その断罪、本当に正しいですか? ――一度死んだ悪女は、冷酷騎士にだけ恋をする

くろねこ

文字の大きさ
6 / 7

第六話  切り捨てられた神官

しおりを挟む



最初に異変を悟ったのは、忠誠心が最も高い者ではなかった。

生き延びる嗅覚を持つ者だった。

高位神官ユリウス・ハルバート。
聖女派の中枢に名を連ね、
地下装置の管理にも関わってきた男。

彼は常に“正しい位置”に立つことを知っていた。祈祷の場では最前列。拍手のタイミングは誰よりも早く、聖女クラリッサの言葉には一瞬の間も置かず頷く。だがそれは、信仰からではない。

空気を読むためだ。

誰が力を持ち、誰が切り捨てられ、どこに立てば生き残れるか。

彼はそれを、祈りではなく観察で学んできた。聖女の奇跡が本物かどうか。神が本当に存在するかどうか。

そんなことは、彼にとって重要ではなかった。

重要なのは――奇跡が、いつまで“使える”か。

「……最近、報告が減っている」

自室で書類を整理しながら、ユリウスは小さく呟いた。

地下装置の稼働記録。
魔力供給量。
隣国との通信報告。

どれもが、判で押したように「問題なし」で揃えられている。

――揃いすぎている。

以前は、必ず誰かが小さな不具合を挟んできた。

結晶の揺らぎ。
供給の遅延。
魔力消費の誤差。

それが、急に消えた。

「……整理されたな」

悪い意味で。

ユリウスは、過去にも見たことがあった。

派閥争いの末期。
責任の所在を曖昧にし、
一人に押し付ける準備が整った時。

整理とは、不要なものを捨てることだ。

帳簿から消され、記憶から消され、罪として残される者。
そして今、捨てられる対象は――
責任を押し付けられる者。

ユリウスは、自分の名前がその欄のどこにあるかを、正確に理解していた。



翌日。

聖女の控室に、ユリウスは呼び出された。

白い光に満ちた部屋。
香の匂い。
静謐な空気。

完璧に整えられた空間。

――だが、その場に神はいない。

「ユリウス」

クラリッサは微笑んでいた。

慈愛深く、いつも通りの聖女の顔で。
その微笑が、誰かを切り捨てる前のものだと、ユリウスは知っていた。

「最近、装置の不調が続いているわ」

「……はい」

「隣国との連絡も、滞っている」

「……はい」

返答の言葉は短く、感情を混ぜない。

一拍。

「これはね、管理の問題だと思うの」

その瞬間、すべてが繋がった。

(ああ――私だ)

ここで否定すれば、異端。不信仰。神意に背いた者。

肯定すれば、責任者。管理不足。切り捨て役。

選択肢は、最初から一つしかなかった。

「……私の監督が、至りませんでした」

クラリッサは、満足そうに頷いた。

「大丈夫。あなた一人を責めるつもりはないわ」

――嘘だ。

その言葉が、何度、同じ形で使われてきたか。

「ただ、教会として“説明”が必要なの」

ユリウスは、それ以上何も言わなかった。



翌日。

公表されたのは、こうだった。

聖女派高位神官ユリウス・ハルバート。
神聖な装置の管理を怠り、奇跡の安定を損ねた責任により、職位を剥奪、拘束。

民衆は納得した。奇跡が揺らいだ理由が、
“人為的なミス”で説明されたからだ。

誰も、それ以上を望まない。

真実より、安心できる嘘の方が、好まれる。



地下牢。

石壁に囲まれた狭い空間で、ユリウスは独り座っていた。

鎖はないだが、逃げ場もない。

「……はは」

乾いた笑いが漏れる。

「私が、神を汚した……か」

彼は知っている。

汚したのは、最初から神ではなかった。

装置も。生贄も。密約も。すべて、歪められた力だ。

聖女の名の下に、王国の名の下に、都合よく形を変えられたもの。

「……私は、ただ、従っただけだ」

その言葉は、誰にも届かない。

――否。

届く者が、一人だけいた。

空気が、歪む。

牢の中に、音もなく“誰か”が立つ。

仮面の女。

「……っ!」

ユリウスは立ち上がろうとして、膝をついた。

「安心してください」

低く、静かな声。

「あなたを殺しには来ていません」

「……なら、何をしに来た……?」

答えの代わりに、青い光の箱が開かれる。

中には――彼が署名した書類。装置管理記録。供給量改ざんの指示。

そして、聖女の直筆命令書。

「……あ……」

喉が、鳴る。

「確認です」

女は言った。

「あなたは、命令に従いました」

「……ああ……」

「それを、拒否できましたか?」

沈黙。

拒否できなかった。

拒否すれば、彼もまた“消される側”だった。

「……そうですか」

裁定魔法が、静かに起動する。

罪状と証拠が、照合される。

ユリウス・ハルバート。
罪状:
共犯、隠蔽、
生贄供給への加担。

一致率、百パーセント。

だが――次の表示が、浮かび上がる。

主犯:別に存在。
責任割合:被告、補助的立場。

ユリウスの目が、見開かれる。

「……まさか……」

「あなたは、最初ではありません」

女は淡々と言った。

「そして、最後でもない」

光が、消える。

同時に、牢の外で足音が響いた。

「ユリウス・ハルバート。再調査のため
王都審問会へ移送する!」

彼は、仮面の女を見た。

だが、そこにはもう、誰もいない。



空間魔法の家で、私は記録を閉じる。

最初の切り捨て。最初の内部告発。

聖女派は、自らの手で仲間を売り始めた。

崩壊は、いつも内側から始まる。

私は仮面を外さない。

次に動くのは、聖女か、王子か――

あるいは、互いに相手を切り捨てる日だ。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

公爵令嬢クラリスの矜持

福嶋莉佳
恋愛
王太子に「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄された公爵令嬢クラリス。 だがその瞬間、第二王子ルシアンが彼女の手を取る。 嘲笑渦巻く宮廷で、クラリスは“自分に相応しい未来”を選び抜いていく物語。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る

黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。 (ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

生命(きみ)を手放す

基本二度寝
恋愛
多くの貴族の前で婚約破棄を宣言した。 平凡な容姿の伯爵令嬢。 妃教育もままならない程に不健康で病弱な令嬢。 なぜこれが王太子の婚約者なのか。 伯爵令嬢は、王太子の宣言に呆然としていた。 ※現代の血清とお話の中の血清とは別物でござる。 にんにん。

それは報われない恋のはずだった

ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう? 私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。 それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。 忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。 「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」 主人公 カミラ・フォーテール 異母妹 リリア・フォーテール

処理中です...