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第4章 高天原の神様会議
5.祝の巫女と百代の異能
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会議はつつがなく終了した。最中は終始、シグレと櫻子の鋭い視線を感じていたが、アマツヒに認められた百代をそれ以上揶揄することはできなかったらしい。彼らは会議が終わった直後、真っ先に退席していった。
百代もミズハと共に、他の神々に倣って帰ろうと立ち上がる。そこにアマツヒから声がかかった。
「ミズハと百代はしばし残ってくれ」
何か大事な話でもあるのだろうか。出口へ向かいかけていた百代たちは踵を返し、御簾の傍で正座をする。
他の神々は全員退席し、大広間はうって変わって静まり返る。出口の扉が閉められたところで、閉じられていた御簾が開かれた。その向こうにいた人物の姿が露わになる。
肩で短く切りそろえられた黄金の髪に、日差しのような橙の瞳。上向きの整った眉と高い鼻筋は、穏やかながらも凜々しかった。まとう純白の最高級の礼服は、その人物が高貴な者だと示している。
最高神アマツヒ。普段は明かされないその姿が、百代とミズハの前に現れた。
アマツヒの後ろには、長い銀髪を一つにまとめた、巫女装束の美しい女性が控えていた。恐らく彼女がアマツヒの祝の巫女、未来を見通す「未来視」の異能を持つ月夜だろう。アマツヒの祝になって数百年以上が経っているはずなのに、目の前の月夜は二十にも届かない少女に見える。祝の巫女が不老不死というのは知っているが、実際に目にすると不思議な心地だ。
だが何故、本来姿を隠しているはずの彼らが自分たちには姿を見せたのか。内心疑問を抱いていると、横でミズハが盛大な溜め息をついた。
「はぁ、ほんと会議は疲れるよ。アマツヒも色々世話になったね」
「いや、よい。にしても、そなたの敬語はいつまで経っても慣れぬな」
「正式な場ではかしこまれって昔僕に言ったのはそっちでしょ。僕だって君に敬語を使うのは気持ち悪いよ」
会議とは打って変わって普段通りに話すミズハに、百代は慌てて彼の袖を引っ張った。
「ちょっと、相手は最高神なのよ。敬語はいいの!?」
「大丈夫、大丈夫。だってアマツヒとは昔からの腐れ縁だからね」
「アマツヒ様が!?」
思わずミズハとアマツヒを見比べる。
――昔なじみの腐れ縁。
ミズハが以前から話に出していた神。その相手が、アマツヒだったなんて。とすると、会議の場で巫女の資格の話を出したのも、ミズハからすれば唐突でもなんでもなく、事前に聞いていた通りのことをしただけだったのか。
「神に戻るまでも、基本的に必要なことはアマツヒに全部頼んでたんだ。食料や衣服の調達、水不足問題の調査の支援に、他にも色々。アマツヒならどこでも顔が利くからね」
それはそうだろう。日輪国の頂点なのだから。
「あ、ありがとうございます、アマツヒ様。色々とお世話になりました」
恐れ多すぎて百代が頭を下げると、アマツヒは朗らかに笑った。
「よいのだ。ミズハとは友人だからな」
「あの……ミズハは一体なんなのですか?」
百代の問いに、アマツヒは目を瞬かせた。
「聞いておらぬのか? そこの蛇はこの国が日輪国と呼ばれるようになる前からいる、最も古い水神だ。我ともその頃からの仲でな。本来なら国の中枢にいてもおかしくはないのだが」
「今はただの元邪神だってば。昔の記録は邪神になったときに全部消されてるみたいだし。それに権力とか力とか興味ないんだよ、僕」
面倒そうに口を曲げるミズハに、アマツヒは肩をすくめた。
「と、昔からこの調子でな。だからこそ気兼ねなく友人でいられるのだが」
百代は言葉を失ってしまう。クレヒサやシグレとの会話から、ミズハはある程度上位の神だと予想はしていた。だがまさか、国の最高神と肩を並べられる存在だったなんて。
「ミズハのこと、もっと敬った方がいいかしら……」
百代が呟くと、ミズハは強く首を横に振った。
「いいってば。一度邪神になったし、もうそういう格じゃないよ」
「なら……今まで通りに話すわね」
「うん、むしろそうして」
百代の答えに、ミズハは嬉しそうに頬を緩めた。
一段落したところで、アマツヒが百代に向き直る。
「改めて、ミズハを救ってくれて感謝する、百代」
「いえ。私にも事情がありましたから。ですが、本当に知っていたのですか? 私に『回帰』の異能があったことを」
「もちろんだ。だからこそ我は、ミズハの封印を決めたのだから」
曰くアマツヒは、二百年前に人々の信仰を失って穢れが溜まり、神堕ちになりかけていたミズハを、封印することで問題を先延ばしにしたという。その後、彼を助ける方法を探す中で、月夜の未来視の異能で回帰の異能を持つ百代を見つけ、ミズハの再生を助ける鍵として目を付けたのだそうだ。
「だからミズハの封印は、二百年で解けたのですね」
ミズハの封印が解けたと噂され始めたのは、百代が巫女の試験に落ちて巫女学校を退学になり、家族から本格的に見放された頃。それは逆に言えば、百代が学校という縛りから放たれ、望めば自由を手に入れられるようになった頃だった。だからこそ三ヶ月という期限はあったが、百代は望んでミズハを救いに向かえた。
百代の言葉にアマツヒはうなずく。
「ミズハが神堕ちになる事実は避けられない運命だった。故に我はミズハの運命に翻弄され、なおかつ定められた運命に、繰り返す人生で立ち向かえるそなたに賭けた」
百代の存在を知ってから、アマツヒはミズハを救うために、色々と工作をしていたらしい。巫女の資格試験科目にある異能の実技試験も、目の前で披露できる異能でない場合は不利という欠点に気づいていたそうだが、百代を巫女にしないため変えなかったという。ミズハが神堕ちになった時に国が受ける被害と、試験科目の欠陥による被害を天秤にかけた上で。
それを全て語ったアマツヒは、百代へ頭を下げた。
「結果として我の賭けは成功したわけだが……そなたを利用し、苦しめたことには変わりない。国を守り、友人を助けるためとはいえ、本当にすまなかった」
「いえ、いいのです。頭を上げてください」
確かに回帰する前は、巫女の試験に落ちて美輪家で無能と虐げられ、搾取され続けた。けれどあの家族であれば、たとえ巫女の試験に合格していても、異能を使えないことを理由に百代を虐げていた可能性がある。
それに九度の回帰を経て、たくさんのものを得ることができた。
剣術、料理、狩猟、その他の書物や経験で得た多くの知識。
己の意志で前に進む勇気と――受け入れてくれる居場所。
すべて回帰を始める前の、受け身のままで過ごしていては手に入らないものばかりだった。だからむしろ、アマツヒには感謝している。
「ミズハを助けられてよかったと思います。本当に」
「……そう言ってもらえると、我もありがたいよ」
頭を上げたアマツヒは、安堵の笑みを浮かべた。
一方のミズハは、アマツヒと百代の会話に首をかしげている。
「百代、回帰なんて異能を持ってたの? 頻繁に使える異能じゃないとは聞いたけど」
「……ええ。ずっと黙っていてごめんなさい」
死をきっかけに人生を繰り返す異能を持ち、今が十度目の人生であること。九度目までの人生すべての死にミズハの神堕ち化が関わっており、平穏に長生きできる人生を手に入れるために、ミズハの巫女として信仰集めをしたこと。
今まで語らなかった全ての事実を、百代はミズハにうちあけた。
「今はもちろん、ミズハのために巫女をやりたいと思っているわ。けれど最初にミズハを探していたのが自分のためだったことには変わりないの。失望させてしまっていたら、ごめんなさい」
ミズハはしばらくじっと、頭を下げて謝罪する百代を見つめていた。けれどやがて頬を緩め、そっと百代の手に触れる。
「そんなに長い時間をかけて、僕にたどり着いてくれたんだね」
「……怒ってないの?」
「まさか。発端は自分のためだったかもしれないけど、百代は確かに僕のことを思って行動してくれていたよ。だからこそ、僕も立場を取り戻すことができたんだ」
出会った当時にミズハがまとっていた穢れは深く、多少の力では祓えないはずだった。けれど百代は初めから、ほんの少しだけでもその穢れを祓ってみせた。それは純粋な信仰が――神を信じる心がなければできないことだ。
「人間に絶望していた僕を引き上げてくれたのはいつも百代だった。だから感謝はしても、怒るなんてことは絶対にない」
ミズハは重ねた手でそっと百代の手を握る。彼のぬくもりと――その想いが、手の平からゆっくりと伝わってきた。
「始まりがどうであろうと、僕にとって百代が唯一の巫女ってことには変わりないよ。一心に信じて救おうとしてくれた君だから、僕は祝の巫女にしたいと思ったんだ」
「……っ!」
百代は大きく目を見開いた。心臓が一気に早鐘を打ち始める。
――祝の巫女にしたい。
神から告げられるそれは、すなわち求婚と同義だった。
会議中にもその話は出ていたが、今のミズハの思いを聞く限り、巫女の資格をもらう為の方便ではないらしい。
「本気、なの……?」
「もちろん。かんざしをあげたのも、そういう意味だったんだけど……気づかなかった?」
以前、神木通りでミズハがくれたかんざし。あの時は戸惑った結果、ミズハの様子からなんの意図もないと結論づけた。だって、あまりにもミズハが普通だったから。
「ああ、動揺しないよう気持ちを隠してたのが裏目に出ちゃったのか」
ミズハは苦笑いをした後、百代をまっすぐに見つめてくる。
「僕は百代のことを愛している。だから祝の巫女として、僕とずっと一緒にいてほしいって思ってるよ。先走って、混乱させてるのは分かってる。でも、どうしても抑えられなくて」
真摯な眼差しに、今までの話が冗談ではないことを物語っている。その想いの大きさに、百代は思わずうろたえた。
ミズハのことは嫌いじゃない。百代という人間を求めてくれて、嬉しいと思った。かんざしを贈られて動揺したし、不意に体が触れたり、距離が近づいたりすると、顔が赤くなり、胸がうるさいほどに音を立てる。けれどそれも、不快ではない。
一緒にいると楽しいし、彼のためなら力を尽くしたいと思っている。それらを考えてみれば――きっと百代も、ミズハのことを好いているのだろう。
自覚した瞬間、気づかないようにしてきた思いが、胸の中から溢れ出てくる。
そう、自分はミズハが好きだ。だから祝の巫女になってほしいという彼の言葉も、本当は舞い上がりたいほどに嬉しい。けれど百代は、首を縦には振れなかった。
「どうしたの、百代?」
黙っていた百代に不安になったのか、ミズハが眉を顰めて問いかけてくる。
「ご、ごめん。急に言われて驚いちゃって」
百代は笑みを浮かべて誤魔化しながら、するりとミズハの手を解いて立ち上がる。
「少し混乱してるみたいだから。外で頭を冷やしてくるわ。アマツヒ様と月夜様も、先の退出を申し訳ありません」
「百代?」
困惑するミズハに申し訳なく思いながらも、アマツヒたちに頭を下げて、百代は足早に大広間を後にした。
廊下に出て、広間の扉が閉じた後、百代は壁にもたれて大きく息をつく。一人になると、幾分心も落ち着いてきた。
「祝の巫女は、駄目なのよ……」
ミズハのことは好きだ。彼を巫女として長く助けたい思いもある。
けれど、と百代は、アマツヒの後ろにいた月夜の姿を思い出す。
アマツヒが祝の巫女である彼女の異能の力を借りてミズハの神堕ちに対する対策を立てたように、祝の巫女とは、神に寄り添い、永遠にその助けをする存在だ。その際に、異能は重要な技術になってくる。だからこそ、やはり自分の異能が気にかかった。
本来なら祝の巫女になった巫女は、霊力が上がり、異能が強化され、不老不死となり神と永劫を共にする。
だが百代の異能「回帰」は、自らの「死」をきっかけとして発動する異能だ。たとえ霊力が上がっても――「死」のない体になってしまえば、異能が使えなくなり、本当の意味で無能になってしまうのではないか。
今はミズハが神堕ちになる危機は去り、状態も安定している。けれどこの先再びなにかの危機に巻き込まれる可能性がないわけではない。祝の巫女になったなら――そのような事態が起きた時、異能なしでミズハの役に立てるのだろうか。
一人悶々と考えていたとき、突如背後に気配を感じた。
「油断は大敵よ、お姉様」
「……っ、櫻子!?」
振り向こうとしたがもう遅く、百代は櫻子の異能によって作られた水流の縄に絡め取られる。縄は蛇のように体に巻き付き、百代の動きを封じていった。
「帰ったんじゃなかったの……!?」
「いいえ? 真っ先に出て、お姉様を連れ去る機会をうかがっていただけだわ」
「くっ……!」
百代は抵抗しつつ頭からかんざしを抜き去ると、背後の櫻子に向かって振り下ろす。
「痛いわねぇ、血が出たじゃない」
櫻子は小さく舌打ちをしただけだった。大きな傷は与えられなかったらしい。
「本当はこのまま痛めつけてやりたいところだけど……シグレ様の命令だもの。美輪家まで大事に連れて行ってあげるわ」
そう言って櫻子は百代の口元に薄布を当てる。一瞬妙な匂いがしたかと思うと、急速に百代の意識は遠のいていった。
血の付いたかんざしが、からんと廊下に転がった。
***
百代もミズハと共に、他の神々に倣って帰ろうと立ち上がる。そこにアマツヒから声がかかった。
「ミズハと百代はしばし残ってくれ」
何か大事な話でもあるのだろうか。出口へ向かいかけていた百代たちは踵を返し、御簾の傍で正座をする。
他の神々は全員退席し、大広間はうって変わって静まり返る。出口の扉が閉められたところで、閉じられていた御簾が開かれた。その向こうにいた人物の姿が露わになる。
肩で短く切りそろえられた黄金の髪に、日差しのような橙の瞳。上向きの整った眉と高い鼻筋は、穏やかながらも凜々しかった。まとう純白の最高級の礼服は、その人物が高貴な者だと示している。
最高神アマツヒ。普段は明かされないその姿が、百代とミズハの前に現れた。
アマツヒの後ろには、長い銀髪を一つにまとめた、巫女装束の美しい女性が控えていた。恐らく彼女がアマツヒの祝の巫女、未来を見通す「未来視」の異能を持つ月夜だろう。アマツヒの祝になって数百年以上が経っているはずなのに、目の前の月夜は二十にも届かない少女に見える。祝の巫女が不老不死というのは知っているが、実際に目にすると不思議な心地だ。
だが何故、本来姿を隠しているはずの彼らが自分たちには姿を見せたのか。内心疑問を抱いていると、横でミズハが盛大な溜め息をついた。
「はぁ、ほんと会議は疲れるよ。アマツヒも色々世話になったね」
「いや、よい。にしても、そなたの敬語はいつまで経っても慣れぬな」
「正式な場ではかしこまれって昔僕に言ったのはそっちでしょ。僕だって君に敬語を使うのは気持ち悪いよ」
会議とは打って変わって普段通りに話すミズハに、百代は慌てて彼の袖を引っ張った。
「ちょっと、相手は最高神なのよ。敬語はいいの!?」
「大丈夫、大丈夫。だってアマツヒとは昔からの腐れ縁だからね」
「アマツヒ様が!?」
思わずミズハとアマツヒを見比べる。
――昔なじみの腐れ縁。
ミズハが以前から話に出していた神。その相手が、アマツヒだったなんて。とすると、会議の場で巫女の資格の話を出したのも、ミズハからすれば唐突でもなんでもなく、事前に聞いていた通りのことをしただけだったのか。
「神に戻るまでも、基本的に必要なことはアマツヒに全部頼んでたんだ。食料や衣服の調達、水不足問題の調査の支援に、他にも色々。アマツヒならどこでも顔が利くからね」
それはそうだろう。日輪国の頂点なのだから。
「あ、ありがとうございます、アマツヒ様。色々とお世話になりました」
恐れ多すぎて百代が頭を下げると、アマツヒは朗らかに笑った。
「よいのだ。ミズハとは友人だからな」
「あの……ミズハは一体なんなのですか?」
百代の問いに、アマツヒは目を瞬かせた。
「聞いておらぬのか? そこの蛇はこの国が日輪国と呼ばれるようになる前からいる、最も古い水神だ。我ともその頃からの仲でな。本来なら国の中枢にいてもおかしくはないのだが」
「今はただの元邪神だってば。昔の記録は邪神になったときに全部消されてるみたいだし。それに権力とか力とか興味ないんだよ、僕」
面倒そうに口を曲げるミズハに、アマツヒは肩をすくめた。
「と、昔からこの調子でな。だからこそ気兼ねなく友人でいられるのだが」
百代は言葉を失ってしまう。クレヒサやシグレとの会話から、ミズハはある程度上位の神だと予想はしていた。だがまさか、国の最高神と肩を並べられる存在だったなんて。
「ミズハのこと、もっと敬った方がいいかしら……」
百代が呟くと、ミズハは強く首を横に振った。
「いいってば。一度邪神になったし、もうそういう格じゃないよ」
「なら……今まで通りに話すわね」
「うん、むしろそうして」
百代の答えに、ミズハは嬉しそうに頬を緩めた。
一段落したところで、アマツヒが百代に向き直る。
「改めて、ミズハを救ってくれて感謝する、百代」
「いえ。私にも事情がありましたから。ですが、本当に知っていたのですか? 私に『回帰』の異能があったことを」
「もちろんだ。だからこそ我は、ミズハの封印を決めたのだから」
曰くアマツヒは、二百年前に人々の信仰を失って穢れが溜まり、神堕ちになりかけていたミズハを、封印することで問題を先延ばしにしたという。その後、彼を助ける方法を探す中で、月夜の未来視の異能で回帰の異能を持つ百代を見つけ、ミズハの再生を助ける鍵として目を付けたのだそうだ。
「だからミズハの封印は、二百年で解けたのですね」
ミズハの封印が解けたと噂され始めたのは、百代が巫女の試験に落ちて巫女学校を退学になり、家族から本格的に見放された頃。それは逆に言えば、百代が学校という縛りから放たれ、望めば自由を手に入れられるようになった頃だった。だからこそ三ヶ月という期限はあったが、百代は望んでミズハを救いに向かえた。
百代の言葉にアマツヒはうなずく。
「ミズハが神堕ちになる事実は避けられない運命だった。故に我はミズハの運命に翻弄され、なおかつ定められた運命に、繰り返す人生で立ち向かえるそなたに賭けた」
百代の存在を知ってから、アマツヒはミズハを救うために、色々と工作をしていたらしい。巫女の資格試験科目にある異能の実技試験も、目の前で披露できる異能でない場合は不利という欠点に気づいていたそうだが、百代を巫女にしないため変えなかったという。ミズハが神堕ちになった時に国が受ける被害と、試験科目の欠陥による被害を天秤にかけた上で。
それを全て語ったアマツヒは、百代へ頭を下げた。
「結果として我の賭けは成功したわけだが……そなたを利用し、苦しめたことには変わりない。国を守り、友人を助けるためとはいえ、本当にすまなかった」
「いえ、いいのです。頭を上げてください」
確かに回帰する前は、巫女の試験に落ちて美輪家で無能と虐げられ、搾取され続けた。けれどあの家族であれば、たとえ巫女の試験に合格していても、異能を使えないことを理由に百代を虐げていた可能性がある。
それに九度の回帰を経て、たくさんのものを得ることができた。
剣術、料理、狩猟、その他の書物や経験で得た多くの知識。
己の意志で前に進む勇気と――受け入れてくれる居場所。
すべて回帰を始める前の、受け身のままで過ごしていては手に入らないものばかりだった。だからむしろ、アマツヒには感謝している。
「ミズハを助けられてよかったと思います。本当に」
「……そう言ってもらえると、我もありがたいよ」
頭を上げたアマツヒは、安堵の笑みを浮かべた。
一方のミズハは、アマツヒと百代の会話に首をかしげている。
「百代、回帰なんて異能を持ってたの? 頻繁に使える異能じゃないとは聞いたけど」
「……ええ。ずっと黙っていてごめんなさい」
死をきっかけに人生を繰り返す異能を持ち、今が十度目の人生であること。九度目までの人生すべての死にミズハの神堕ち化が関わっており、平穏に長生きできる人生を手に入れるために、ミズハの巫女として信仰集めをしたこと。
今まで語らなかった全ての事実を、百代はミズハにうちあけた。
「今はもちろん、ミズハのために巫女をやりたいと思っているわ。けれど最初にミズハを探していたのが自分のためだったことには変わりないの。失望させてしまっていたら、ごめんなさい」
ミズハはしばらくじっと、頭を下げて謝罪する百代を見つめていた。けれどやがて頬を緩め、そっと百代の手に触れる。
「そんなに長い時間をかけて、僕にたどり着いてくれたんだね」
「……怒ってないの?」
「まさか。発端は自分のためだったかもしれないけど、百代は確かに僕のことを思って行動してくれていたよ。だからこそ、僕も立場を取り戻すことができたんだ」
出会った当時にミズハがまとっていた穢れは深く、多少の力では祓えないはずだった。けれど百代は初めから、ほんの少しだけでもその穢れを祓ってみせた。それは純粋な信仰が――神を信じる心がなければできないことだ。
「人間に絶望していた僕を引き上げてくれたのはいつも百代だった。だから感謝はしても、怒るなんてことは絶対にない」
ミズハは重ねた手でそっと百代の手を握る。彼のぬくもりと――その想いが、手の平からゆっくりと伝わってきた。
「始まりがどうであろうと、僕にとって百代が唯一の巫女ってことには変わりないよ。一心に信じて救おうとしてくれた君だから、僕は祝の巫女にしたいと思ったんだ」
「……っ!」
百代は大きく目を見開いた。心臓が一気に早鐘を打ち始める。
――祝の巫女にしたい。
神から告げられるそれは、すなわち求婚と同義だった。
会議中にもその話は出ていたが、今のミズハの思いを聞く限り、巫女の資格をもらう為の方便ではないらしい。
「本気、なの……?」
「もちろん。かんざしをあげたのも、そういう意味だったんだけど……気づかなかった?」
以前、神木通りでミズハがくれたかんざし。あの時は戸惑った結果、ミズハの様子からなんの意図もないと結論づけた。だって、あまりにもミズハが普通だったから。
「ああ、動揺しないよう気持ちを隠してたのが裏目に出ちゃったのか」
ミズハは苦笑いをした後、百代をまっすぐに見つめてくる。
「僕は百代のことを愛している。だから祝の巫女として、僕とずっと一緒にいてほしいって思ってるよ。先走って、混乱させてるのは分かってる。でも、どうしても抑えられなくて」
真摯な眼差しに、今までの話が冗談ではないことを物語っている。その想いの大きさに、百代は思わずうろたえた。
ミズハのことは嫌いじゃない。百代という人間を求めてくれて、嬉しいと思った。かんざしを贈られて動揺したし、不意に体が触れたり、距離が近づいたりすると、顔が赤くなり、胸がうるさいほどに音を立てる。けれどそれも、不快ではない。
一緒にいると楽しいし、彼のためなら力を尽くしたいと思っている。それらを考えてみれば――きっと百代も、ミズハのことを好いているのだろう。
自覚した瞬間、気づかないようにしてきた思いが、胸の中から溢れ出てくる。
そう、自分はミズハが好きだ。だから祝の巫女になってほしいという彼の言葉も、本当は舞い上がりたいほどに嬉しい。けれど百代は、首を縦には振れなかった。
「どうしたの、百代?」
黙っていた百代に不安になったのか、ミズハが眉を顰めて問いかけてくる。
「ご、ごめん。急に言われて驚いちゃって」
百代は笑みを浮かべて誤魔化しながら、するりとミズハの手を解いて立ち上がる。
「少し混乱してるみたいだから。外で頭を冷やしてくるわ。アマツヒ様と月夜様も、先の退出を申し訳ありません」
「百代?」
困惑するミズハに申し訳なく思いながらも、アマツヒたちに頭を下げて、百代は足早に大広間を後にした。
廊下に出て、広間の扉が閉じた後、百代は壁にもたれて大きく息をつく。一人になると、幾分心も落ち着いてきた。
「祝の巫女は、駄目なのよ……」
ミズハのことは好きだ。彼を巫女として長く助けたい思いもある。
けれど、と百代は、アマツヒの後ろにいた月夜の姿を思い出す。
アマツヒが祝の巫女である彼女の異能の力を借りてミズハの神堕ちに対する対策を立てたように、祝の巫女とは、神に寄り添い、永遠にその助けをする存在だ。その際に、異能は重要な技術になってくる。だからこそ、やはり自分の異能が気にかかった。
本来なら祝の巫女になった巫女は、霊力が上がり、異能が強化され、不老不死となり神と永劫を共にする。
だが百代の異能「回帰」は、自らの「死」をきっかけとして発動する異能だ。たとえ霊力が上がっても――「死」のない体になってしまえば、異能が使えなくなり、本当の意味で無能になってしまうのではないか。
今はミズハが神堕ちになる危機は去り、状態も安定している。けれどこの先再びなにかの危機に巻き込まれる可能性がないわけではない。祝の巫女になったなら――そのような事態が起きた時、異能なしでミズハの役に立てるのだろうか。
一人悶々と考えていたとき、突如背後に気配を感じた。
「油断は大敵よ、お姉様」
「……っ、櫻子!?」
振り向こうとしたがもう遅く、百代は櫻子の異能によって作られた水流の縄に絡め取られる。縄は蛇のように体に巻き付き、百代の動きを封じていった。
「帰ったんじゃなかったの……!?」
「いいえ? 真っ先に出て、お姉様を連れ去る機会をうかがっていただけだわ」
「くっ……!」
百代は抵抗しつつ頭からかんざしを抜き去ると、背後の櫻子に向かって振り下ろす。
「痛いわねぇ、血が出たじゃない」
櫻子は小さく舌打ちをしただけだった。大きな傷は与えられなかったらしい。
「本当はこのまま痛めつけてやりたいところだけど……シグレ様の命令だもの。美輪家まで大事に連れて行ってあげるわ」
そう言って櫻子は百代の口元に薄布を当てる。一瞬妙な匂いがしたかと思うと、急速に百代の意識は遠のいていった。
血の付いたかんざしが、からんと廊下に転がった。
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「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
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