白蛇の無能な祝巫女

紅林オト

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第3章 災厄の蛇神

6.正式任命

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 星空の下、朗らかな笑い声が響きわたる。境内の中心には多くの村人たちが集まり、小さな祭りが行われている。大きな焚き火を囲んで、持ち寄った料理を食べながら酒を飲み交わす彼らの顔は、みな楽しそうに緩んでいた。
「百代ちゃん。野菜を持ってきたから、ミズハ様に渡しとくれ」
「俺のところからは米だ。重いから気を付けろよ」
「ありがとう、助かるわ」
 百代のところには、次々と村人たちがやってきて、贈り物を置いていく。既に腕の中は、野菜などの作物で一杯になっていた。限界を迎えた百代は、一度村人たちの輪を離れて社殿へ入り、棚の上にもらったものを並べていく。
「本当、よかったわ。色々と解決できて」
 災厄を防ぎ、ミズハが神としての立場を取り戻したあの後。ミズハを信じていなかった村人たちは、ミズハと百代に深く謝罪した。
「ずっと信じなくて申し訳ねえ」
「俺たちの弱さで、神様を一人消しちまうところだった」
「謝罪に何でもします。だからどうか、情けをかけてください……!」
 頭を地面に擦りつける村人たちを、ミズハは初め許す気がなかったらしい。そんな彼を百代が説得し、社の社殿と百代の家を改築してもらうことで償ってもらうことにした。人間は間違いを犯す。けれど反省し謝罪をしたいというのなら、一度はその機会は与えてやるべきだ。
 村人たちは農作業の合間を縫って社の改築に精を出し、つい先日、無事に全ての作業を完成させた。今行われている祭りは、社の完成祝いとミズハへの感謝を示すもののようだ。
 抱えたものを全て棚の上に置いた百代は、改めて社殿の中を見渡した。以前は使われている木が古くなり崩れてしまいそうな脆い建物だったが、今は新しい木であちこちの柱が補修されていた。中も綺麗に掃除され、八畳ほどの座敷に敷かれた畳や、囲炉裏を備えた机と椅子、裏庭に繋がる扉の障子も、すべて新しいものに変えられている。以前よりは神の居室として、相応しい場所になっただろう。
 災厄から逃れ、ミズハは神としての立場を取り戻し、村人たちからの信仰は確かなものとなった。そして百代も――死を迎えるはずの三ヶ月を乗り越えた。
「だから私のここでの役割は、もうおしまいね」
「何がおしまいなの?」
 すぐ後ろで声がした。
 振り向くと、真っ白なミズハが星明かりを背にして立っている。
「あらミズハ、祭りに混じらなくていいの?」
 ミズハは百代の傍に歩み寄りながら、肩をすくめた。
「もう疲れちゃったし、お腹いっぱいだから。人間の作った食事は神の好物ではあるけれど、さすがに大皿何十枚もは食べられないよ」
「そう、なんだかんだ楽しんでるのね」
 ミズハを見上げると、彼は静かに百代の髪をすくい上げた。
「……髪、伸びてきたね」
「ええ、三ヶ月も経ったもの」
 草田瀬に来たばかりの頃は肩口までだった髪も、今では背中にかかるまで伸びてきた。元通りとまではいかないが、今では結べるようにもなり、大分巫女らしくなっている。
「綺麗な髪だ」
 ミズハは百代の髪を撫でながら笑みを浮かべた。
 神の立場を取り戻したミズハは、以前にも増して美しかった。艶やかな長髪は白く輝き、血色の戻った肌は白磁のようだ。暗くこわばっていた表情は、今では泉の水面のように、穏やかに凪いでいる。
 黒い姿は穢れの影響で、本来のミズハは白蛇なのだと、百代はミズハから聞かされていた。けれど黒い姿に慣れきった百代は、ミズハが立場を取り戻して数十日経った今でも、彼を前にすると、なんだか落ち着かない。
 きっと彼の姿に慣れていないせいだ。それ以外の理由を、見出してはならない。立場を取り戻したミズハの傍に、百代がいることはできないのだから。
「ミズハ、話しておきたいことがあるの」
「なに? 百代の頼みならなんでも聞くよ」
 首をかしげるミズハに、一拍置いて百代は告げた。
「違うわ。お願いじゃなくて……私、社を出ようと思うの」
「は? どういうこと?」
 ミズハは途端に眉間に皺を寄せる。
「言ってなかったけれど、私は正式な資格を持つ巫女じゃないの。異能も頻繁に使えないし。だからこの先、ミズハの傍にいるのは相応しくないわ」
 立場を取り戻したミズハは、近いうちに国の中枢である高天原から神籍を貰い、正式に神の一員として存在を知られるようになるだろう。今後都に行く機会も増え、高天原で行われる神の会議に出入りすることもあるかもしれない。そのとき無資格と明らかになれば、百代は高天原に捕まってしまう。それだけならまだいいが、結果ミズハの評判まで落としてしまいかねない。せっかく戻ったミズハの立場を下げるのは嫌だった。
 ミズハを狙う者の存在は気にはなるが、離れていても追うことはできるだろう。ミズハの立場を取り戻し、三ヶ月を生き延びるというひとまずの目的が叶った以上、百代がミズハのもとにいる必要はない。
「だから、ちゃんと異能が使えて資格のある巫女を、新しく探して。高天原に頼めば、きっと紹介してくれる」
 強い胸の痛みを感じながらも、百代は笑顔を崩さず言葉を続ける。
「……明日には、ここを出るから。ミズハが神に戻れて、本当によかった」
 目の奥から熱いものがこぼれそうになり、百代は顔をそらして立ち去ろうとする。けれどミズハとすれ違ったとき、腕を強く掴まれた。
「逃がさないよ」
「え……?」
「勝手にやってきて、僕の運命をねじ曲げておいて。今更出て行くなんて、そんなの許すわけないでしょ」
 ミズハは百代の腕を握ったまま笑っている。髪も肌も闇に染まる中、赤い瞳だけが、煌々と輝いていた。一瞬、出会ったばかりの頃の彼が頭に浮かぶ。
 百代は目を伏せ、躊躇いがちに言い返す。
「でも資格のない巫女が、巫女の仕事をするのは規則違反なのよ。私はあなたの荷物になりたくないわ」
「資格なんて、高天原に行くついでに僕の腐れ縁に頼めばどうとでもなる。そもそも消滅寸前だった僕の立場をここまで取り戻したんだ。それだけ実力がある君に、巫女の資格がないのはおかしいし」
「認めてくれるのは嬉しいけれど、そんなにうまくいくものかしら」
「うまくいくよう言っておくから大丈夫。だからこれからも、社にいてよ。まあ逃げようとしたら、カガチとウズに命じて連れ戻すけど」
 カガチとウズは相変わらず子どもの姿だったが、ミズハが力を取り戻したのと同時に、彼らも水を操れるようになっている。今の二人に追いかけられては、百代も逃げ切ることはできないだろう。
 ミズハは本気で、百代を手放す気はないらしい。それは逆に、無資格の巫女である百代を、それだけ求めてくれているということだ。
「……本当に、ここにいていいの?」
「当たり前でしょ。ようやく力を取り戻せたんだ。これからは僕だって、君のことを支えていける」
 ミズハはするりと百代の腕を放して、代わりに手を握った。
「そもそも僕は、君のために立場を取り戻したんだから。君がいてくれないと、あの時の決意が無駄になるじゃない」
「ミズハ……」
 今度こそ、涙が頬を伝って落ちた。
 美輪家で虐げられて育ち、無能として扱われ、巫女の資格さえもらえなかった。誰からも認められず、邪険にされてきた自分には、居場所なんてないと思っていた。
 けれど、そうではなかった。自分を受け入れてくれる場所は、あったのだ。
「私のために、なんて。馬鹿ねぇ、ミズハは」
「む……選べっていったのは百代でしょ」
「ふふ、そうだったわね」
 百代は片手で涙を拭い、ミズハを見上げた。
「ありがとう。ならこれからも……あなたの巫女でいさせてくれる?」
「もちろん。君以外じゃ務まらないよ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。改めてよろしくね、ミズハ」
「こちらこそ」
 ミズハと握手を交わした後、百代は社殿の入り口から外を眺める。境内では未だに村人たちが食事を続け、歌ったり踊ったりと賑やかに過ごしていた。もはや祭りというより、盛大な酒盛りのようだった。
 彼らの様子を眺めながら、百代はふっと口元を緩める。
「でもミズハ、私の為だけに神をやるのはよくないわ」
「ええ、どうして? 僕は正直、他の人間はまだあんまり好きじゃないんだけど」
 ミズハは百代の隣に並び立ち、眉間に皺を寄せながら村人たちを睨んでいる。謝罪や歓待を受けたとはいえ、ミズハにはいまだ思うところもあるのだろう。
「ミズハの気持ちは分かるし、私を気にしてくれるのは嬉しいけれど……やっぱり、ミズハは神様なんだから。神は平等に人を守るものよ」
 ミズハはしばし難しい顔をしていたが、やがて小さなため息をつく。
「……仕方ないなぁ。なら他の人間も守ってあげるよ。それが百代の望みなら」
「うん、そうしてちょうだい。別に人間を守ること自体は嫌いなわけじゃないでしょう? 隼人くんの願いの時だって、ちゃんと叶えようとしてあげていたし」
「……まあ人の願いを叶えるのが、神の本能だからね」
 ミズハは唇を曲げながら答えたのち、百代に目を向け、首をかしげる。
「でも……百代は僕に、何かしてほしいことはないの? 力は完全に戻ったし、なんでもできるよ?」
「うーん、そうねぇ」
 百代は少しだけ考え込んだ後、やわらかな笑みをミズハに向けた。
「ただ一緒にいてくれるだけで十分だわ」
 きらめく星々の下で、社の夜は賑やかに更けていった。
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