黄仁の花灯り

鳥崎蒼生

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温泉

第1章 3-3

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朝食を取った後、宇航ユーハン様と夏月さんは用事があると、屋敷を出ていった。
私は師匠と一緒に自室に戻り、さっきお湯を入れた鍋の中に指を挿して、温度を確かめる。
粗熱が取れている事と、灰が沈んでいるのを確認して、鈴明に持ってきてもらった空の桶の上に絹の生地を二枚重ねて置き、それを引っ張ってもらった上から、お玉で掬った灰の上澄みを掬い入れる。
絹を少し持ち上げて確認すると、灰を通さず上澄みだけが溜っているようだ。
それから何度か掬い入れて、絹の生地を洗ったものを、残りの灰汁にかぶせておく。残りは明日用だ。
師匠が作ってくれた油も、保存状態もよく、澄んだ色をしている。
これを鈴明リンメイに持ってきてもらった、小さめの鍋にその灰汁を入れ、油をゆっくりと入れていく。
師匠はそれをかき混ぜ、ある程度の粘りが出たところで、木蓮の花を乾燥させたものを乳鉢で粉にして加えていく。
乾燥した物なので香りがどうかと思っていたが、思ったよりも、あの甘い香りがちゃんとする。
ある程度まで混ぜ、固くなり始めた頃、師匠が以前作っていた、花形のお菓子の型に椿油を塗って、そこへ入れていく。
明日になって、これがある程度固まっていれば、成功だ。
日陰において、乾燥させる。数は3つ。あまり大きくはないが、試しで作っている物だし、良いことにしよう。
「なんだか、お菓子みたい。食べられそう。」
鈴明がそう言いながら触ろうとしたので、止めた。
「食べられません。もう。お菓子の型に入っていても、食べちゃ駄目。」
「わかってるよ。本当に食べたりしないって。」
鈴明は口をとがらせながら、使い終わった鍋などを片付けに井戸へ向かっていった。
「もう終わりか?油を作る方が大変じゃないか。俺は一人でやったのに、不公平じゃないか!」
師匠は師匠ですぐむくれる。
「ありがとう。師匠のおかげで、石鹸が早くできたよ。まだ成功するとは限らないけど。次はちゃんと手伝うから。」
そう言ってなだめる。30を超えたおじさんが、駄々をこねても可愛くない。
しかし、師匠が油を作っていなければ、こんなに順調には進まなかっただろう。
駄々をこねるくらいは大目に見なければ。
「次は師匠が楽しんで作れる物にしよう。からくりとか好きでしょ?」
「ん?もう次を考えてるのか?それはどんな物だ?大きいか?それとも複雑か?」
さっきまで不機嫌だったくせに、もう機嫌が直っている。
目をキラキラさせて私の答えを待っているが、聞いただけで、まだ具体案がある訳ではない。
「師匠・・・色々あるけど、次に何を作るかまではまだ決めてないの。朱有についた後、工房を見てから決めようかと。それに、ここには1月しかいないから、途中になってもあれだし。」
師匠はまたシュンとなる。
「わかった。分かったから。ここでも作れる簡単な物か、次に作る物の部品とか、なんか考えてみるから。」
師匠は俯いたまま、こちらを睨む。睨まれても怖くはないが、面倒だ。
「明日までには考えておくから。ね?ね?」
そう言うと、やっと顔を上げた。
(いいかげん、大人になってほしい・・・)
師匠は明日だぞと念を押して、自室へ帰っていった。
気づけば太陽は真上に輝いていた。


次の日、朝食を取った後、石鹸の出来を確かめる。
ある程度、固まってはいるが、もう少し固さが欲しい。もう少し乾燥させるべきか・・・
昨日の石鹸はそのまま、もう一日乾燥させることにした。
今日は一日おいた灰汁を同じ要領で作っていく。香りは蜜柑の皮の乾燥した物を使ってみた。
ほんのり柑橘系の匂いがする。
昨日よりも少し固めに練って、型に入れて乾燥させる。
宇航様は昨日から姿を見ていないので、あれから戻っていないのだろう。
師匠には新しい物の図面を朝食時に渡しておいた。今頃、楽しげにそれを眺めていることだろう。
しかし、それがどんな風にできあがるかは、師匠次第だが。
今回、師匠に渡した図面は改良版の雑巾。日本ではモップと言う物だが、胡家の屋敷では廊下が広かったので、雑巾がけが大変だった。端から端まで猫の背伸びのような恰好で、駆け回るのは辛い。
これも前から欲しかった物だが、あの屋敷ではそれを使うことに抵抗があったので、作りはしなかった。
朱義での屋敷も広かったが、ここも広い。使用人は、やはり雑巾がけに苦労しているようだった。
それでこの際に柄の付いた雑巾を作ってもらうことにした。勿論、雑巾は取り外して洗えるように。
図と言葉で説明はした物の、どこまで師匠が理解しているかは、分からない。
きっと、大丈夫だろう。失敗しても作り直せば良いだけのことだ。
遅めの昼食を母と取り、その後は母と街へ散策に出かける。
母の衝動買いはいつものことだが、今日は鈴明も一緒に来ている。
黄泰と似ているがここは魚や貝も多く売られている。
珊瑚で出来た簪などは、驚くほど高いが、綺麗な桃色で以前、義母が付けていたのをチラッと見たことがあるが、ここで見たのはもっと大きくて、艶がある。
練り香やおしろいなども種類が豊富で、入れ物も鮮やかだ。
私達は食事や買い物を楽しんで、夕方頃帰宅すると、宇航様が帰ってきていた。
「桜綾、外は楽しかったかい?」
椅子に座ったまま話しかけられたので、一礼して答えた。
「領主様、お帰りなさいませ。母との買い物はいつも楽しんでおります。領主様もお疲れはございませんか?」
そう聞くと、
「それほど疲れてはいないよ。それよりも、桜綾に渡したい物があって待っていたのだ。」
そう答えて、夏月さんに小さな箱を持ってこさせる。
夏月さんは私の前に来ると、両手でその箱を手渡した。
そっと中を開けてみると、実のような物が入っていた。もしかして・・・
泡活草ほうかつそうの実だ。近くの村でそれを子供達が遊び道具にしていると聞いてな。視察がてら取りに行ってきた。」
視察だとは言うが、きっと視察の方が名目で、実を取りに行ってくれたのだろうと察しがついた。
その心遣いに素直に感謝する。
「申し訳ございません。お手を煩わせてしまいました。それからありがとうございます。」
そう言ってもう一礼すると、
「私も何か協力出来ればと思ってね。それに、視察ついでだから、そこまで気にしなくても良い。」
満足そうににっこり笑って返事をする。
私は箱の蓋を閉め、それを炎珠に渡した
泡活草があれば、泡立つ石鹸が作れる。明日試して見よう。そのためには、蓋が付いた陶器の容器が欲しい。
石鹸が出来ていれば、それを細かく削って、熱湯を注いで溶かし泡活草を入れて振れば、液体の石鹸が出来るはずだ。
保存は利かないが、温泉に行く日に作れば、きっとさっぱりするだろう。
「桜綾、桜綾。桜綾!」
「あっっはい!」
思考がまた飛んでいた。宇航様の呼びかけにも気が付かない程に。
「石鹸の事を考えていたのかい?桜綾は分かりやすいね。それで明日の予定を私は訪ねたいのだが?」
考えていたことを言い当てられて、少し恥ずかしくなった。
「明日は、石鹸の乾燥具合の確認と、頂いた泡活草で、少し改良できるか試してみようかと思っております。午後は何もなければ、書物でも読もうかと考えておりますが、何か私にご用がおありでしょうか?」
「では、午後の時間、少し外出に付き合ってはもらえぬか?」
「それはかまいませんが・・・どちらへお出かけで?」
「行けば分かる。」
それ以上は何も言わなかったので、私は早々に自室へ戻った。

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