白蛇の無能な祝巫女

紅林オト

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第4章 高天原の神様会議

6.罠にかけた者

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「少々急かしすぎではないか」
 百代が出て行った大広間で、アマツヒは呆れた顔でそう言った。
「自覚はあるよ」
 ミズハは口を尖らせる。
 今はまだミズハも神に戻ったばかりで、百代もミズハの正式な巫女の立場を受け入れ始めたばかりだ。祝の巫女の件は今の立場に慣れてから、百代と相談して決めるべきだったのに、会議の場で咄嗟に口にしてしまった。
「仕方ないでしょ。僕からすれば、ずっと欲しかったんだから」
 初めて出会った時から、百代はミズハの特別な存在だった。すぐに手放したくない人間になり、やがて彼女の為に役に立ちたいと望むようになっていた。きっとあの頃から、自分は百代に恋をしていたのだろう。一度神堕ちになりかけたところを救ってくれた今、その思いは恋や愛のような言葉では語り尽くせない、巨大な感情に成長している。
「あの子は僕の全てだよ。あの子がいなければ、僕は高天原に戻ってきていないし、神様なんてもう一度やろうと思ってもいない」
「人間の個に無頓着だったそなたが、これほど執着するとは」
 昔のミズハは、神として人間という存在を愛し守る一方で、人間個人には気にも留めなかった。自分の巫女が次々辞めていった時さえ、何も拒まなかったことを知っているアマツヒには、今のミズハの振る舞いが不思議で堪らないのだろう。
「だって神堕ちになりかけた僕まで信じて救ってくれたんだよ。そんな巫女、百代くらいしかいないって」
「確かに神堕ちになった神を引き戻した例は初めてだな」
 神堕ちになって、戻ってきた者はこれまでいない。穢れを溜めた神が行き着く先は基本的に消滅で、神堕ちになる場合は稀だからだ。しかもその原理も明らかになっていない。だからこそ、神堕ちになりかけた神を救う方法はないと思われていた。その中で、百代は成し遂げたのだ。
「あの純粋な信仰は、神にとっては魅力的だ。神堕ちを戻した件が広まれば、他の神も百代に興味を持つかもしれない。シグレの元祝候補って話もあったし……心配なんだよ、僕」
「まあそなたの気持ちは分からないでもないが……月夜。祝の巫女として、そなたはどう思う?」
 アマツヒはそれまで静かに控えていた月夜の方を振り向いた。
 彼女は気づいた時にはアマツヒの傍にいた巫女だ。恐らくは千年近く、アマツヒの祝として生きている。以前は大した感情を抱いていなかったが、今となってはそれほど長い時を共に過ごせるのはうらやましいとさえ思ってしまう。
 月夜は銀の瞳でミズハを捉え、アマツヒとシグレを見比べ口を開いた。
「ゆっくり進めるのがよろしいかと。祝の巫女になるには、相応の覚悟がいるのです。人間にとっては、不老不死という重い物を背負うのですから」
 それに、と月夜は少しの沈黙の後に続けた。
「彼女の異能も気になりますし」
「異能って、『回帰』のこと? 何か関係あるの?」
「彼女の異能は『死』をきっかけに発動するもの。不老不死になってしまえば、その異能がどうなるのかは分かりません。消えるかもしれないし、形を変えてしまうかも」
「別に異能なんていいのに。僕は気にしないよ」
 確かに百代が自分に会いに来たのは、異能で回帰を繰り返した結果なのかもしれない。けれどその後、自分を救う過程で、彼女が異能を使ったそぶりはあまり見せなかった。彼女の価値が、異能だけにあるとは思えない。
「それでも、持っていたものがなくなるのは、人にとって無視できないのですよ」
 月夜に諭され、ミズハは押し黙るしかなかった。神である自分は、人の気持ち全てを分かっているわけではない。
「わかったよ。まあ時間はたくさんあるし、ゆっくり話してみる」
「そうするがいい。今は他にも問題が山積みだからな」
 アマツヒは一転して背筋を正し、真剣な面持ちになる。
「頼まれていた水不足の件、首謀者はシグレと美輪家で間違いなさそうだ」
 やはり、とミズハは心の中で納得する。彼は昔から何故か、同じ水神である自分を敵視してきていた。故に自分を害するのであれば、彼だろうと思っていたのだ。
「どこでわかったの」
「環という使用人を問い詰めたら、あっさり吐いたな」
「ああ、前に草田瀬に来てた、百代の知り合いの使用人か」
 環が言うには、ミズハが復活した直後の時期に、シグレの指示で現在の彼の祝候補である櫻子が、使用人を伴って草田瀬へ向かっていたという。だがいつまで経ってもミズハが消えた気配がないので、環がその後の経過を調べに草田瀬へ送られたそうだ。百代と環が会ったのは、この時だろう。
「彼女は息子を美輪家に人質に取られていたそうだ。今は二人ともこちらで保護している。まだ話を聞いている途中だが、草田瀬の大雨もシグレの仕業の可能性が高そうだ」
「その調子なら、二百年前に僕を嵌めたのもあいつか。でも僕、こんなことされる心当たりはないんだけど」
「大方、力でも欲したのだろう。そなたが消えれば、次に強い水神は彼だからな」
「……なるほどね」
 力を欲する気持ちは理解できないこともない。邪神と呼ばれ信仰を失い、思うように力を振るえなかった時に感じた無力さは、今でも胸に強く残っている。だからといって、他者を害していい理由にはならないが。
「なら今すぐ捕まえにいく?」
 ミズハの問いに、アマツヒは憂いを帯びた顔で首を振った。
「いや、すぐには無理だ。シグレは今、人間から深い信仰を集めている。下手に手を出せば人の反感を買うだろう。我は祝がいる故に問題ないが……そなたは影響を受け、穢れに侵されてしまうかもしれない」
「神っていうのは面倒だね」
「ああ。故に対策を立てるにはもう少しかかる」
「わかった。なら僕も百代に事情を話して、何か考えてみるよ」
 ミズハは立ち上がり、踵を返した。後ろから、アマツヒが問いかけてくる。
「そなたは大丈夫なのか。この件には美輪家が関わっているのだぞ」
「別に。美輪家やシグレの意志と、百代の意志は別だよ。この件で美輪家が何をしていても、あの子への信頼が揺らぐことはない」
 それに、百代もきっと大丈夫だ。彼女は強い。たとえこの件を聞いて衝撃を受けたとしても、すぐに立ち直って、一緒にこれからのことを考えてくれるだろう。
 一点の揺らぎもないミズハに、アマツヒはふっと微笑んだ。
「なら問題ないな」
「じゃあ、今日はこれで」
 ミズハは今度こそ広間を後にする。しかし廊下に出ても、そこにいるはずの百代が見当たらない。
「あれ、百代?」
 瞬きしたミズハのつま先に、固いものが当たる。ころりと小さな物が、転がる音がした。
「これは……」
 落ちていたのは、ミズハが百代に渡したかんざし。その先端には、赤い血がついている。その理由を悟ったミズハは、かんざしを握ったまま再び大広間に駆け込んだ。
「アマツヒ! 百代がさらわれた!」

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