黄仁の花灯り

鳥崎蒼生

文字の大きさ
45 / 46
秘密

第1章 5-8

しおりを挟む

次の日の夕方。
師匠や鈴明リンメイ宇航ユーハン様と炎麗エンレイ様、炎鈴エンリン様に、宇明ユーメイ様まで、私の誕生祝いに来てくれた。
他は使用人と護衛だけ。が・・・それだけでも大人数だ。
使用人と護衛には他の場所で、食事が振る舞われる。仕事柄、酒を出すわけにはいかないが、食事だけでも、と両親に頼んだ。
使用人と屋敷の人間の境は必要だと思う。
それが黄仁という国のシステムだから。
でも、せめて主人がご飯を食べるなら、使用人や護衛にもご飯を食べて欲しい。
本当は、そんな境なく皆で食べられたら楽しいだろうが、彼らには彼らの仕事がある。
それを誇りに思っている人もいる。
それを私の思いだけ押しつける事の方が失礼な場合だってある。
だから、この国のシステムを理解しつつ、公平にする方がいいのだ。
一番やってはいけないことは、人間として扱わないこと。
それだけを忘れなければいい。
宇航様達はそれぞれの席に着き、一人ずつ護衛を後ろに連れている。
私は、母に着飾られお人形のように、自分の席に着いてじっとしているが、華羅は「ご馳走はまだか」と私の肩で騒いでいる。
宇航ユーハン様には華羅の声が聞こえるので笑っている。
そうしているうちに、食事と酒が机に並んでいく。
華羅の分もちゃんと用意されていた。
海の幸が多いが、唐揚げも並んでいる。
きっと母が作らせたのだろう。
それらが運ばれると、華羅は瞳を輝かせて、今にもよだれを垂らしそうだ。
最後に酒が運ばれ、提灯が灯ると宴が開始した。
宇航様が乾杯の音頭を取り、一斉に杯を空にする。
「桜綾、おめでとう。これは私からの気持ちよ。」
そう言って、炎麗様が小さな箱を手渡してくれた。箱からして、高価な物だと分かる。
中を開けると、翡翠の腕輪だった。手が震えるほど高価な物だが、返すわけにも行かない。
ありがたくもらっておこう。
「ありがとうございます。嬉しいです。」
そういうと炎麗様も満足そうに頷く。
それからは、贈り物の嵐だ。
炎鈴様からは耳飾りを、 宇明様からは中々手に入らなかった書物を、師匠からは手作りの香箱を、鈴明から手巾と香袋を。炎珠エンジュと夏月さんからは護身用の短剣を、|灯鈴《トウリン
》からは紐飾りをもらった。
そして、宇航様からは、あの紫の石の付いた簪をもらった。あの時の石より大ぶりで銀細工の綺麗な簪。
「これ・・・」
「あぁ炎珠に聞いたんだ。君の好みが分からなくてね。気に入ってもらえれば嬉しいんだが・・・」
何だか恥ずかしそうに見えるが、灯りのせいだろう。
「はい。気に入りました。ありがとうございます。」
お辞儀をすると、皆がクスクス笑いながら、こちらを見ている。
何故笑われているのか分からないが、嫌な笑い方ではないので、気にしないでおこう。
その横で、華羅はさっきから唐揚げを必死にむさぼっている。
(もしかして、これに笑ってたのかな?)
自分の唐揚げを食べ終わると、私のお皿の唐揚げをじっと見ている。
(かわいい・・・)
「華羅、私の唐揚げ、食べる?」
「食べる!桜綾オウリン、好き。桜綾、優しい。」
そう言って、私のお皿から2つだけ自分の皿に乗せて、3つは残している。
「ん?華羅、全部食べて良いよ?」
「華羅も食べる。桜綾も食べる。これで一緒。」
(可愛すぎる・・・食べてしまいたい・・・)
そんな愛おしさを感じながら、私もお酒と食事を楽しんでいた。
皆が酔い始めると、私の隣に炎鈴様がやってきた。
「桜綾、宇航の贈った簪、付けないの?」
ニヤニヤ、何かありげに聞いてくるが、その意図は分からない。
「お姉様・・・。高価な物だと思うので、付けるのは気が引けて。付けた方がいいですか?」
「そりゃ、付けたら宇航も喜ぶと思うけど?だって着けて欲しいから贈ったのだろうし。」
やっぱりニヤけている。
「私が着けてあげるわ。きっと似合うはず。宇航が選んだんだもの。」
そう言って、箱から簪を取り出すと、私の頭に挿してくれながら、話を続ける。
「ねぇ、桜綾は、簪をもらう意味って知っている?まぁ宇航もその手には興味ないから、これを選んだのだろうけど。」
「いえ。こんな高価な贈り物をもらったのは初めてで・・・皆様から頂いた物も本当に頂いて良いのか、なんだか申し訳なくて。私なんかのために、こんなに用意して頂いて、感謝しかないです。」
誕生日を祝われるのも、贈り物を頂くのも初めて過ぎてどうしたら良いか分からない。
「誕生日なんだから、もらっておけばいいのよ。価値よりも、桜綾の為に皆が選んだって事が大切なのだから。でも簪だけは、本来、違う意味があるの。簪は好きな人に贈る物だから。」
その言葉に驚いて、後ろを振向くが、すぐに前を向かされる。
「残念ながら、宇航は知らないでしょうね。だからこの簪にも多分、深い意味はないと思うわ。本当に残念。」
さっきから残念ばっかり言っているように思うが、何が残念なのか、私には分からない。
「ハイ、できた。うん。よく似合ってる。」
そう言って私を正面から見て、納得したように頷いている。
鏡はないので、私には確認できないが、炎鈴様は早速、宇航様に声をかけている。
それを聞いて宇航様が振向くが、こっちをチラリと見ただけですぐに視線を元に戻した。
(似合ってなかったのかなぁ)
少し切ないような気持ちになったが、酔った炎珠が絡んで来たので、その気持ちもすぐに消えた。
華羅はお酒を飲んで、フラフラしている。
この子はお酒も大丈夫らしい。
本人に確認したら、大丈夫だと言うので飲ませてはみたが・・・
本来、鳥にお酒を飲ませてはいけないし、雑食にしても、人と同じ味の物や、ネギ類は厳禁のはずだが・・・華羅は全く平気で、本当に何でも食べるし、食べても異常はない。
黄仁の鳥は、私の知っている鳥の生態とは違うのかも知れないとも思ったが、宇航様もこんなに何でも食べられる鳥は初めて見たと言っていたので、華羅が特別なのだろう。
「華羅、そろそろお部屋に戻る?」
「私はまだ酔ってません!」
華羅に話しかけたのに、炎珠が返事をする。
華羅はこちらを見て、フラフラしながらやってくると、ポスっと私の胸に飛び込んで来る。
華羅が落ちないように、しっかり抱えると部屋へ連れ帰るため、そっと席を立つ。
皆は、まだ楽しそうに騒いでいるので、何も言わずに部屋へ入った。
寝台の真横にある華羅の寝床にそっと乗せると、すぅすぅと寝息を立てている。
またそこからそっと抜けだし、宴会場へ戻るのも面倒なので、部屋の外の階段に腰掛ける。
もうすぐ十五夜なだけに、少しだけ欠けた月が、頭上から優しい光を放っている。
誕生日とはこんなにも幸せな日だったのか。
ここにいる誰もが、私の生まれた日を、私が生まれたことを祝ってくれている。
何故、私は生まれてきたのか、何故、桜と同じように苦しい人生なのか。
神様はいじわるで、前世と同じ事を私に追体験させているようで、辛い日が多かった。
けれど、今日はそんな私でも生きて良いと言われた気がした。
皆には言わないけど、嬉しくて涙が出そうだった。
泣いたらきっと両親が大騒ぎする。
それでも、あの月の光のように柔らかく、闇を照らしてくれる優しさに、もう少し浸っていたい。
まだ暖かな風とひんやりとした石段が心地よかった。
石段に座って、一人月を見上げていると、気配も感じさせず宇航様が隣に座る。
驚いて、少し腰をずらして、場所を空ける。
「今度は月見かい?月見には酒が必要だろ?」
そう言って、酒と杯を差し出す。どうやら宇航様も、あそこから抜け出してきたようだ。
静かに杯に酒を注ぐと、その一つを渡してくれる。
「この前は星の話をしてくれたが、月の話はないのかい?」
そう言いって酒を飲みながら、月を見上げている。
月の話は日本にも沢山あった。竹から生まれて月に帰った姫や、月から来たヒロイン戦士、神話も沢山ある。
でも、私が一番好きな桜の記憶にある月にまつわる話。
「日本という国では、十五夜と言って、中秋節のようにお月見を楽しむ風習がありましたが、桜の時代ではあまり行われていなかったようです。でも、月には兎が住んでいて、それが餅をついていると言われていました。月の影がそう見えたからです。そして、その月は文学・・・こちらで言う、講話本にも影響を与えました。その中でもある有名な人が書いた一文は、他国でも知られるほど、素敵な言葉でした。」
私も杯を空にする。それに宇航様は新しく酒を注ぎながら、
「それはどんな言葉なんだい?」
「月が綺麗ですね。」
「えっ?あぁ、綺麗だな。」
「そうじゃなくて、その一文です。女性に愛の告白をする時、奥ゆかしい民族だった日本人は、直接、愛をささやくのではなく、そんな言い回しでも愛が伝わると。だから、男性から、月が綺麗ですね、と言われるのは幸福な事です。」
「そんなんじゃ、伝わらないだろう・・・普通。」
宇航様は少し笑いながら、額を掻いている。
「そうですね・・・でも、素敵な表現です。では、こういうのはどうですか?あの月を取って差し上げましょう。」
「月を取る?」
「ええ。月を宇航様に差し上げましょうか?」
宇航様は不思議そうな顔をしている。まぁ普通に考えて、月を取る事なんて不可能だし、私だって本当の月は取れない。
私は部屋から、少し大きめの椀に水を入れて運んで来る。
そこに月を写して、宇航様を近くに呼ぶ。
「どうです?まるで月が手元にあるように見えるでしょう?」
それをみて、宇航様は一瞬固まったが、急に笑い始めた。
「あははは。確かに月を捕まえたな。面白いし、趣深い。」
私の手が揺れると、お椀の中の月がゆがむ。それもまた、風流とでも言うべきか・・・。
「しかし、不思議な物だな。まるで違う世界なのに、似た風習があったり、文化は違っても、月を愛でることに意味を持たせたり。案外、人はどんな世界でも、同じなのかも知れないな・・・」
確かにそうだ。
月や太陽はいつの時代も、その土地を支え、豊穣や安らぎをもたらす。
ここには高度な物は何もないが、だからこそ、見える物や感じる物が多い。
「では、私は君に、ここでの中秋節の楽しみ方を教えなくてはな。一緒に祭りに行ってくれるかい?」
「えっ?」
今度は私が驚く番だった。
誘われるとは思っていなかったので、灯鈴達とでも出かけようかと思っていた。
「私も久しぶりなのだ。中秋節は家に籠もっていることが多かったからね。」
「私は、行ったことがありません。いつも塀の上を飛ぶ天灯を眺めるだけだったから。うちはいつも母屋だけ賑やかで。でも、大きな月は一人でも十分楽しめましたけど。正直、お祭りに行ってみたかったから、誘ってもらって嬉しいです。」
素直にそう答える。
「よし!そうと決まれば、私も久しぶりの祭りを楽しむとしよう。朱有は他の街よりも祭りが派手だからな。月餅も皆で食べよう!」
二人で乾杯をして、また月を眺める。
その近くでは、酔って騒いでいる炎珠や師匠の声が響いてくる。
また一つ、私の良い思い出が増えた1日だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

処理中です...