【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ

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第12話 ー隣国王子アレクシス視点 ― 見る目を持つ者

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アレクシス・レオンフェルトは、側近のマティアス・フォン・ローゼンから渡された報告書を、一枚ずつ、丁寧に読み進めていた。

それは、単なる几帳面さからではない。

彼は、書類に人間が出ることを知っている。どこを曖昧にし、どこを明確にし、
何を語らず、何を切り捨てたか――
そのすべてに、書き手の思考が滲む。

第一王子という立場にありながら、彼は「肩書きの言葉」を信用しなかった。信用するのは、結果と整合性だけだ。

マティアスは、実務畑で叩き上げられた補佐官だ。年齢は若いが、数字と現場の両方を理解しており、無意味な報告を持ち込まない。アレクシスが彼を傍に置いている理由も、そこにある。

忖度しない。
過剰に飾らない。
だが、必要な事実は削らない。

だからこそ――
彼が差し出す書類は、最初から「読む価値がある」と分かっている。

「……整っている」

それが、アレクシスの最初の感想だった。
声に出したのは、それだけだ。称賛でも、評価でもない。

だがそれは、彼にとって最高位の肯定だった。

派手な言い回しはない。
功績を誇る文言もない。

だが、止まらない契約が、そこにある。

誰かの顔色をうかがった痕跡も、責任を曖昧にする逃げ道もない。

書類が、そのまま機能していた。

――この時点で、アレクシスは半分、結論に辿り着いていた。

(これは、守られる立場の人間の仕事じゃない)

王族として生まれ、幼い頃から「守られる側」に立たされてきた彼だからこそ、分かる。

この書類を書いた人間は、判断し、引き受け、背負う側だ。

不意に、アレクシスの脳裏を、ある光景がよぎる。

――数年前。王国と隣国の小規模な親善行事。公式会談の後に設けられた、控えめな懇談の席。

公式会談の後に設けられた、控えめな懇談の席。

形式上は友好を示す場だったが、実際には、微妙な緊張が空気に残っていた。

隣国側は、直近で締結された通商協定の文言に不満を抱いていた。王国側は、それを「解釈の問題だ」として受け流している。

表立った抗議はない。だが、言葉の端々に滲む違和感は、確かに存在していた。

「協定上は問題ないはずだ」
「しかし、現場では齟齬が生じている」

誰も、間違ったことは言っていない。
だが、このままでは――
不満だけが残る会談で終わる流れだった。

その場で、アレクシスは一歩引いて全体を見ていた。

誰が強く主張しているか。
誰が言葉を濁しているか。
そして、誰が何も言わずに聞いているか。

そのとき、壁際にいた一人の少女が、静かに動いた。

銀髪。
控えめな立ち位置。
目立つ装いではない。

だが、誰よりも話を聞いていた。

「失礼いたします」

小さな声だった。だが、不思議と場の空気を切った。

少女は、誰かを見据えるでもなく、ただ、全体に向けて言葉を置いた。

「今回の協定は、文言自体に問題があるわけではありません」

その一言で、
場が静まった。

「ただ、適用開始の時期について、双方の認識が異なっているように思われます」

彼女は感情を込めなかった。
批判もしなかった。

事実だけを、淡々と拾い上げる。

「王国側は、条文の発効を“次期会計年度”と捉えていますが、隣国側は“署名日基準”で準備を進めている」

言葉を選び、
決してどちらかを否定しない。

「その差が、現場での齟齬を生んでいるのではないでしょうか」

誰かが口を開きかけた。
だが、少女はそれを遮らないまま、続けた。

「どちらが正しい、ではなく、どこを合わせれば問題が消えるか、だと思います」

その言葉に、アレクシスはわずかに目を細めた。

(……視点が、同じだ)

立場ではなく、勝ち負けでもなく、機能するかどうかだけを見ている。

「付属文書として、適用開始時期を明文化してはいかがでしょう」

「既存の協定は変更せず、実務上の誤解だけを取り除けます」

それは、誰の面子も潰さない提案だった。

誰かを持ち上げることも、
誰かを切り捨てることもない。

だが、摩擦だけが、確実に消えていく。

場の空気が、ゆっくりと緩んだ。

あの瞬間、アレクシスは確信していた。

――この人間は、
 「交渉する側」ではない。
 「整える側」だ。

あの時、彼は名を聞かなかった。聞く必要がないと思ったからだ。

ただ、国と国の間に立つ言葉を、正しく扱える人間だと、それだけを、はっきりと覚えていた。

そして今。

机の上にある報告書は、あの時と同じ匂いを持っている。

言葉の置き方。
削り方。
曖昧にしない線引き。

(……やはり、同じだ)

アレクシスは、静かに書類を見下ろした。

この仕事をした人間は、守られるために立っているのではない。

判断し、引き受け、その結果を背負う覚悟で立っている。

彼は、ゆっくりと息を吐く。

――もし、あの銀髪の少女が、この書類を書いているのだとしたら。

それは、王子としての判断であり。

同時に、これまで抱いたことのない種類の興味が、静かに形を持ち始めた瞬間だった。




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