愛しい口づけを

蒼あかり

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その日、フローラは夢を見た。


まだ若く、目に傷のないサイモンが、出会った頃の少し若い辺境伯と共に剣の稽古をしていた。

「サイモン、頑張って!!」

二人が剣の稽古をしている少し離れた場所から、フローラが声をかける。
その声に反応したサイモンが、声のする方に視線を反らした瞬間

「隙あり!!」

伯爵の大きな声とともに、サイモンが持つ剣が弾き飛ばされ、大きく弧を描くように飛んで地面に突き刺さった。

「あ!」という声と同時に、辺境伯の剣がサイモンの喉元に寸でのところでピタリと止まる。

その剣先の気迫に

「僕の負けです」

サイモンは両手を上げ降参する。

辺境伯の剣の鋭さと、あと少し動けばその喉を貫くであろう、その恐ろしさを目の当たりにして、フローラは両手で口元を覆い呆然と立ち尽くす。


「好きな女の声一つで心が乱れるなど、だからお前はダメなんだ。
いくら剣術がすぐれていても、戦では集中力がかけた者から死んでいく。もっと、鍛えろ」

辺境伯はそう言うと、喉元にある剣を自分の腰の鞘にしまった。

「はい。鍛錬を続けます」

サイモンは悔しそうに剣を拾い、自分の鞘に納めながらフローラの元へと歩いてきた。

訓練の後、一緒に休憩をしようと庭のテーブルにお茶の準備をしていたフローラだが、

「サイモン、ごめんなさい。私が声をかけたばっかりに」

俯き歩くサイモンに駆け寄ると、フローラは声をかけた

「君のせいではないよ。どんな時でも剣を持ったら、己に向き合わなければならないんだ。
一歩間違えば自分だけでなく、関係のない者までも傷つけることになりかねない。
今のサイモンが浮かれているだけの話だ。なあ?サイモン」

既にお茶をすすり、くつろぎ始めている辺境伯が笑いながら言った。

「いえ、それは……」

サイモンは少し頬を赤く染めて、俯き否定ともとれない言葉を口にする。

「やっと騎士学校を卒業して、恋人と一緒にいられるようになったんだ。そりゃあ、浮かれたくもなるでしょうよ。あんまりいじめない方がいいですよ、父さん」

背後からニヤついた顔をしながら辺境伯の息子エリクがやってきた。

「まあまあ、二人とも。若い二人の仲をうらやむのもわかりますけどね、おイタはそれくらいにしてくださいね。さ、二人とも座って、座って。美味しいクルミのケーキが焼けたんですよ。みんなで食べましょう」

そう言ってアンリ未亡人がクルミのケーキを切り、皿に取り分け配り始めた。


「お! アンリ未亡人のクルミのケーキは逸品ですからね。僕のは大きめにお願いします」
「あ? あいつには小さくて良い。俺のを大きくしてくれ」

「父さん、それはないでしょう? 僕が先ですよ」
「お前、親をちっとは敬え!」

辺境伯親子はケーキの取り合いで口喧嘩を始めてしまった。
そんな姿を楽しそうに笑って見つめるアンリ未亡人に、フローラとサイモンは肩を押され席に着くと、お互い顔を見合わせながらクルミのケーキを美味しそうに頬張った。


「サイモン、お前たちはまだ若い。だが、愛する人をあまり待たせるものじゃないぞ。
誰かに取られて後悔する前に、一緒になった方が良い」

伯爵の言葉に

「そうそう、フローラ嬢はうちの兵たちの間でも人気が高いからね。
サイモンよりも顔も気立ても、剣の腕も強い奴らは沢山いる。早くしないとさらわれるぞ」

エリクの言葉に、ケーキの刺さったフォークを落とすと慌てたようにフローラに顔を向け、辺境伯やエリク、アンリ夫人の顔を交互に見る。

「なんなら、私たちが見届け役をしてやらんこともないぞ。なあ?」

辺境伯の言葉に、二人は微笑み『うん』と、頷いた。

それを見たサイモンは真剣な顔でフローラを見ると、深く頷き立ち上がり隣に座るフローラの足元に片足をついた。
そのまま、フローラの前に左手を差し出し

「フローラ、僕の気持ちはあの時の子供の頃と変わらない。決して、皆の声に焦ったわけではない。でも、君を誰かに渡すつもりはない。今以上に君を愛し、守ると誓う。これから一生、僕のそばでともに歩いて欲しい。
フローラ、君を心から愛している」

突然のことで慌てた様子ではあったが、サイモンの真剣なまなざしに目を潤ませながら、フローはサイモンの手を取った。

「サイモン、私もずっとあなたと生きていきたい。あなたを心から愛しています」

頬を染め、見つめ返すフローラの瞳にはサイモンしか映ってはいなかった。

「フローラ。良かった」

そう言うと、フローラを椅子から抱き上げると、その場をクルクルと周り始めた。

「サイモン! 危ない。目が、目が回るわ!」
「大丈夫、君を落としはしない。嬉しくてこのまま飛んで行けそうなほどだ」

サイモンの首に両手を回し、しがみつくフローラに、皆は声を上げて笑った。



幸せなひと時だった。



夜中に目を覚ましたフローラは、隣に眠るその顔を見つめ、夢だったのだと知る。
夢に出てきた姿よりも随分大人びたその顔には、今となっては見慣れた傷が左目にあり、『ああ、夢では無い。現実にこの人が隣にいてくれる』と、心から安堵した。
その頬にそっと手を伸ばすと、ピクリと動いた後、傷のない方の目が薄っすらと開く。


「フローラ? 眠れないのか?」

彼の手がフローラの頬に触れる。

「フローラ? 頬が濡れている。泣いていたのか? 悪い夢でも?」

心配そうな声にフローラは頭を振り、

「いいえ、良い夢を見ていたの。幸せな夢だったわ」

頬に置かれた彼の手を取ると、その手を口元に持っていき両手で握りしめた。
その手に唇を落とし、

「とても幸せな夢だったの。もう戻れないけれど、確かに幸せだったわ」

そう言って、再び瞳を閉じた

「そうか、夢の中でも君が幸せで良かった。まだ早い、もう一度お眠り。きっとまた幸せな夢が見られるよ。おやすみ」



サイモンはそう言ってフローラのおでこに口づけると、自分も目を閉じ、夢の世界へと落ちていった。


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