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第33話 覚悟を確認した者たち
しおりを挟むロザリー/サミュエル視点
その報せは、正式な形では届かなかった。だが、ロザリーとサミュエルには、十分だった。
帝国評議会の議事録。
非公開補足。
人事調整の速度。
どれもが、ほんのわずかに――不自然に整いすぎている。ロザリーは、書類を閉じた。
(……殿下が、引き受けた)
誰かが前に出た。それも、半端な立場ではない。責任の所在を曖昧にせず、誤解を修正し、帝国の視線を“一か所”に集めた。
それが、何を意味するか。ロザリーは、視線を上げる。向かいに座るサミュエルは、
すでに結論に辿り着いていた。
「……一線を越えましたね」
声は低く、淡々としている。サミュエルは、“越えたかどうか”を感情で判断しない。
撤回可能か。
責任が分散しているか。
代替案が存在するか。
その三つを、今夜の動きは――すべて否定していた。
「越えています」
ロザリーは、短く肯定した。
「しかも、意図的に」
沈黙。二人とも、その覚悟の重さを測っている。
「……恋ではありませんね」
サミュエルが言う。
「ええ」
ロザリーは即答する。
「恋なら、もっと軽い。もっと衝動的で
もっと無防備です」
今夜の殿下の動きは、どれもが慎重で、どれもが取り返しがつかない。それは、守る側の判断だった。
「盾になる気だ」
サミュエルは、そう言った。
「前に立つ気はない。
だが、後ろにも下がらない」
「一番厄介な立ち位置ですね」
ロザリーが、わずかに口元を緩める。
「しかも、本人は“選ばれなくてもいい”と思っている」
サミュエルは、その一点を、最も危険だと判断していた。選ばれるために動く人間は、制御できる。だが――選ばれなくても引かない人間は、制御できない。
「……では」
サミュエルは、静かに言った。
「布陣を変えましょう」
ロザリーは、すでに用意していた紙を差し出す。
「第一に、エリシア様の“代替性”を完全に消します」
「第三国側?」
「ええ。叔母君の後ろ盾を、表に出す準備を」
サミュエルは頷く。
「帝国が切れない立場に押し上げる。それでいて、殿下の名前は前に出さない」
「殿下は“関与していない”立場を保つ」
「いいえ」
サミュエルは、首を横に振る。
「“関与しているが、切れない”位置に」
ロザリーの目が、わずかに細くなる。
「……随分、殿下寄りですね」
「いいえ」
サミュエルは、淡々と返す。
「これは、彼女を守る配置です」
一拍。
「結果的に、殿下が巻き込まれるだけです」
ロザリーは、その言い回しに、ほんの一瞬だけ笑った。
「優しいですね」
「合理的です」
即答だった。
ロザリーは、次の紙を広げる。
「商会側は、情報の出所をさらに分散させます」
「誰が主導か、特定できない形に」
「ええ。“誰か一人を切れば終わる”構図を、
完全に壊します」
サミュエルは、静かに息を吐いた。
(……ここまで来たか)
だが、引き返す選択肢はない。
なぜなら――殿下が、すでに戻れない場所に立っているからだ。
「最後に」
サミュエルは、ロザリーを見る。
「エリシア様には?」
ロザリーは、迷わなかった。
「何も知らせません」
「……それが?」
「彼女は、知らされた瞬間に距離を取ります」
サミュエルは、納得した。
「守られていると分かった途端、自分を切る人ですからね」
「ええ。だから――」
ロザリーは、はっきりと言う。
「選ばせます」
殿下に。未来に。そして、自分自身に。二人は、同時に立ち上がった。これは陰謀ではない。策でもない。ただ、覚悟を引き受けるための配置換えだ。ロザリーは、扉に手をかけながら言う。
「……殿下は、もう戻れません」
「ええ」
サミュエルは、淡々と答える。
「ですから、戻らなくていい道を、作りましょう」
扉が閉まる。
その瞬間から――次の局面は、もう“偶然”では進まなくなっていた。
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