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第24話 偶然を装ったアレクシス
しおりを挟むアレクシスは、自分が今、極めて回りくどいことをしていると理解していた。
第三国の使節が王都に滞在中。非公式の文化視察。帝国側からの随行。すべて、書類上は正しい。形式も整っている。誰にも疑われない。
だが――その名簿の中に、一つだけ「余分な名前」があった。マルセワ商会。調整役。
(……余分、ではないな)
彼は内心で訂正する。
必要だ。だが、この案件に限っては、必要以上だ。
「殿下、視察の同行者ですが」
側近が確認を入れる。
「商会の調整役が入っていますが」
「ええ」
アレクシスは即答した。
「第三国との文化交流は、経済と切り離せません」
正論だった。反論の余地はない。だが、彼自身は分かっている。
(理由は、それだけじゃない)
♦︎
港湾区から少し離れた旧市街。観光用に整備された地区だが、実務者はあまり足を運ばない。
石畳。古い建物。人の流れは穏やかで、判断を急がせない。
「……今日は、珍しいですね」
エリシアが、周囲を見回して言った。
「仕事では、来ません」
「でしょうね」
アレクシスは、視線を前に向けたまま答える。
「今日は、仕事ではありませんから」
エリシアが、一瞬だけ彼を見る。
「……視察です」
「形式上は」
その言い方に、彼女は察した。
(偶然じゃない)
だが、“誘い”でもない。だから断れない。だから、警戒もしきれない。それが、彼の作った距離だった。
二人は並んで歩く。誰かが後ろにいるわけでもない。だが、完全に二人きりでもない。絶妙な距離。
「……線を引かれましたね」
唐突に、アレクシスが言った。
エリシアは、足を止めない。
「引きました」
即答だった。
「正しい判断です」
彼は、否定しない。
「仕事に感情を混ぜると、必ず歪む」
「ええ」
「だから」
一拍。
「混ぜない場所を、作りたかった」
エリシアの足が、止まる。
「……それは」
「仕事じゃありません」
彼は、初めて彼女を見る。逃げない。だが、踏み込む。
「私は、誰かの“心を無理やり奪う”事はしません」
静かだが、強い声。
「選択肢を狭める好意も、立場を利用する関係も、最初から欲しくない」
エリシアは、何も言えない。
「それでも」
彼は続ける。
「一緒にいたいと思った」
理由を並べない。条件も出さない。
「だから、偶然を装った」
一瞬の沈黙。
「卑怯だと、思いますか」
エリシアは、ゆっくり息を吐いた。
「……いいえ」
視線を逸らしたまま。
「とても、あなたらしい」
それは、責めでも評価でもない。理解だった。
アレクシスは、ここで初めて確信する。
(ああ)
(これは)
(もう、エリシアに惹かれている)
判断じゃない。計算でもない。
「選ばれなくてもいい」
「それでも距離を保つ」
そう言い聞かせてきた。
だが――
(それでも、一緒にいたいと思った時点で)
(もう、引けない)
彼は、微かに笑った。
「少しだけ、歩きませんか」
「……仕事では?」
「今日は、違います」
エリシアは、迷った。だが――歩き出した。それが、彼女にとっても“切ったはずの距離”を、初めて自覚した瞬間だった。
二人はまだ、触れていない。
約束も、言葉も、交わしていない。
だが――二人とも、もう少しだけ一緒にいたいと思ってしまっていた。
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