、良くなったようだ。伝書で様子は知っていたが、顔を見て安心したよ。」
久しぶりに領主様にあったせいか、何だか気恥ずかしい。
「はい。ありがとうございます。足以外は、元気になりました。あっ足も頑張って治す予定です。ご迷惑・・・」
「はいはい。分かったから。その口調は止めて欲しいな。それに迷惑ではないよ。私が私の意志でやっていることだからね。取りあえず、君の新しい両親に会いに行こう。」
そう言ったかと思うと、私を軽々と持ち上げてしまった。
(これはどういう状況?)
一瞬、何が起きたか分からず、思考が停止してしまったが、扉を出て外へ出た所でやっと理解した。
「あの、領主様、これは一体?いやいや、下ろしてください!領主様に抱き抱えて頂くなど、恐れ多いです!」
「下ろしても良いけど、桜綾1人で広間までいけるのかい?」
「1人では無理ですが、何も領主様が抱えなくても、護衛に頼んでいただければ!」
上半身をジタバタ動かしていると、領主様が上からキッと睨んでくる。
「少しじっとしていてくれないかい?落ちたらまた怪我をする。」
そう言われて、動けなくなる自分が情けないが、結局そのまま口もつぐんだ。
外はすっかり春めいてきている。窓からは見えなかったが、桜が蕾をつけはじめ、風も春の匂いを運んでくる。
ここに来たときは、気が付かなかったが、屋敷の真ん中に大きな池がある。
蓮の葉があるという事は、夏前にはきっと睡蓮が沢山咲いて、見事だろう。
そんな呑気なことを考えているうちに、領主様の足が止まり、大きな扉の前に立つ。
刀を持った護衛2人がスッと扉を開ける。
それから広間へと足を踏み入れる。
そこには鈴明リンメイと炎珠、師匠の姿もあった。
そして、広間の椅子の前で礼をしている2人の男女。
この人達・・・・
その2人を見ていると、その向かいの席に領主様は私を下ろした。
そして、上座の席に腰掛けると、礼をしている人達も各(おのおの)席に着いた。
私は顔を上げられず、うつむいている。
宇航ユーハン様、こちらのお嬢様ですか?」
私の席の正面に座っている女性が、領主様に尋ねる。
「そうだ。知っているとは思うが、まだ怪我が完治しておらず、足が不自由だ。」
表情は一切変えず、私の状況を伝える。
私はまだうつむいたまま、その会話を聞いているだけだ。
すると女性の方から私に近づいてきた。
「あなたが桜綾ね。私は藍珠ランジュというの。今日からあなたの母親よ。よろしくね。」
そういうと私の手を両手で包み込む。その手は温かく、柔らかかった。
「こちらこそ・・・よろしくお願いします・・・。」
小さな声で答えながら、少しだけ顔を上げた。
決して派手ではないが、品のある優しげな顔。それが養母を初めて見た印象だった。
が・・・・・・
「宇航様!ちゃんと娘に食事を取らせていましたの?こんなに細いなんて・・・何か滋養に良い物を用意しませんと!旦那様!人参は持ってきました?」
私の頬に触れながら、宇航様と養父らしき男性を交互に見て、大声を上げる。
その声に少しビックリする。
「落ち着きなさい、藍珠。桜綾が驚いているではないか。すまんな。妻は君に早く会いたいと、ずっとこの日を心待ちにしていたんだ。勿論、私もね。私は丹勇タンユウと言う。今日から君の父だ。」
藍珠の隣に来てなだめながら、私に微笑む人、この人が養父。
細長の目元、キリッとした眉。武人なのか、がっしりとした体格ではあるが、どこか領主様の面影がある。
「丹勇は私の従兄弟だ。歳は離れているがな。藍珠、心配しなくても、ちゃんと滋養のある物を食べてもらっているよ。確かに細くはあるが、前の環境の影響もある。これからゆっくり慣れてもらえば良い。」
領主様の言葉で納得がいく。従兄弟だから少し似ているのだろう。
「話は聞いているよ。桜綾、もう何も心配は要らない。私達は君を望んで娘にしたのだから。今まで苦労した分、うちではやりたいことを自由にやりなさい。もう誰も桜綾を苦しめたりしないからね。」
養父・・・いや、父はそう言って優しく私を抱きしめる。その横から、母も抱きしめてくれた。
実の父でさえ、こんな風に抱きしめてくれたことはない。
会うまでは不安で仕方なかったけれど、今はとても幸せな気分だった。
嬉しくて、恥ずかしくて、温かい。
「こんな娘で・・良いのでしょうか?」
「何言っているの。旦那様も言ったでしょ。私達が桜綾に娘になってほしいと望んだのよ。宇航様にこの話を聞かされたとき、どれほど嬉しかったことか。」
母はそう言いながら、目に涙を浮かべている。
「でも、私はこれから先、歩けるかどうかも分かりません。ご迷惑をかけるのではないかと・・・」
「関係ない。もう娘なのだから、迷惑をかければ良いじゃないか。例え歩けなくても、私達は桜綾をもう手放したりはしない。だから、私達の娘になってはくれないかい?」
父は私に娘になってくれと、言ってくれている。
私は一度、領主様の方に顔を向ける。
領主様は一度だけ私に頷き返す。
「こんな娘で良ければ、これから、よろしくお願いします。」
そう言って、一礼すると2人はまた抱きしめてくれた。
鈴明や炎珠が涙を拭っているのが見える。師匠はにっこりと微笑んでいる。
私はこんなに幸せな気持ちになって良いのか、少しだけ怖い気持ちを感じながら、温かさに包まれていた。
「さぁ、さっさと必要な事を済ませてしまいましょう。それから皆で食事にしましょう。これからは、娘と色々楽しまなくては!」
母はそう言って、父を立たせ領主様に手続きの催促をする。
手続きとは言っても、私と両親の名前の下に血判を押すだけだ。
正式に系譜に記名する儀式は、朱有に戻ってから本家で行われるらしい。
その儀式がどんな物かは分からないが・・・
人差し指を少しだけ切って、その血で親指の血判を自分の名前の下に押す。
これで正式に、私は胡・桜綾から、朱・桜綾になった。
領主様はその書状を懐にしまうと、そっと立ち上がる。
「よし、では皆で食事にしよう。」
そう言ってスタスタっと私の前に立った。
まさか・・・また抱える気では・・・
そう思ったとき、父が横からスッと私を抱え上げた。
「宇航様、娘の世話は父である私にお任せください。」
抱えることになれていたからなのか、手持ち無沙汰なのか、領主様が眉間に皺を寄せているのが分かる。
それを尻目に父は私を抱えたまま、歩き始めた。
それを見ていた母は、領主様の背中をさすりながら、笑っている。
私は戸惑いながら、そのまま運ばれるしかない。
「ほんとに桜綾は軽いね。羽みたいだ。」
父はそう言いながら、私の体を少し上に放る。
「ひゃっ」
ビックリして声を出すと、後ろから領主様と母が慌ててやってくる。
「丹勇!桜綾はまだ足が治ってない!」
「旦那様!桜綾が怪我したらどうなさるの!」
口々に怒鳴っているが、父はお構いなしに笑いながら、客間まで運んだ。
客間の円卓にはもう、沢山の料理が並んでいる。
鳥の丸焼き、青菜のゆで物、魚や貝、饅頭に桂花糕。その他にも色々。豪勢だ。
まだ湯気が立っているということは、まだ運ばれて間もないのだろう。
席が並ぶ一つに私を座らせると、その横に父が、反対側の横には母が、そして向かいに領主様が座る。
私の後ろには鈴明と炎珠が立ち、領主様の後ろに夏月と師匠が立っている。
「あの、皆で食べるんですよね?だったら師匠や鈴明達も一緒に食べては駄目ですか?」
本来、貴族と平民が同じ食卓に着くことはないし、護衛が主人と同じ食卓で食べることは出来ないと暗黙の規則として理解されている。しかし私にはここにいる人、全てが大切な人であり、私の尊敬する人であり、友人だ。
だから、この時間だけでも一緒に食事をしたかった。
「桜綾が望むなら、勿論そうしよう。私はかまわないよ。」
領主様は快諾してくれた。
「勿論、私達もかまわないわよ。桜綾の大切な人は私達のとっても大切な人なのだから。」
母も父も快諾してくれた。
鈴明と炎珠は顔を見合わせ、喜んでいる。
そして4人分の席が追加されると、すぐに食事が始まった。
両親は次々に私の器におかずを載せ、もうすでに器は一杯になっている。
領主様は私に人参と鳥の汁を注いで渡してくるし、至れり尽くせりなのだが、すでに私の食べきれる量を超え過ぎている。
どうしようか迷っていると、鈴明がそっと半分を取ってくれた。
それを見た両親が気づいたらしく、
「そうだね、急にこの量は無理があったね。嬉しくてついつい・・・」
父が頭を掻きながら笑う。
「いいえ、嬉しいです。ほんとは全部食べたいんです。これから一杯食べられるように、頑張ります!お父様が抱えられないくらいに、太って見せます!」
そう力強くいうと、正面の領主様が飲んでいたお茶を吹いた。
それを夏月が慌てて手巾で拭く。
「すまない。桜綾があまりに意気込むから、笑ってしまった。こういう食事もいいものだね。賑やかで。」
師匠は後ろを向いて肩をふるわせている。
急に恥ずかしくなって、うつむくと
「あらあら、うちの桜綾は恥ずかしがり屋さんなのね。ゆっくり食べられるだけ、食べたらいいのよ。そのうち沢山食べられるようになるわ。」
そういいながら母は微笑み、私の手を取る。
その後は私の発明や、両親の話、領主様の武勇伝などを話しながら、笑いと幸せの一時を過ごした
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