【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ

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第18話 この人じゃなきゃ、いや

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授業の終わりを告げる鐘は、鳴らなかった。

第三王女リリアは、膝の上に絵本を置いたまま、動かなかった。ページはまだ途中だ。猫は、まだ物語の中を歩いている。

「……今日は、ここまでにしましょうか」

エレノアが、静かに言う。

声に名残はない。引き延ばすこともしない。

それが、“続きがある”という約束だと、
リリアはもう理解していた。

「……つづきは?」

「次の時間に」

「……いつ?」

「明日も、お約束が取れれば」

王女は、ぎゅっと絵本の端を握った。

その小さな手に、一瞬だけ力がこもる。



部屋の隅で、王妃はすでに立ち上がっていた。

十分だ。そう判断したからだ。

「リリア」

柔らかい声で名を呼ぶ。

「今日は、よく頑張りましたね」

王女は、返事をしなかった。

視線は、エレノアと絵本の間を行き来している。

王妃は、それを不思議に思わない。

――決断の前触れだ。

「どうでしたか?」

あくまで、問いかけの形を取る。

「今日の先生は」

沈黙。部屋にいる誰も、口を挟まない。

侍女ナディアでさえ、息を潜めている。

リリアは、しばらく考えるように視線を落とし――

そして、はっきりと言った。

「……この人じゃなきゃ、いや」

声は大きくない。
泣いてもいない。

だが、迷いがなかった。

「このせんせいじゃなきゃ、リリア、よめない」

「よみたいの」

「つづき、しりたい」

それだけだった。

だが――それ以上の理由は、必要なかった。



一瞬、空気が止まる。

王妃は、何も言わない。

だが、その沈黙が答えだった。

「……分かりました」

ゆっくりと、そう告げる。

「では、
この方にお願いしましょう」

決定だった。

異論も、再検討もない。

記録官が、静かに羽根ペンを走らせる。

“第三王女付き教師
エレノア・アイゼンヴァルト伯爵夫人
試用継続”

その一文が、
淡々と記される。



エレノアは、深く息を吸い、静かに一礼した。

喜びも、達成感も、表に出さない。

ただ、王女と同じ目線にしゃがみ込む。

「……ありがとうございます」

それは、王妃ではなく、王女に向けた言葉だった。

リリアは、少し照れたように視線を逸らす。

「……つづき、つくってね」

「はい」

短い返事。

だが、確かな約束。



その日の夕刻。

王妃は、一通の報告を王へ送った。

内容は簡潔だった。

「第三王女は、教師を選びました。それ以上の判断は、不要です」

その報告が、どれほど重い意味を持つかを――

この時、まだ知らない者が一人いる。

ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルト。

彼が後に知るのは、妻が「許された」のでも「評価された」のでもない、ただ――

“選ばれた”という事実だった。

それが、最も残酷で、最も動かしがたい現実だった。






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