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第23話 ――名前が出ていないのに、話は進む
しおりを挟む噂は、決して本人たちから始まらなかった。
帝国王都ハリーベア。
迎賓館の廊下。
官僚用の控え室。
「……あの商会、最近よく会談に同席していますね」
「王子殿下の案件に、ですか?」
「ええ。偶然にしては、少々――」
言葉は、そこで濁される。
だが、意図は誰の目にも明白だった。
同席。
連携。
判断の一致。
それらは、いつの間にか
“関係がある” という言葉にすり替わる。
「帝国と商会の結びつきが強まるのは、悪くない」
「むしろ、非公式な後ろ盾として――」
誰かが、もっともらしく言う。
「既に信頼関係は、あるのでしょう?」
その場に、エリシアも、アレクシスもいない。
それでも、二人の名前だけが、勝手に並べられていく。
それは、好意でも噂話でもない。
政治的な既成事実だった。
エリシア side
――それを、混ぜてはいけない
エリシアは、噂を否定しなかった。
だが、肯定もしなかった。
ただ、一つだけ判断を下した。
(……仕事に、混ぜない)
次の会談。
次の調整。
次の非公式打診。
彼女は、意図的に距離を取った。
資料はロザリー経由。
調整は文書中心。
直接のやり取りは、必要最低限。
「……避けられてます?」
トーマスが小声で聞くと、
ロザリーは静かに首を横に振る。
「いいえ。線を引いているだけです」
エリシアは、分かっていた。
今、踏み込めば――感情は “利用される”。
信頼ではなく、
関係性として。
既成事実として。
それだけは、
絶対に許容できなかった。
(あの人は……)
踏み込まれなかった夜。
名を呼ばれなかった距離。
(だからこそ)
彼女は、自分から距離を取る。
守るために。彼をではない。
自分の判断を。
アレクシスside
アレクシスは、すぐに気づいた。
資料の流れ。
視線の向き。
ロザリー経由の連絡。
(……線を引かれたな)
だが、不快ではなかった。
怒りも、
焦りもない。
むしろ――
納得があった。
(正しい)
彼女は、仕事と感情を混ぜない。
それは、自分が尊重してきた価値観そのものだ。
ならば。
(選ばれない可能性も、含めてだ)
好意とは、必ず報われるものではない。
選ばれない自由も、尊重されるべき判断だ。
彼女が距離を取ったのなら、それもまた選択。
なら、自分は――その判断を邪魔しない。
(……厄介なのは)
それでも、立ち位置を変えたくない自分がいることだ。
近づかない。だが、遠ざからない。
誤解を否定しない。だが、利用もさせない。
「……これ以上は、周囲の問題だな」
彼は、静かに結論を出す。
彼女が、仕事として戻ってくるなら、それでいい。
戻らないなら、
それもまた正しい。
(それでも――)
彼は、退かない。
好意を武器にしない。
関係を既成事実にしない。
ただ、
“選ばれる可能性が残る場所”に立つ。
それが、彼の恋愛観だった。
二人は、同じ場所にいない。
だが、互いに 「踏み込まなかった判断」 だけが、静かに一致していた。
それは、まだ恋ではない。
それは、まだ告げられていない。
まだ、形にもされていない。
けれど確かに、二人とも、戻れなくなっている。
だからこれは、名を呼ばれないまま始まった恋だった。
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