19 / 29
第3章 災厄の蛇神
5.蛇神の再生
しおりを挟む
頭の中が、真っ黒だった。
――憎い。苦しい。消えろ。消えてしまえ。
穢れに飲み込まれたミズハの心は、呪詛のような言葉で埋め尽くされている。
(結局何をしようと、僕はあいつらにとって邪神のままなんだな)
どれだけ尽くしても。尽くすために努力しても。
結局、人間が自分を見る目は変わらない。自分たちが苦しむ責任を邪神と呼んだ自分に押しつけ、排除することで救われた気になる。今も、二百年前も、まったく変わらない。
しかもあまつさえ、彼らは一方的に守れとまで要求してきた。何も捧げはしないくせに、欲しいものは与えろと言ってくる傲慢な人間。彼らにはもう、疲れてしまった。
体の内でいつも使うものとは違う、暗い力が爆発する。
自分はきっと神堕ちになる。このまま思考さえも失って、絶望のままに全てを害する災厄になるだろう。穢れに飲まれて最期を迎えるとは思っていたが、まさか堕ちるとは予想していなかった。
(でも、いいか。全部、どうなっても)
どれだけの被害が出ようと、もう構わない。人間のように傲慢な生き物など、全て消えてしまえばいいのだ。
ミズハはたゆたう思考を穢れに委ね、最後の意識を手放そうとする。
しかし。黒く染まった心の中に、一つの声が響いてきた。
「一方的に守れと言うんじゃなくて、少しは信じて祈ってみなさいよ!」
(――百代だ)
ミズハの意識が浮上する。
たった一人。邪神と呼ばれ続けていた自分を、一心に、一点の曇りもなく思いを捧げ続けてくれた巫女が、人間たちと戦っている。今もなお、ミズハが神の立場を取り戻すと信じて。
百代の言葉に続いて、人間たちの信仰が集まってくるのを感じた。
一つ、二つ、三つ――信仰は止まることなく集まり続ける。一つ体に入るたび、穢れの束縛が弱まった。
体が次第に軽くなる。奥底から力が溢れてくる。多くの信仰で満たされていく感覚は、実に二百年ぶりだった。
神楽鈴の、美しい音色が響いてくる。
この三ヶ月間、幾度も自分の苦しみを和らげてくれた鈴の音が、残った穢れを浄化していった。薄目を開けると、神楽鈴を手にした百代がミズハをまっすぐ見つめている。
「次は、あなたの番よ」
豪雨の中、凛と佇む彼女は、強く美しい。唇に乗せた笑みは、ミズハの心へ光を与えてくれた。
(僕の番、か)
正直、人間を助けたい気持ちはほとんど残っていない。百代のお陰で再び生まれかけていた神としての役割を果たすという希望も、先ほどの罵倒で崩れ去ってしまっていた。
それでも、百代が信じてくれるなら。
百代が神である自分を望んでくれるなら。
ただ一人――彼女の為だけに神に戻ろう。
湧き上がる力に身を委ね、ミズハは片手を天に掲げた。
***
地上から伸びる光の柱が、雲を貫き、空を開いた。
豪雨はやがて小雨になり、灰色の雲の切れ間から、陽光が地上に降り注ぐ。
溢れかけていた濁流は次第に穏やかさを取り戻し、せせらぎの音を奏で始めた。
水滴が日の光にきらめく中、真っ白な神が天から舞い降りる。
神は一心に信じて祈り続けた巫女の手を取った。
「これが、僕の答えだよ」
陽光に照らされる純白の長髪に、燃えるような紅の瞳。
慈しむような微笑を浮かべた神々しい姿に、人々はみな地面にひざをつき、巫女は目を見張ったのだった。
***
――憎い。苦しい。消えろ。消えてしまえ。
穢れに飲み込まれたミズハの心は、呪詛のような言葉で埋め尽くされている。
(結局何をしようと、僕はあいつらにとって邪神のままなんだな)
どれだけ尽くしても。尽くすために努力しても。
結局、人間が自分を見る目は変わらない。自分たちが苦しむ責任を邪神と呼んだ自分に押しつけ、排除することで救われた気になる。今も、二百年前も、まったく変わらない。
しかもあまつさえ、彼らは一方的に守れとまで要求してきた。何も捧げはしないくせに、欲しいものは与えろと言ってくる傲慢な人間。彼らにはもう、疲れてしまった。
体の内でいつも使うものとは違う、暗い力が爆発する。
自分はきっと神堕ちになる。このまま思考さえも失って、絶望のままに全てを害する災厄になるだろう。穢れに飲まれて最期を迎えるとは思っていたが、まさか堕ちるとは予想していなかった。
(でも、いいか。全部、どうなっても)
どれだけの被害が出ようと、もう構わない。人間のように傲慢な生き物など、全て消えてしまえばいいのだ。
ミズハはたゆたう思考を穢れに委ね、最後の意識を手放そうとする。
しかし。黒く染まった心の中に、一つの声が響いてきた。
「一方的に守れと言うんじゃなくて、少しは信じて祈ってみなさいよ!」
(――百代だ)
ミズハの意識が浮上する。
たった一人。邪神と呼ばれ続けていた自分を、一心に、一点の曇りもなく思いを捧げ続けてくれた巫女が、人間たちと戦っている。今もなお、ミズハが神の立場を取り戻すと信じて。
百代の言葉に続いて、人間たちの信仰が集まってくるのを感じた。
一つ、二つ、三つ――信仰は止まることなく集まり続ける。一つ体に入るたび、穢れの束縛が弱まった。
体が次第に軽くなる。奥底から力が溢れてくる。多くの信仰で満たされていく感覚は、実に二百年ぶりだった。
神楽鈴の、美しい音色が響いてくる。
この三ヶ月間、幾度も自分の苦しみを和らげてくれた鈴の音が、残った穢れを浄化していった。薄目を開けると、神楽鈴を手にした百代がミズハをまっすぐ見つめている。
「次は、あなたの番よ」
豪雨の中、凛と佇む彼女は、強く美しい。唇に乗せた笑みは、ミズハの心へ光を与えてくれた。
(僕の番、か)
正直、人間を助けたい気持ちはほとんど残っていない。百代のお陰で再び生まれかけていた神としての役割を果たすという希望も、先ほどの罵倒で崩れ去ってしまっていた。
それでも、百代が信じてくれるなら。
百代が神である自分を望んでくれるなら。
ただ一人――彼女の為だけに神に戻ろう。
湧き上がる力に身を委ね、ミズハは片手を天に掲げた。
***
地上から伸びる光の柱が、雲を貫き、空を開いた。
豪雨はやがて小雨になり、灰色の雲の切れ間から、陽光が地上に降り注ぐ。
溢れかけていた濁流は次第に穏やかさを取り戻し、せせらぎの音を奏で始めた。
水滴が日の光にきらめく中、真っ白な神が天から舞い降りる。
神は一心に信じて祈り続けた巫女の手を取った。
「これが、僕の答えだよ」
陽光に照らされる純白の長髪に、燃えるような紅の瞳。
慈しむような微笑を浮かべた神々しい姿に、人々はみな地面にひざをつき、巫女は目を見張ったのだった。
***
0
あなたにおすすめの小説
「偽聖女」と追放された令嬢は、冷酷な獣人王に溺愛されました~私を捨てた祖国が魔物で滅亡寸前?今更言われても、もう遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢フィーア・エメラインは、地味で効果が現れるのに時間がかかる「大地の浄化」の力を持っていたため、派手な治癒魔法を使う異母妹リシアンの嫉妬により、「偽聖女」として断罪され、魔物汚染が深刻な獣人族の国へ追放される。
絶望的な状況の中、フィーアは「冷酷な牙」と恐れられる最強の獣人王ガゼルと出会い、「国の安寧のために力を提供する」という愛のない契約結婚を結ぶ。
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係
ayame@アンジェリカ書籍化決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました
藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】
※ヒーロー目線で進んでいきます。
王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。
ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。
不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。
才能を開花させ成長していくカティア。
そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。
立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。
「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」
「これからも、私の隣には君がいる」
甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる