女の子だと思っていた幼馴染みが、イケメン王子になっていました。

紅林オト

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7.サッカーと過去のトラウマ

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 宣言通り、俺はその日部活を休んだ。
 次の日も、その次の日も、続けて部活を休んでしまった。
 今のところ部員の誰かに話を聞かれたり、連絡が来たりはしていない。気を遣われているのか、それとも他の理由なのかはわからないけれど、今の俺にはそれが逆にありがたかった。クラスマッチのことも、部活のことも、全く心の整理がついていなかったから。
 部活を休んで四日目の昼休み。予鈴が鳴ってすぐに俺は山本の元へ行き、いつもの台詞を告げた。
「山本。今日の部活も休むって、サトセンに言っておいてくれる?」
「ああ……任せとけ」
 彼は居心地が悪そうに目をそらしながらも頷いた。
 部活を休み始めて以来、休みの伝言は全て山本に頼んでいた。悠理と距離を取ることを決めた以上、同じクラスのサッカー部で頼れるのは彼しかいない。自分の都合で嫌な役回りをさせてしまうのは申し訳ないけれど。
「ごめんね、いつも迷惑かけて」
「いいって。それよりよ……」
 山本はばつが悪そうに頭を掻いたあと、俺にまっすぐ目を向けてきた。
「この前は悪かった。俺、一ノ瀬に事情があったのを知らなくて。お前があんな風になるなんて、思わなかったんだ」
「大丈夫だよ。一旦は落ち着いたし」
 俺はへらりと笑いながら首を振る。
 あの日、昼休み終わりのチャイムが鳴って教室に帰り、午後の授業まで終わると、競技選択で変になった空気は跡形もなくなっていた。当事者でない人たちにとっては、あれくらいの出来事は大したことでもないのだろう。複雑な気持ちになりはしたが、クラスで浮かずに済んで良かったとも思う。
「だから山本も、もう気にしないで。部活を休んでるのは、心の整理がしたいからだから」
「……わかった。俺にできることがあれば、なんでも言えよ」
「うん、ありがとう」
 礼を言って山本の席から離れた俺は、自分の席に戻って一人弁当箱を取り出した。これまでは昼休みが始まるとすぐに悠理が席までやってきていたが、今ではあの時間もなくなっている。
 教室の後ろからどっと笑い声が聞こえて顔を上げた。
「えー、悠理って辛いの苦手なの? かわいー」
「うち、チョコ持ってるよ。一つあげよっか?」
「佐倉だけじゃなくって俺にもくれってー」
 窓際の後ろ辺りに、クラスの一軍男女が集まり笑い合っている。その中に、悠理の姿もあった。
 俺が距離を取り始めて以降、その気配を察した女子たちが、こぞって悠理の周りに集まり始めた。前に奥村さんが、俺がいることで悠理に女子が近寄らないと言っていたが、本当にその通りだったらしい。今ではもう、俺は話すどころか近づくことさえままならなかった。
(これが、本来の俺たちの距離なんだ)
 かたや文武両道眉目秀麗の完璧イケメン。かたやトラウマに負けた平凡人間。
 幼馴染みで同じ部活という肩書きがあったからこそ、俺は悠理と一緒にいれただけ。本来は近づくことすら許されない、住む世界の違う人間なのだ。
 俺はそれ以上その場に居られなくて、弁当箱を携え逃げるように教室から走り出る。
 向かったのは東校舎の三階、外付け階段の踊り場だった。授業で使う教室ばかりの東校舎は、昼休みにはほとんど誰も近づかない。一人になれるし、中庭が見えて景色も悪くない。ぼっち飯には中々悪くない場所だった。
 俺は弁当箱を袋から出し、蓋を開けて膝の上に並べる。二段弁当の上の段には、好物のエビチリが入っていた。
 一口食べると、ぴりりとした刺激を舌に感じた。同時に教室で悠理の周りにいた女子が話していたことを思い出す。
(悠理が辛いの嫌いって、知らなかった)
 何が好きで、何が嫌いか。何がやりたくて、何がやりたくないか。
 そういう話を、俺は悠理としたことがない。二人きりで話すことと言えば、大抵はサッカーか昔の思い出ばかりで、今の悠理がなにを考え、どう行動しているのかも知らなかった。
(知ろうとしていれば、何かが変わっていたのかな)
 例えばどうして俺に甘くしてくれるのかとか。
 理由を聞いて、それの善し悪しを考えていれば、俺も中途半端な自分に早めに気付けて、こんなことになる前に、他の手段を考えることができていたかもしれない。そうすれば悠理とも離れなくて済んだのかもしれないのに。
 いくら後悔しても、起きたことが元通りになるわけじゃない。けれど今の俺には、部活のことも、クラスマッチのことも、悠理とのことも、どうすれば良いかが分からなかった。
 ぼんやりと中庭を見下ろしながら、ちびちび弁当を食べ進める。すると誰も居なかった中庭に、二人の生徒がやってきた。
(あれ、悠理だ)
 片方はさっき教室にいたはずの悠理。もう片方は、色白にロングヘアの綺麗な女子だった。遠目だから確証はないが、多分二組の猪原さんだろう。学年一可愛いと男子たちの間で絶大な人気を集めていたはずだ。
 猪原さんは、躊躇いがちに悠理へ何かを話している。その光景は、どう見ても告白としか思えなかった。
(そうだよね、悠理はモテるんだから)
 俺は何だか見ていられなくて、中庭から目を背ける。気を紛らわせるように白米を口に入れてみるも、砂のような味しかしなかった。
 告白なんて当然だ。悠理はあんなにイケメンで、女子の人気も高いのだから。むしろ今までそういう話がなかったのがおかしかったのだ。
 なのに悠理の胸の奥は、しくしくと疼いている。
(悠理はこのまま、付き合うのかな)
 美男美女。俺から見てもお似合いの二人だ。もし二人が上手くいけば、きっといいカップルになるのだろう。平凡で弱い俺とは、比べるのも失礼なくらいだ。
 それは十分わかっている。なのに二人が付き合うと考えただけで、胸が裂けてしまいそうな痛みが走った。
 やっぱり傍に居たい。そんな子じゃなくて俺と話してほしい。
 サッカーをもう一度やる約束だって、まだ果たせていないのに。
 次々と真っ黒な欲望が現れてきて、自分で自分が嫌になる。中途半端な今の俺には、嫉妬をする資格さえないのに、溢れ出す気持ちは止められなかった。
 誤魔化すように弁当をかき込んで、さっさと片付け教室に戻る。しばらくしてから悠理も教室へと戻ってきたが、その後のクラスメイトたちの会話に耳を傾ける気は起こらなかった。
 悠理はもう、新たな場所で新たな毎日を作ろうとしている。
 俺だけが、ずっと過去に囚われたままだった。

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