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第六話 切り捨てられた神官
最初に異変を悟ったのは、忠誠心が最も高い者ではなかった。
生き延びる嗅覚を持つ者だった。
高位神官ユリウス・ハルバート。
聖女派の中枢に名を連ね、
地下装置の管理にも関わってきた男。
彼は常に“正しい位置”に立つことを知っていた。祈祷の場では最前列。拍手のタイミングは誰よりも早く、聖女クラリッサの言葉には一瞬の間も置かず頷く。だがそれは、信仰からではない。
空気を読むためだ。
誰が力を持ち、誰が切り捨てられ、どこに立てば生き残れるか。
彼はそれを、祈りではなく観察で学んできた。聖女の奇跡が本物かどうか。神が本当に存在するかどうか。
そんなことは、彼にとって重要ではなかった。
重要なのは――奇跡が、いつまで“使える”か。
「……最近、報告が減っている」
自室で書類を整理しながら、ユリウスは小さく呟いた。
地下装置の稼働記録。
魔力供給量。
隣国との通信報告。
どれもが、判で押したように「問題なし」で揃えられている。
――揃いすぎている。
以前は、必ず誰かが小さな不具合を挟んできた。
結晶の揺らぎ。
供給の遅延。
魔力消費の誤差。
それが、急に消えた。
「……整理されたな」
悪い意味で。
ユリウスは、過去にも見たことがあった。
派閥争いの末期。
責任の所在を曖昧にし、
一人に押し付ける準備が整った時。
整理とは、不要なものを捨てることだ。
帳簿から消され、記憶から消され、罪として残される者。
そして今、捨てられる対象は――
責任を押し付けられる者。
ユリウスは、自分の名前がその欄のどこにあるかを、正確に理解していた。
翌日。
聖女の控室に、ユリウスは呼び出された。
白い光に満ちた部屋。
香の匂い。
静謐な空気。
完璧に整えられた空間。
――だが、その場に神はいない。
「ユリウス」
クラリッサは微笑んでいた。
慈愛深く、いつも通りの聖女の顔で。
その微笑が、誰かを切り捨てる前のものだと、ユリウスは知っていた。
「最近、装置の不調が続いているわ」
「……はい」
「隣国との連絡も、滞っている」
「……はい」
返答の言葉は短く、感情を混ぜない。
一拍。
「これはね、管理の問題だと思うの」
その瞬間、すべてが繋がった。
(ああ――私だ)
ここで否定すれば、異端。不信仰。神意に背いた者。
肯定すれば、責任者。管理不足。切り捨て役。
選択肢は、最初から一つしかなかった。
「……私の監督が、至りませんでした」
クラリッサは、満足そうに頷いた。
「大丈夫。あなた一人を責めるつもりはないわ」
――嘘だ。
その言葉が、何度、同じ形で使われてきたか。
「ただ、教会として“説明”が必要なの」
ユリウスは、それ以上何も言わなかった。
翌日。
公表されたのは、こうだった。
聖女派高位神官ユリウス・ハルバート。
神聖な装置の管理を怠り、奇跡の安定を損ねた責任により、職位を剥奪、拘束。
民衆は納得した。奇跡が揺らいだ理由が、
“人為的なミス”で説明されたからだ。
誰も、それ以上を望まない。
真実より、安心できる嘘の方が、好まれる。
地下牢。
石壁に囲まれた狭い空間で、ユリウスは独り座っていた。
鎖はないだが、逃げ場もない。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
「私が、神を汚した……か」
彼は知っている。
汚したのは、最初から神ではなかった。
装置も。生贄も。密約も。すべて、歪められた力だ。
聖女の名の下に、王国の名の下に、都合よく形を変えられたもの。
「……私は、ただ、従っただけだ」
その言葉は、誰にも届かない。
――否。
届く者が、一人だけいた。
空気が、歪む。
牢の中に、音もなく“誰か”が立つ。
仮面の女。
「……っ!」
ユリウスは立ち上がろうとして、膝をついた。
「安心してください」
低く、静かな声。
「あなたを殺しには来ていません」
「……なら、何をしに来た……?」
答えの代わりに、青い光の箱が開かれる。
中には――彼が署名した書類。装置管理記録。供給量改ざんの指示。
そして、聖女の直筆命令書。
「……あ……」
喉が、鳴る。
「確認です」
女は言った。
「あなたは、命令に従いました」
「……ああ……」
「それを、拒否できましたか?」
沈黙。
拒否できなかった。
拒否すれば、彼もまた“消される側”だった。
「……そうですか」
裁定魔法が、静かに起動する。
罪状と証拠が、照合される。
ユリウス・ハルバート。
罪状:
共犯、隠蔽、
生贄供給への加担。
一致率、百パーセント。
だが――次の表示が、浮かび上がる。
主犯:別に存在。
責任割合:被告、補助的立場。
ユリウスの目が、見開かれる。
「……まさか……」
「あなたは、最初ではありません」
女は淡々と言った。
「そして、最後でもない」
光が、消える。
同時に、牢の外で足音が響いた。
「ユリウス・ハルバート。再調査のため
王都審問会へ移送する!」
彼は、仮面の女を見た。
だが、そこにはもう、誰もいない。
空間魔法の家で、私は記録を閉じる。
最初の切り捨て。最初の内部告発。
聖女派は、自らの手で仲間を売り始めた。
崩壊は、いつも内側から始まる。
私は仮面を外さない。
次に動くのは、聖女か、王子か――
あるいは、互いに相手を切り捨てる日だ。
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