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温泉
第1章 3-5
しおりを挟む厨房にある物を確認したが、からし菜がなかったため、厨房長に確認すると、ここにはないが、街へ出れば手に入るというので、使用人の一人に買いに行ってもらった。
その間に、私は菜の花の下ごしらえを始める。
まずは根を切り、葉と茎、花部分を綺麗に洗い流す。それから三等分にして水にさらしておく。
母は鳥と野菜の汁物と、餃子を作っているようだ。
手持ち無沙汰になった私は母から鶏肉を分けてもらい、それをぶつ切りにして塩と胡椒で揉んで置く。
胡椒は貴重な物らしいが、この屋敷には結構な量が備蓄されていたので、厨房長の許可を得て使わせてもらった。
鳥を揉み終わった所でからし菜が届いたので、それを綺麗に洗って、細く切っていく。
湯を沸かし、そこに先ほどの菜の花と塩を入れて軽くゆでる。それが終わったら、少しお湯を捨ててからし菜を入れ、からし菜に火が通ったところで、ザルにあげ水を切る。残った煮汁を少しと醤油を入れて味を調え、菜の花とからし菜を和える。
味見をしたら、これが中々においしかった。少し苦みがあるが、それも良い引き立て役になっている。
後は、卵と小麦粉を使って、先ほど下味を付けた鳥を、油で揚げていく。ここで使われているのは、何の油あろうと考えながらも、今は、料理に集中する。
鶏肉がカラッと揚がったところで、ザルに移し油を切る。これも私の中にある桜の記憶から作った物だ。
唐揚げという物らしいが、味見をしてみると、確かにこれは肉好きにはたまらない味だろう。
それらを、皿に盛り付け、完成させる。キャベツを千切りにして唐揚げに添える。
自分でも満足のいく物が出来た。
母はまだ餃子を蒸していたので、そこへ行って少しばかりおしゃべりを楽しむ。
今日の夕食は、鳥の汁と、餃子、菜の花の和え物と唐揚げ、ご飯。唐揚げは炎珠と鈴明、師匠と夏月さんの分を取り置いて、後は食卓に運んでもらった。
高い食材は使用してはいない。果たして、気に入ってもらえるだろうか・・・
期待と少しばかりの不安を胸に、食卓につく。
宇航様は最後にやってきた。3人ばかりでの食卓は少し淋しいが、宇航様の目は唐揚げに釘付けだった。
席に座ると同時に質問が飛んでくる。
「桜綾、これは君が言っていた菜の花の使い方かい?いや、それはこっちか。ではこれは?」
唐揚げと菜の花を交互に見ながら、箸を握る。相変わらず察しがいい。
「この茶色いのは、鶏肉を揚げた物ございます。菜の花はこちらのからし菜和えで使いました。お口に合えばよろしいのですが・・・」
そう私が答えると、早速、唐揚げに手を伸ばす。母もつられて、それを取る。
二人とも一口食べて、箸が止まる。
(もしかして、だめだった?)
「旨いな。これは本当に鳥肉なのかい?なんだか初めての食感だ。」
「本当に。鳥肉にこんな料理方法があるのね。旦那様にも召し上がって頂きたいわ。」
口々に褒めてくれるので、嬉しくもあり恥ずかしくもなった。
それから、菜の花のからし菜和えを口にする。
「これはピリっとするが、口の中がさっぱりとする。この歯ごたえもいい。鳥の揚げた物と相性がいいな。」
「菜の花が食べられるなんて。油の材料としか知りませんでしたけれど、お酒にも合いそう。」
2人とも気に入ってくれたようだ。良かったと胸をなで下ろしながら、私もご飯を食べ始める。
母の作った餃子は、しっかりと肉汁が染み出てくる。そこへニラとキャベツの歯ごたえが加わって、旨味を引き出している。
私の料理より、よっぽど母の料理の方がおいしいと思う。
黙々と食べ、気づいたときには、全ての皿が空っぽだった。
宇航様もお腹の辺りを手でさすっている。
「久しぶりにこんなに食べた気がするな。藍珠の料理も桜綾の料理も旨かった。」
随分とご満悦な様子に私も母も作った甲斐があった。
私も今日は衣がきつく感じる位には食べた。動くのが億劫だ。
しかし、いつまでもここにはいられない。炎珠に洗濯の結果を聞かなくては。
おもむろに席を立ち、宇航様と母に一礼して、その場を後にした。
日が落ちると外の気温が下がり、少し肌寒く感じる。今日は雲一つなく、空には半分欠けた月が太陽に代わって、柔らかな光を放っている。
桜に記憶にはあまり星の輝きがないが、ここでは沢山の星が空一杯に広がっている。
私にはいつもの風景だが、今日は何だか感慨深い。
空を見上げながら、廊下を歩く。星は時に瞬きながら、時に流れながら、いつも私達の上に存在する。
早く自室へ帰らなければとは思いつつ、空を眺めて浸ってしまった。
我を取り戻し、やっと自室に戻ると、鈴明達が唐揚げをむさぼっている最中だった。
私が急に扉を開けたので、皆がこちらを見て一瞬固まったが、すぐに唐揚げを食べる動作に戻った。
「ほおひん、ほれ、ほいしい。」
鈴明が唐揚げをリスの様に頬張りながら喋るが、言葉になっていない。
多分、桜綾これおいしい、と言いたいのだろう。
「ゆっくり食べないと、喉に詰まるよ。」
そう言いながら4人の湯飲みに水を注ぐ。それにもかまわず、必死に食べているのを見て、嬉しくなった。
「そんなにおいしいなら、また作るし。作り方を厨房長に伝えておけば、作ってもくれると思うよ。」
そう言うと4人揃って、首を縦に振る。
必死に食べる4人の食事が終わるまで、私は扉の前の階段に腰を下ろして、またも空を見上げる。
そこへ宇航様がやってきた。片手に何やらぶら下げている。よく見ると酒瓶だ。
もう片手には杯が2つ。
音もなく歩いてきて、当たり前のように私の横へ腰をかける。
中の会話が丸聞こえで、宇航様もその会話を聞きながら笑っている。
持ってきた杯に酒を注ぐと、一つを私に差し出す。
「宇航様。私、お酒飲んだことないんですけど・・・」
「これも経験だ。貴族の集まりなどでは必ず酒が出る。それに今日は飲みたい気分なんだ。少し付き合ってくれないか。」
日本では20歳以下の飲酒は禁じられていた。桜もお酒は得意ではなかったと思う。
それでも、宇航様の誘いとあらば断るわけにもいかない。
杯を持ち上げ匂いを嗅いでみると、酒の独特の香りに少し果実の香りが混ざっている。
果実酒なのだろう。
杯の縁にそっと口を付けて、舐めるように一口飲んでみる。
(ん?意外においしいかも)
横を見ると宇航様はそれを一気に口に流し込んでいる。それから私の方を見て
「初めての酒はどうだい?飲めそうか?」
と聞いてきたので、私も一気に杯を空にした。
「思っていたより、おいしいです。果実酒ですか?」
「あぁそうだが、初めてでよくこれが果実酒だと分かったな。」
「香りが・・・柑橘系の香りがした物で・・・」
「かんきつけい?」
あぁこれも、ない言葉なのか。
「えーと・・・蜜柑のように酸っぱいような甘い香りです。」
「柑橘系・・・ね」
宇航様はそれ以上突っ込んでは来なかったが、何か言いたげだった。
今はまだ、この秘密を話す訳にはいかない。でも、いつか宇航様に打ち明けられる日が来るといいなとは思う。
話せない事が心苦しいが、それ以上聞かない宇航様に今は甘えておこう。
私の空いた杯に酒を注いでくれたので、私も宇航様に注ぎ返す。
それを飲もうとすると、食事を終えた4人が出てきた。
「桜綾、俺を差し置いて酒とは・・・2人で飲んでたのか?」
師匠が早速文句を言いながら、私の杯の酒を飲んでしまう。
「師匠達は唐揚げをむさぼってたでしょ!もう。私の取らないでよ。」
師匠から杯を取り返す。
それを見た宇航様が、夏月さんに目で合図を送る。
「桜綾、お酒飲めたの?」
「今日初めて飲んだの。意外においしかったから、領主様と星見酒を楽しもうと思って。」
鈴明はまだ15になったばかり。勿論、酒など飲んだことはないだろう。
いくら嫁に行ける歳になったからと言って、すぐすぐ飲む物でもない。
普通は必要に迫られて飲むか、好奇心に駆られて飲むか。
「私も飲んでみたいな・・・」
鈴明はどうやら好奇心に負けたらしい。上目遣いでこちらを見てくるが、
「お前にはまだ早い!」
と、師匠に一括されて、むくれている。
そんな会話をしていたら、夏月さんと護衛の人が杯と、酒瓶を人数分、それとつまみに漬物を持ってきた。
それを私の部屋へと運び込む。
師匠は嬉しそうに夏月さんに付いて行き、炎珠もそれに付いて行く。
炎珠は何も言わなかったが、どうやら、飲みたかったらしい。
(さっきの合図はこれを用意させるためのものか・・・目を見るだけで会話が出来るってすごい信頼関係だな)
部屋の中では、師匠と炎珠、夏月さんが酒を飲み交わしている。
師匠が飲んでしまった杯に、宇航様がまた注いでくれる。
それを、横でむくれている鈴明の前に差し出す。
「師匠は中だから、一口だけ飲んでみたら?」
私の言葉に、急に笑顔になって頷くと、杯に口を付けて、すぐに眉をしかめた。
「桜綾・・・おいしくないよ、これ。」
そう言って残った酒を私に返して、つまみをもらいに部屋に消えていった。
また二人になった階段で、ゆっくりと酒を楽しむ。
宇航様も酒を飲みながら、星を見上げていた。
「空にはこんなに星が出ているのに、領主になって忙しすぎて、空を見上げることもなかった。だが、星からしてみたら、私達の事など関係なく、当たり前にそこにあるんだな。」
「こんな話を知っていますか?あの輝いている星は空の上よりもっと遠くにあって、何千年の時を超えて私達に光をとどけているんです。私達が見ているあの星の光は、星が生きて放った灯なんだそうです。」
「難しい話・・・だな。だが、神秘的だ。」
ここの環境は文明や五神以外、桜の知っている世界とあまり変わらない。名称や言葉の違いは多少あれど、自然の摂理は同じだと思う。
木も川も太陽も月も星も、全て桜の記憶にもあった。これから違う部分がもっと見えてくるとは思う。
それでも、桜の記憶が私を生かし、支えになっている事に違いはない。
何杯目かを飲んだとき、ふと肩に重さを感じる。どうやら、宇航様が酔って寝てしまったらしい。
お酒に弱いのか、疲れているのか、その両方か。
しかし、まだ肌寒い中、ここで寝かせる訳にはいかない。どうしていいか分からず、結局、夏月さんを呼んだ。
「領主様が人前で酔うのは、初めてのことです。」
その少し含みのあるその一言だけ言って、夏月さんは宇航様を支えて、宇航の部屋の方へと消えていった。
自室に入ると、師匠と炎珠が赤い顔をして、まだ酒を飲んでいる。
「炎珠、今日の洗濯はどうだったの?」
そう聞くと、杯を持った手を振り回しながら、
「桜綾様、あれ、すごいですよ。染みは取れるし、香りもいいから、洗濯してる女性が喜んでました。うへへへ」
かなり酔ってはいるが、まぁ結果は上々と言う所だろう。
「あっ、ただ柔らかいから、すぐ溶けてなくなっちゃって、衣数枚しかあれを使えなかったって、ヒック」
やはり・・・洗濯に使うにはもう少し改良が必要か・・・・
考えながら寝台の縁に腰を掛けると、お尻に柔らかい感触がある。見ると、鈴明が寝台で眠っていた。
「師匠、炎珠。そろそろ部屋へ戻って、寝て頂戴。私も眠いから。」
師匠は不満げにこちらを見た後、酒瓶を一つ持って何も言わず、部屋を出て行った。
炎珠は、必死に立ち上がり、ふらふらしながらも、部屋の方へ戻っていく。
大丈夫か心配だったので、扉の前から見守っていたが、無事に自分の部屋へ帰っていった。
部屋に戻った私は、鈴明を端に寄せて隣へ潜り込む。
酒のおかげか、布団に入ってすぐに眠りに落ちた。
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