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9.クラスマッチと君への思い
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しおりを挟む「ほーら、約束のアイスとジュースだぞー」
担任の先生が教卓の前に大きなビニール袋を置くと、クラスメイトたちがわっと集まっていった。黒板には表彰状が真ん中にマグネットで止めてあり、「五組優勝!!」と赤や黄色のチョークで彩った文字が書かれている。先ほどクラスの女子たちが、せっせと書いていたものだ。
クラスマッチの全ての競技が終わり、五組は男子サッカーだけが優勝という結果となった。一競技でも優勝は優勝ということで、担任からアイスとジュースをもらった五組のクラスメイトたちは、制服に着替えた今でもお祭り騒ぎの状態だ。後は自由解散でと言われていたが、誰一人帰りそうな気配はない。
そして俺はと言うと、先ほどからずっと、クラスのみんなに囲まれてしまっている。
「一ノ瀬、サッカーすごかったんだって?」
「私も見に行けばよかったなー」
「最後にシュート決めた時は声出ちまったよ」
俺はサッカー優勝の立役者だと思われているらしく、男子も女子もこぞって俺の元にやってきては褒め言葉を言っていく。こんなに他の人に注目されたのは人生で初めてで、俺はうまい言葉も言えないまま「ありがとう」と笑うことしかできなかった。アイスとジュースを取りに行きたかったが、この状態では無理そうだ。
内心どうしようかと考えていると、隣からすっとカップのバニラアイスとオレンジの紙パックジュースが差し出された。
「一ノ瀬くん、はい。嫌いだったらごめんけど」
すぐ隣で委員長が微笑んでいた。どうやら俺の状態を見て、代わりに取ってきてくれたらしい。
「ありがとう」
俺は素直に受け取ると、バニラアイスのカップを開け、一緒に持ってきてくれたスプーンを表面に差し入れてみる。ちょうど良い柔らかさだった。
溶けないうちにとアイスを食べていると、委員長がためらいがちに口を開く。
「あの、始まる前はごめんね。心配しすぎちゃって」
「ううん、大丈夫。前のホームルームでパニックになった俺も悪いし」
苦笑いしながら首を横に振ると、委員長はほっと緊張を和らげた。
「ありがとう。今日の試合、すごかったよ。まさか本当に優勝するなんて」
「今日のために、悠琳たちと練習したからね」
「そっか」
委員長はふわりと頬を緩ませ続けた。
「頑張ったんだね、一ノ瀬くん」
「うん、みんなのお陰だよ」
委員長との話をした後も、何人かクラスメイトがやってきていたものの、アイスとジュースを食べ終えた人からだんだんと帰っていった。やがてようやく一人になった俺は、大きな息をつきながら椅子に深く座り込む。
「よっ、お疲れさん。人気者は辛いな~」
脱力した俺の元に、山本と悠理が近づいてくる。山本は手にスクールバッグを持っていた。どうやら俺が解放されるまで待っていてくれたらしい。
「待っててくれてありがとう。山本も悠理もお疲れ」
「うん、お疲れ」
悠理は小さく頷いてくれた。だがその声は、なんだかいつもより素っ気ない。
「どうしたの?」
「気にすんな。こいつ、また拗ねてるだけだから」
「別に、拗ねてないし……」
否定しながらも悠理は口を尖らせている。何かあるのは確実だ。
山本はそんな悠理に肩をすくめて、俺の方に顔を向けてくる。
「んで、一ノ瀬はこれからどうすんの?」
「なにを?」
「サッカー部。あの調子なら、部員としてもやっていけるんじゃね?」
「……」
確かにトラウマを乗り越えた今なら、きっと公式戦でもコートに立てるだろう。マネージャーではなく、今後は選手になれるかもしれない。けれどクラスマッチの後のことなどなにも考えていなかった俺には、すぐに答えを出せなかった。
「ま、ゆっくり考えたら? 急かされてるわけじゃねぇし」
黙ってしまった俺の肩に、山本はぽんと軽く手を乗せた。そしてスクールバッグを持ち直し、ひらひらと俺たちに手を振った。
「んじゃ、そろそろ俺は帰るわ。また明日な~」
山本が出て行き、教室には俺と悠理だけが残った。悠理は先ほどの仏頂面のまま、黙って窓際へ歩いて行く。気になって俺も、彼の隣に並んだ。
窓の外に見える空は、茜色に染まっていた。下校する生徒たちの姿を眺めながら、悠理はおもむろに口を開く
「……さっき、委員長となに話してたの」
「え?」
唐突な話題に戸惑いつつも、悠理の雰囲気に圧されて答える。
「えっと、始まる前に心配しすぎたって謝ってくれただけだよ」
「他には?」
「あとは悠理たちのお陰で頑張れたって話をしたかな」
「まだあるでしょ?」
「ないよ。ほんとにそれだけ」
「……そっか」
悠理の口元がようやく緩んだ。
「よかった。仲がよさそうに話してたから、ハルが取られちゃうかと」
どうやら委員長と俺が好き合っているのではと勘違いしたらしい。まさかの想像に、俺は笑いながら首を横に振った。
「ないない、委員長は普通のクラスメイトだって」
「向こうはそう思ってないかもだろ」
「ただ気にしてくれているだけだと思うけどなぁ」
委員長として、一クラスメイトの俺を気遣っている。それ以上でも以下でもないと思う。そもそも俺が委員長と話すようになったのは、クラスマッチの件があってからだ。
だが悠理は、険しい顔で腕組みをする。
「いや、クラスマッチから始まったかもしれないし。今日ので絶対、ハルが見つかったから」
「見つかったって?」
「ハルがかっこよくてかわいいことが、みんなにバレちゃったってこと」
「え……かわいいってなに?」
かっこいいならまだ分かる。けれどかわいいは……サッカーをやっていて思われる瞬間はないように思う。
「だってハル、サッカーやってる時、ずっと笑顔だったし」
「嘘。俺、そんなに笑ってた?」
「うん。サッカーできるのが本当に楽しいんだって言ってるみたいだった。一緒に試合に出てる時は気付かなかったけど、決勝戦でよくみえたよ」
「うわ~……」
頬が熱くなるのを感じ、俺は思わず口元を押さえて顔を逸らした。好きなことができるのが嬉しくて笑顔になるなんて、そんなのまるで小学生だ。
「すっごい恥ずかしい……」
「なんで? かわいかったんだからいいじゃん。それにボール蹴ってるところはかっこよかったし」
ハルは一瞬笑顔に戻った後で、すぐに再び眉をひそめた。
「でもあれで、絶対二、三人は落ちたよな。委員長もそのときに……」
「いや、本当に委員長はないってば。もしあったとしても断るし」
「本当に?」
「もちろん。だって俺、好きな人いるから」
「…………」
悠理がさっと青ざめた。その顔には見たことがないくらい悲壮感が漂っている。
俺の「好きな人がいる」発言で、そこまで動揺してしまうとは。なんだか悠理が可愛らしく思えてくる。
「大丈夫、俺が好きなのは悠理だから」
「え……?」
悠理が目を丸くして、信じられないとでもいうように俺を見てきた。
そんな悠理に確信して欲しくて、俺はもう一度繰り返す。
「これ、クラスマッチの前に言ってくれた悠理の気持ちへの返事だから。俺、悠理のことが好きだよ」
「え、本当? 恋愛的な意味で? 友情ってオチじゃない?」
「ないない。恋愛的な意味での方だよ」
「嘘だ……これ、夢か?」
「夢じゃないって。本当はもっと前から好きだったんだけど……言うのはトラウマを乗り越えてからって決めてたから、遅くなってごめんね」
俺が微笑んでみせると、悠理は上を向いて顔を覆った。
「あー、なにこれ。すっごい嬉しい……ほんとに好きになってもらえると思ってなかったから……」
「どうして?」
「だってハル、俺のことをずっと女の子だと思ってただろ?」
「う……バレてたの?」
今度は俺が顔を逸らす番だった。いままでなにも言ってこなかったから、バレていないと思っていたのに。
「昔すごく女の子扱いされたから流石に気付くって。あれもあったから、かっこよくなろうとしたところもあったんだけど……再会して俺が『サクラちゃん』って気付いた時、相当動揺してたみたいだったから、今の俺を好きになってもらえるかはちょっと不安だったんだよな」
「大丈夫。ちゃんと、好きになったよ」
一緒にいると楽しくて。何度も俺を助けてくれて。
いつでも背中を押してくれて。
昔とは違う悠理を、昔とは違う理由で、もう一度好きになった。
人間は変わりながら成長すると、サトセンは言っていた。だからこの先、悠理が再び変わることがあるかもしれない。けれどその度に俺は何度も悠理のことを好きになれる気がする。ずっと、好きでいられる自信がある。
「大好きだよ、悠理。やっと胸を張って隣に立てるようになったから……もう一度、悠理と一緒にいさせてほしい。恋人として」
「あー、もー……」
悠理は唇を引き結び、盛大な息をついて俺をじっとり睨んできた。その耳は真っ赤に染まっている。
「俺が先に付き合ってって言いたかったのに」
「えへへ、ごめんね」
「かわいいから許すけど~……」
悠理は眉根を寄せて不満げな顔をしている。それがまた可愛く見えて、俺はくすくす笑ってしまった。
「でもやられっぱなしは嫌だな」
悠理は怒ったような顔をして、ぐっと俺の腕を掴んで自分の方に引き寄せた。視界いっぱいに悠理の綺麗な顔が映り込んで、心臓がどくどくと高鳴りはじめる。
「な、なに?」
「ハルはさ、俺を女の子だと思ってたのは覚えてたんだよな」
「ま、まあそうだね」
落ち着かない気持ちになりながら、俺はぎこちなく頷いた。目をそらしたいのに、なぜだか顔が動かない。
「それじゃ、あの約束は覚えてる?」
「どれのこと?」
「将来結婚しようって言ってくれた話」
「……っ!」
とっくに忘れられていたと思っていた話を持ち出され、恥ずかしさと焦りで言葉を失う。頭のてっぺんから顎の先まで、爆発してしまいそうなくらいに熱かった。きっと今の俺の顔は、茹でダコにも負けないくらい真っ赤になっているだろう。
「あ……えと……あれは若気の至りというか」
「俺は今でも本気だけどな」
混乱したまままともに話せない俺を見て、今度は悠理が微笑んだ。俺の頭の後ろに悠理の手が添えられて、そっと優しく引き寄せられる。
「これ、前借りな」
悠理の顔が、近づいてくる。
開いた窓から、秋風が吹き込んできた。カーテンがふわりと舞い上がり、俺たち二人をベールみたいに包んでいく。
初めての悠理の唇は、柔らかくてアイスみたいに甘かった。
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