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第12話 ローゼンベルク宰相の静かな暴走
しおりを挟むローゼンベルク公爵家当主代理。
王国宰相。エリザベートの兄。
――世間の評価は、こうだ。
冷静沈着
感情を表に出さない
公平無私
近寄りがたい
そして妹・エリザベートの評価は。
「あの兄に嫌われている可哀想な令嬢」
……完全な誤解である。
問題は一つ。兄妹そろって、感情を顔に出さない。しかも兄の方は、感情を出さないどころか――出すという発想がない。
宰相執務室。
重厚な机。
整然と並ぶ書類。
無駄のない空間。
その中央で、宰相は一枚の報告書を読んでいた。
内容は――
「本日、学園カフェテラスにてエリザベート様、ケーキを召し上がり猫耳・尻尾の顕現が確認されました」
……一行目で、止まった。
ぴたり。
(……猫耳)
静かに、紙を置く。
(……耳)
脳内で再生される映像。
・無邪気な笑顔
・ケーキ
・ぴこっと動く猫耳
・感情だだ漏れの尻尾
(………………)
無表情のまま、拳を握りしめる。
(――可愛い)
※顔には一切出ない。
(いや、前から可愛かったが)
※顔は氷像。
(感情を抑えていた頃も可愛かったが)
※瞬き一回。
(抑えなくなった結果、これは……)
※内心、警報発令。
(世界に公開していい代物ではない)
宰相は、静かに立ち上がる。
「秘書」
「はい」
「学園の警備配置を再確認しろ」
「……学園、ですか?」
「妹がいる」
それだけ言う。
秘書は一瞬黙り、悟った。
(……ああ、始まった)
その頃、学園。エリザベートは紅茶を飲みながら思っていた。
(……兄様、やっぱり私のこと、あまり……)
昔から。
• 褒められた記憶、ほぼゼロ
• 叱られたことも、ほぼゼロ
• 関心があるのかないのか、分からない
(きっと、期待に応えられていないのよね……)
猫耳、しょん。
尻尾、しゅん。
――その瞬間。宰相執務室。
「……妹が落ち込んでいる」
※根拠:直感(100%正解)
「原因は?」
「……世間」
※即断。
「対策は?」
「――排除ではない」
一拍。
「“環境改善”だ」
◆
翌日から起きたこと。
・学園に匿名寄付が増える
・エリザベート周辺の噂が自然に訂正される
・彼女を貶す言葉を使った貴族の子息が、なぜか家で叱責される
・「猫耳可愛い」発言をした者は無傷
・「見世物」扱いした者は謎の圧を受ける
誰も宰相の名前を聞いていない。だが、全員が察している。
(……触れてはいけない)
一方、宰相本人。
「……最近、妹の周囲が静かだ」
(良い)
(非常に良い)
(猫耳は安全に守られている)
※顔:無表情
※内心:大満足
そして決定打。ある貴族会議で、誰かが不用意に言った。
「エリザベート様も、少々……感情が表に出すぎでは」
宰相、ゆっくり視線を上げる。
「……それが?」
場が凍る。
「感情を持つことは、欠点ではない」
一拍。
「――妹の場合は、特に」
※「妹」と明言。
全員、心の中で叫ぶ。
(シスコンだ!!!!!)
その夜。
エリザベートは知らない。
兄が書類の端に、無意識に書いていた文字を。
「猫耳」
「健康」
「可愛い」
「安全第一」
……三回も。
――こうして。
エリザベートは今日も、
「兄に嫌われている」と思い込みながら、
実際には――王国最強クラスのシスコン宰相に全力で守られている。
しかも。
本人は、まだ自覚していない。猫耳が、ぴこりと揺れた。
(……兄様、元気かしら)
その瞬間。どこかで、宰相の仕事効率が跳ね上がった。
――暴走は、静かに続く。
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