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第13話 番外編 時間を取り戻した午後
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タペストリア帝国の王都は、昼でも落ち着いていた。
港から続く大通りを一本外れると、石畳は細くなり、建物の背も低くなる。
商人の声はあるが、怒号ではない。
呼び込みはあるが、焦りはない。
「……静かですね」
エリシアは、歩きながらぽつりと呟いた。
今日は、珍しく「仕事ではない」外出だった。
急ぎの調整もない。
書類も持ってきていない。
期限に追われてもいない。
ただ、王都を歩くだけ。
「はい。ここは“待つ”ことが前提の街ですから」
ロザリーが、柔らかく答える。
「待つ、ですか?」
「人も、品も。急かすと質が落ちる、という考え方です」
エリシアは、それを聞いて少しだけ考え込んだ。
――急かさない。
それは、彼女の人生に、ほとんど存在しなかった概念だった。二人は、小さな露店の前で足を止めた。
色とりどりの布。
刺繍の細かいハンカチ。
実用性重視だが、どれも手が込んでいる。
「綺麗……」
無意識に、エリシアが声を漏らした。
ロザリーは、少しだけ驚いた顔をする。
「エリシア様、そういうこと言うんですね」
「……言ってはいけませんでしたか?」
「いえ。ただ、初めて聞いたので」
エリシアは、少し困ったように視線を逸らす。
「今まで…… “綺麗”とか、“好き”とかを考える余裕が、なかっただけです」
それは言い訳でも、後悔でもない。ただの事実だった。露店の主人が、声をかけてきた。
「触ってみな。丈夫だよ」
差し出された布は、柔らかく、温かかった。
「……仕事に、使えますね」
思わず口に出た言葉に、ロザリーが吹き出す。
「遊びですよ、今日は」
「……そう、でした」
エリシアは一瞬考え、それから、ゆっくりと言い直した。
「......では、使う予定のないものを、選んでみます」
その言葉に、ロザリーは静かに微笑んだ。
二人は、その後も王都を歩いた。
甘い菓子を少しだけ買い、港を見下ろす丘で腰を下ろし、何も考えずに、海を眺める。
風が、心地よかった。
「エリシア様」
ロザリーが言う。
「ここでは、働かなくても、価値があります」
エリシアは、しばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐く。
「……それは、まだ、慣れませんね」
「でも」
ロザリーは、優しく続けた。
「今日は、ちゃんと“遊んでいます”」
エリシアは、空を見上げた。
仕事のためでも、判断のためでもない時間。
ただ、ここにいる。
「……悪く、ありません」
それは、とても小さな一歩だった。
だが、黙って使われるだけの人生から、確かに外れた瞬間だった。
それは、とても小さな一歩だった。
誰かの役に立つためでもなく、
判断を下すためでもなく、
評価を得るためでもない。
ただ、自分の足で歩き、目に映るものを綺麗だと思い、風を心地よいと感じた時間。
黙って使われるだけの人生から、確かに、少し外れた瞬間だった。
エリシアはまだ知らない。
この午後が、彼女にとって「戻ることのない分岐点」だったことを。
だが今は、それでよかった。
立ち止まってもいいと、初めて許した時間だったのだから。
港から続く大通りを一本外れると、石畳は細くなり、建物の背も低くなる。
商人の声はあるが、怒号ではない。
呼び込みはあるが、焦りはない。
「……静かですね」
エリシアは、歩きながらぽつりと呟いた。
今日は、珍しく「仕事ではない」外出だった。
急ぎの調整もない。
書類も持ってきていない。
期限に追われてもいない。
ただ、王都を歩くだけ。
「はい。ここは“待つ”ことが前提の街ですから」
ロザリーが、柔らかく答える。
「待つ、ですか?」
「人も、品も。急かすと質が落ちる、という考え方です」
エリシアは、それを聞いて少しだけ考え込んだ。
――急かさない。
それは、彼女の人生に、ほとんど存在しなかった概念だった。二人は、小さな露店の前で足を止めた。
色とりどりの布。
刺繍の細かいハンカチ。
実用性重視だが、どれも手が込んでいる。
「綺麗……」
無意識に、エリシアが声を漏らした。
ロザリーは、少しだけ驚いた顔をする。
「エリシア様、そういうこと言うんですね」
「……言ってはいけませんでしたか?」
「いえ。ただ、初めて聞いたので」
エリシアは、少し困ったように視線を逸らす。
「今まで…… “綺麗”とか、“好き”とかを考える余裕が、なかっただけです」
それは言い訳でも、後悔でもない。ただの事実だった。露店の主人が、声をかけてきた。
「触ってみな。丈夫だよ」
差し出された布は、柔らかく、温かかった。
「……仕事に、使えますね」
思わず口に出た言葉に、ロザリーが吹き出す。
「遊びですよ、今日は」
「……そう、でした」
エリシアは一瞬考え、それから、ゆっくりと言い直した。
「......では、使う予定のないものを、選んでみます」
その言葉に、ロザリーは静かに微笑んだ。
二人は、その後も王都を歩いた。
甘い菓子を少しだけ買い、港を見下ろす丘で腰を下ろし、何も考えずに、海を眺める。
風が、心地よかった。
「エリシア様」
ロザリーが言う。
「ここでは、働かなくても、価値があります」
エリシアは、しばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐く。
「……それは、まだ、慣れませんね」
「でも」
ロザリーは、優しく続けた。
「今日は、ちゃんと“遊んでいます”」
エリシアは、空を見上げた。
仕事のためでも、判断のためでもない時間。
ただ、ここにいる。
「……悪く、ありません」
それは、とても小さな一歩だった。
だが、黙って使われるだけの人生から、確かに外れた瞬間だった。
それは、とても小さな一歩だった。
誰かの役に立つためでもなく、
判断を下すためでもなく、
評価を得るためでもない。
ただ、自分の足で歩き、目に映るものを綺麗だと思い、風を心地よいと感じた時間。
黙って使われるだけの人生から、確かに、少し外れた瞬間だった。
エリシアはまだ知らない。
この午後が、彼女にとって「戻ることのない分岐点」だったことを。
だが今は、それでよかった。
立ち止まってもいいと、初めて許した時間だったのだから。
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