冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ

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第2話 夫は私を見ていない

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朝食の席で、アレクシスは一度もエレノアを見なかった。視線は常に手元の書類か、窓の外へ向けられている。

静かな食堂に響くのは、食器が触れ合う乾いた音だけだった。

「今朝は、少し冷えますね」

エレノアが勇気を振り絞って声をかけても、
返ってきたのは、あまりにも短い一言だけ。

「……そうだな」

それ以上、会話が続くことはない。

沈黙が重く流れた後、
彼は淡々とした口調で言った。

「必要な物があるなら、執事に伝えろ。
好きなものを買えばいい。私に報告する必要はない」

「……かしこまりました」

エレノアがそう答えても、
彼の視線がこちらに向くことはない。

今日も顔を合わせたのは、
婚礼の日から数えて、ようやく一か月ぶりだった。

まるで、同じ屋敷に暮らしていないかのように。

「社交も、無理に出なくていい。
伯爵夫人として最低限の体裁さえ整っていれば問題ない。――愛人は作るな」

最後の一言だけが、妙に強く言い切られた。

その言葉には、気遣いも、配慮も、温度もなかった。まるで、人を見ていない。

それは“優しさ”ではない。妻を思いやって距離を置いているわけでもない。

――ただの、関心のなさだった。

エレノアは、胸の奥で静かに息を吐く。

実家のリーヴェルト伯爵家でも、彼女の居場所はなかった。いつも話の中心にいるのは、美しく、天真爛漫な妹――マリアージュ。

かつて婚約者だったトーマス・カルバインも、常にエレノアより、妹を優先した。

「マリアージュが行きたがっているから、三人で行こう」

そう言われて演劇へ出かけても、気がつけば二人だけで楽しみ、エレノアの存在など忘れられていた。

そして、ある日。

「お姉様。私……トーマスと恋に落ちてしまったの」

マリアージュは、まるで仕方のないことのようにそう告げた。

両親に助けを求めても、
母――クレア伯爵夫人は微笑んで言った。

「まあ、あなたはお姉様なのだから、譲ってあげなさい」

そこからは、早かった。

渋っていた父も、やがて折れ、いつの間にかエレノアは“いないもの”として扱われるようになった。

驚きはなかった。

この態度にも、すでに慣れてしまっている自分がいたからだ。

――いつも、物語の中心にいるのは私ではない。

この結婚が、愛情とは無縁の政略であること。彼の心が、自分には向いていないこと。

エレノアは最初から、理解していた。もう慣れている。期待など、しない。

それでも――

朝食のたびに、向かいに座る夫が「他人」よりも遠く感じられるこの時間は、
少しずつ、確実に心を削っていった。

女主人としての仕事に、特別な制限がないことだけが、せめてもの救いだった。
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