淫らな声だと婚約破棄された悪役令嬢は砂漠の王子に溺愛される

蜂蜜あやね

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7 砂漠の商人王子、牙を隠した微笑み

引きこもり生活ばかりだったローズも、シャルのおかげで少しずつ外に出られるようになっていた。
 珍しい商品を見せてもらったり、異国での出来事を聞かせてもらったり――彼と一緒にいる時間は、不思議と心を軽やかにさせてくれる。
 最近では庶民の集まる商店街や大通りを歩くことが多いため、身なりも以前とは変わっていた。
 煌びやかなドレスではなく、一般庶民の女性が着るような質素なワンピース姿。
 かつて「悪役令嬢」として名を馳せ、新作ドレスが出るたびに浪費していた自分を思えば――今のほうが、ずっと心が落ち着くのだった。
 シャルが語る話もまた、彼女を虜にする。
 ジャンダの王族は「商人修行」を通して各国を巡ること。
 ジャンダには四季がほとんどなく、いつも夏のような気候であること。
 女性たちはおへそを出した衣装を着るのが普通だということ。
 どの話もローズにとって新鮮で、聞いていて楽しくて仕方がなかった。
 ――ローレシアで「不埒だ」と噂され、悪評にまみれていた頃とはまるで違う。
 彼の国の話を聞いていると、むしろそこは夢のように自由で、輝いて見えた。
「おへそ!? そういえば前、そんなこと言ってたわね」
 ふと、シャルの冗談交じりの言葉を思い出す。
 ローレシアのドレスは脱がしても脱がしても布が続く――そうからかいながら、彼に抱かれた夜のことを思い出してしまい、ローズは慌てて頭を振った。
 確かにシャルは強引だった。
 けれどその強引さが、逆にローズを救ったのだ。
 「声は不埒でも破廉恥でもない。ただ愛しい証だ」――そう何度も教えてくれたから。
 あんなに外に出ることすら辛かった毎日が、少しずつ楽になっていった。
 リック王子との閨では決して感じられなかったものを、あの夜シャルは与えてくれた。
 ちらりとシャルを見ると、彼もその視線に気づいたのか、意地悪そうに笑う。
「昼のローズも可愛いな。そんな目で俺を見るなんて、何か期待してる?」
「ち、違うわよっ!」
 慌てて言い返すと、シャルはくすくすと笑った。
 その何気ない優しさに、また胸が高鳴ってしまう。
 ◆
「シャル……ジャンダの王子が、こんな所で油を売っていていいの?」
 ふと、ローズは胸の奥に浮かんだ疑問をそのまま口にした。
 王子という身分なら、貴族社会の中で華やかな舞踏会や会食に出席して、国と国との結びつきを強める役割を果たしているはずだ。
 それなのに、昼間から夜まで庶民街をうろついている――やはり、王子らしくない。
 シャルは肩をすくめ、けれど真っ直ぐに答える。
「あぁ。ジャンダはね、砂漠の“商売の国”で少し変わってるんだ。舞踏会やパーティーで口約束するより、きっちり商売で相手国と話をつける。俺にとって重要なのは、ペラペラお喋りする社交の場じゃなくて“取引の席”なんだ」
 軽く笑って続ける。
「しかも商売の席なんて、そう何回も設けるものじゃない。決める時に決めればそれでいい」
 その言葉に、ローズは目を瞬かせた。
 国のやり方も、王子の務めも、自分が知る“ローレシア”とはまるで違う。
 ――何もかもが新鮮で、心を動かされる。
「じゃあ、今こうして私といるのは……?」
「まぁ、ローレシアの王家や貴族とお喋りするより、君といるほうが何倍も楽しいからね」
 さらりと、でも真っ直ぐに。
 シャルはそう言って笑った。
 恥ずかしげもなく気持ちを伝えてくるのは、やはりジャンダの国民性なのだろうか。
 ローズは顔を赤らめながらも、抑えきれずに微笑んでしまう。
 その笑みには、戸惑いよりも喜びの色が強く滲んでいた。
 ◆
 そんな日々のさなか――新たな知らせが届いた。
 屋敷の侍女が差し出したのは、金箔の封蝋で閉じられた招待状。
 開くまでもなく、誰からのものか分かってしまう。
 ローズは手元の招待状を見つめ、眉をひそめた。
「……やっぱり、また呼ばれるのね」
 婚約の儀は終えたばかりだというのに、再び貴族を招いての晩餐会。
 幸福そうな二人――リックとミリシアを、もう一度見せつけられる場だと、ローズには分かっていた。
 気が滅入るのも当然だった。
 横から覗き込んだシャルが、気楽な口調で言う。
「婚約の儀を終えたばかりなのに、またパーティーとは……ローレシアの王子と婚約者は随分お披露目が好きなんだな」
 彼自身の手元にも、しっかりと招待状が届いているらしい。
「まぁ、こういうふうに直々に招待状が届くと出席せざるを得ないんだけどね。また会場で君に会えるね、ローズ」
 彼はまだ、ローズの複雑な気持ちに気づいていない。
 ローズは小さく唇を噛み、視線を落とした。
 ◆


 ――数日後。
 
「調べはどうだった?」
 薄暗い路地の片隅。商人の服を纏った部下を前に、シャルは声を潜めて問いかけた。
「はい。ローズ嬢は婚約破棄のあと、徹底的に悪評を流されております。王子と新しい婚約者のミリシア嬢が、周囲に“彼女は悪女だ”と触れ回っているようで……」
「……なるほど」
 シャルの目が冷たく光った。
 ――あのとき、ローズの笑顔の奥に潜んでいた翳りは、やはり気のせいじゃなかった。
「さらに、晩餐会の場では彼女を招き、あらためて針の筵に座らせるつもりだとか」
「……」
 一瞬だけ、シャルは唇に笑みを刻んだ。
 だがそれはいつもの飄々とした笑みではなく、砂漠の獅子を思わせる獰猛さを帯びたものだった。
「面白い。じゃあ、その席は俺が使わせてもらうとしよう」
 部下は目を見開いた。
「王子……まさか……」
「心配はいらない。俺はただ、君が知っている通り――商人だからね」
 そう言って踵を返すシャルの背に、容赦のない気配が漂っていた。
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