【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ

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第25話   評価しない理由

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(エレノア視点)

――気づいている。

彼が、変わろうとしていることに。

エレノアは、王城から戻った夜、一人で灯りを落としながら、そう思った。

廊下ですれ違う回数が増えた。声をかけない距離を、保つようになった。王城の予定にも、授業の内容にも、踏み込まない。

以前なら、必ず聞いてきたことを、彼は聞かなくなった。

――分かっている。

それは、“無関心”ではない。むしろ逆だ。
彼は今、必死に我慢している。



だが――だからといって、評価する理由にはならない。エレノアは、自分でも意外なほど冷静だった。

(変わった、のではない)

(変わろうとしているだけだ)

その違いを、彼はまだ理解していない。彼が沈黙を選ぶたび、彼女の胸が揺れないわけではない。王城へ向かう朝、声をかけられなかったことに、ほんの一瞬、足が止まることもある。

(……ああ)

(今までと、逆だ)

そう思うだけだ。

以前は、彼が何も言わないことで、自分の存在が削られていた。今は、彼が何も言わないことで、自分の時間が守られている。
似ているようで、まったく違う。評価しない理由は、ただ一つだった。彼の変化は、
まだ「自分の恐怖」から来ている。

失いたくない。後悔したくない。取り返しがつかなくなる前に、何とかしたい。

――その気持ちは、痛いほど分かる。

自分が、かつてそうだったから。奪われても、声を上げなかった理由。

それは、争えば失うものが増えると知っていたからだ。彼は今、初めてそれを体験している。



だが。誰かの恐怖から生まれた行動は、いつか必ず、形を変える。余裕ができたとき。不安が薄れたとき。「もう大丈夫だ」と思えたとき。

――元に戻る。

それを、エレノアは何度も見てきた。
父の態度。
母の沈黙。
妹の無邪気な残酷さ。

すべて、“状況が変わったら変わる優しさ”だった。

だから――評価しない。今は。



彼が黙って見送る朝も、声をかけずにすれ違う夜も。エレノアは、感謝も、不満も、
表に出さない。

「変わったのですね」とも言わない。

「嬉しいです」とも言わない。

それは、試しているのではない。“観ている”だけだ。彼が、自分の恐怖が薄れたあとも、同じ距離を保てるかどうか。



半年。王妃が与えた期間は、教師としての試用期間であると同時に、

――夫としての、最後の猶予だ。

エレノアは、そのことを誰よりも理解していた。彼女はもう、「待つ妻」ではない。
選ぶ立場に立っている。だからこそ、評価はしない。

今、褒めれば、彼は“正解”を得たと思ってしまう。それではまた彼の人生の中心に、
彼自身を置いてしまう。



夜。机の上には、未完成の絵本が置かれている。文字を覚えたくなるための物語。
学びたいと、子どもが自分で思えるための世界。

――誰かに認められるためのものではない。

エレノアは、そっとページを閉じる。

(私はもう、選ばれるために生きない)

(評価されるためにも、戻らない)

彼が変わるかどうかは、彼の問題だ。自分が変わり続けるかどうかも自分の問題だ。



廊下の向こうで、足音が止まる気配がする。彼だろう。声は、かからない。
それでいい。エレノアは、静かに息を吐いた。

――評価は、「続いたあと」にするものだ。

それまで、私は何も言わない。それが、
自分を守るための選択であり、彼に与えた、最後の誠実だった。






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