【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ

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第41話 覚悟を決めた日

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エリシア視点


港の夜は、相変わらず眠らなかった。潮の匂いを含んだ風が、石造りの回廊を抜けていく。水面に映る灯りは揺れ、荷を下ろす音、船乗りの低い声、遠くで鳴る鐘の余韻が、途切れず重なっていた。

人の営みは止まらない。それなのに――
決断だけが、静かに、胸の奥で積み重なっていく。エリシアは執務室を出て、回廊に立った。

石の床は冷たい。交わした言葉も、書類に署名したときの感触も、まだ指先に、はっきりと残っている。

(……アレク)

その名を、声に出さず、胸の内でだけ呼ぶ。

アレクシスは王子だ。帝国の意思を背負い、選ばれ、守られ、そして――切る側に立つ人間。そして自分は。長い間、切られる側だった。

その差を、知らなかったわけではない。

好意を向けられても、距離を縮められても、どこかで一線を引いていたのは、そのためだ。

(寄り添えば、弱くなる)

ずっと、そう思っていた。弱い自分には、なりたくなかった。また見捨てられるのが、怖かった。

幼い頃――確かに、守られていた時間があった。

厳しい叱責の背後で、半歩前に立ってくれた人。顔も、声も、今では朧げだ。

ただ、ある日を境に――その人はいなくなった。

理由も告げられず、説明もなく、ただ「守られる場所」だけが、消えた。

その瞬間から、自分は一人で立つしかなくなった。だから、弱くなるまいと足掻いた。期待しないように。寄りかからないように。

だが――それは、違った。

弱くなるのは、「対等でないまま、隣に行くこと」だ。彼の覚悟を、エリシアは知っている。

帝国の中で、公的に一線を越えたこと。戻れなくなると分かっていて、それでも前に出たこと。

それを、“恋だから”で片付けてしまうのは、あまりにも軽い。

(……私は)

彼の後ろには、立たない。庇われる位置にも、行かない。選ばれるのを、待つつもりもない。ならば、答えは一つだ。

同じだけ、失う覚悟を持つ。
同じだけ、切られる可能性を引き受ける。
同じだけ、戻れない場所に立つ。

怖くないわけがない。また、すべてを失うかもしれない。それでも――「弱い自分」に戻るよりは、ましだ。

王子と、商会の調整役。

肩書きは違う。立場も、力も、責任の形も違う。

それでも――判断の重さだけは、揃えられる。

エリシアは、ゆっくりと歩き出した。

行き先は、分かっている。今夜、会う約束はない。

だが、言葉にしないと終わらない決意が、確かにある。

彼女は立ち止まり、胸の奥で確かめた。

(恋だから、ではない)

彼を想っている。それは、否定しない。

だが、それ以上に。

この人の隣に立つなら、対等でなければならない。

守られる存在ではなく。守る側に回るのでもなく。

共に、判断する人間として。

(……寄り添う、というのは)

甘えることじゃない。背中を預けることでもない。

同じ方向を見て、同じだけ、踏み出すことだ。エリシアは、静かに息を吐いた。

もう、迷いはなかった。

帝国王子の隣に立つ。その覚悟を持つ。

それは、彼に選ばれることではない。

彼を、選ぶことだ。

そして――選ばれなくても、立っていられる自分でいることだ。

その決意は、夜の港の喧騒よりも静かで、
だが、どんな誓約よりも重かった。

エリシアは、歩き続ける。

王子の隣へたつためではなく。

アレクと同じ場所へ、立つために。





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