親友に婚約者を奪われた侯爵令嬢は、辺境の地で愛を語る

蒼あかり

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ロベルトがルドー家を後にし、父と娘はその場から立ち上がることができなかった。

執事が淹れ直してくれた紅茶には蜂蜜がたっぷり入っていて、甘く優しい香りがした。
「美味しいわ。ありがとう。トーマス」
セイラの言葉に口角を上げると、そのまま室を後にした。


「お父様・・・お父様の努力が全部無駄になってしまったわね。
本当に役に立たない娘で、ごめんなさい」

「努力など、私がしたくてしただけのこと。お前が心配することは何もないよ。
それよりセイラはどうしたい?本当のところは憎くて仕方なくはないのか?」

セイラは首を横に振りながら
「憎くはないわ。私ではあの人の心を掴むことができなかっただけだもの。
アローラも私の大事な親友よ。どっちも幸せになって欲しいと思っているわ」

「お前の優しさは美しいと思う。だが、わがままを通すことも悪い事じゃない。
我が家はミラー家にそれなりの融資も援助も、協力もしてきた。
レインハルド自身にも多くの事を教えてきた。
向こうは我が家の声を無視することなんて出来ないんだよ。
それが爵位を守る者の責任であり、務めなんだ。
レインハルドは嫡男として、それを受け入れる義務があるんだよ」

普段温厚で優しい父とは思えない、冷静でどこか冷たい声。
父もまた裏切られた思いなのだろう。
自分だけが辛いわけではないのだと改めて思い知らされる。

「今更私が強請ったところで、レインハルド様の気持ちは私には向かないと思う。
長い人生、冷め切った夫婦生活を送るなんて私は嫌よ。
だったら、私を愛してくれる方と一緒になった方が幸せになれると思うの」

努めて明るく、セイラは無理に笑って見せた。
無理に作る笑顔は引きつり、ぎこちない。それでも笑うことでしか、侯爵令嬢のプライドを保つことが出来なかった。

「わかった。お前がそれでいいなら私からは何も言うことはないよ」

「ありがとう。お父様」

セイラは父の頬に口づけを落とすと、部屋を後にする。
その後ろ姿に

「後悔はしないんだな?」

「ええ、ずっと後悔し続けているわ。あの人に出会ってしまったことを」

眉尻を下げ、慈しむような目でセイラを見つめる父に

「ねえ、お父様。やっぱりお金で買うような真似をするから罰が当たったのね。
レインハルド様は、本当は私なんかと一緒になりたくなかったのかもしれないわ?
家のことがなければ私なんかと接点すらなかったかもしれないんだもの。
でもね、あの方の婚約者でいられたことが、今は嬉しいの。本当に。
短い時間だったけど、楽しい夢を見られたもの。後悔はしないわ」

流れる涙を見せたくなくて、セイラは後ろを振り向かない。
廊下に出るとあふれそうになる嗚咽を堪えるのに必死で、よろけそうになる足をやっとの思いで踏ん張った。


廊下の先に母の姿を見つける。
セイラは母の胸で泣いた。
声を上げて泣いた。
母は娘を胸に抱き、不甲斐ない自分を責めながら共に泣いた。


廊下から漏れ聞こえる声を受け止め、父もまた、人知れず泣いた・・・






次の日ミラー侯爵とレインハルドがルドー家へ訪れた。

着くなり早々、玄関先であるにも関わらずミラー侯爵は跪き、深々と頭を下げて許し乞うた。
レインハルドは今にも泣きそうな顔でセイラを見つめるが、セイラはまともに彼の顔を見ることすらできない自分に気が付いた。
まだこんなにもレインハルドが好きなのだと。

セイラの父とレインハルド親子3人での話し合いで、婚約は「解消」されることとなった。
二人に咎を与えない、セイラの温情である。
ただし今まで援助した費用とレインハルドの教育のためにかけた金銭を、ミラー家とアローラのロエル家で支払うこととし、今後一切の援助も協力関係も結ばないこととする。
平たく言えば、貴族としてこの二家とは関わらない。という形で決着を迎えた。

その後セイラの許可を得られれば、レインハルドとアローラの婚約を結び直したいとの言葉に、セイラの父は一瞬レインハルドを射るような視線で睨みつけるも「娘もそれを望んでいる」と返答するのだった。

契約書を交わし早々に帰宅しようとするミラー侯爵に『情けない男だ』と、煮えくり返りそうな腹の中を隠し視線を逸らした。



「セイラ嬢は元気でしょうか?」帰り際、レインハルドが声をかける。

「ほぉ、捨てた女のことが気になるかね?」

「っ! 捨てたなどと・・・」

「では、見限った女とでも?どちらにしろ、娘にとってこれからの人生は厳しいものになる。
見捨てられた令嬢の未来など、君にだって想像するに容易いだろう。
こんなことになるなら、君に教えを授けるのではなかったよ」

「そんな・・・私にとってあなたからご教示いただいた日々は何にも勝る宝です。
これからも私にとっては大切な方だと思っています」

「その思いを少しでも娘に向けて欲しかった。としか、私には言えない。
こんなことになってしまって、残念でしかたないよ」
ふっと、ため息をついた。



セイラはレインハルドを乗せた馬車が邸を出ていくのを自分の部屋の窓から眺めていた。

「終わったのね」

一人つぶやくのだった。

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