王太子殿下にお譲りします

蒼あかり

文字の大きさ
16 / 23
王太子だって恋がしたい ~アルバート編~

~その1~

しおりを挟む

 その日、王太子殿下の執務室は朝からソワソワした雰囲気が流れていた。

「今日の昼前には着くんだろう?」
王太子殿下近衛騎士のルドルフが、砕けた口調で誰とは無しに問いかける。

「昨日の先触れでは、その予定だ」
王太子殿下側近のマルクスが、それに答える。

 何となく落ち着かない雰囲気の中、セナン王国の王太子であるアルバートが
「まだ時間はあるよ、みんな落ち着いて」
 ソファーに座りながら書類の確認をしていた。

 マルクスとルドルフは目を合わせながら、軽く頷き
「アル。落ち着かなきゃいけないのはお前だ。書類が逆さまなんだよ。しっかりしろ」

 マルクスの言葉にルドルフがアルバートの書類を引っ掴むと、正しい向きに直し再びその手に握らせた。

「あ! ああ、うん。ごめん」
 少し頬を赤らめて俯くその仕草は、とても一国の王太子には見えない。

「ねえ、なんなら外で待ってたら? 門兵と一緒に待ってても、きっとわかんないよ」
 ルドルフがニヤリと意地悪い顔を見せる。

「おい、ルド。いくら何でも言いすぎだ。門兵に失礼だろ?」

「いや、いや、お前こそ言い過ぎな。仮にも王太子なんだからさぁ」
 クスクスと笑うルドルフ。

 いつもなら、突っ込みが入るところだろうに、当の本人からは何の声も上がらない。
 『こりゃ、重症だ』マルクスは眉間にしわを寄せ、執務机から立ち上がる。

「おい、こんな所にいても仕方ない。もう、下に行こう。そのうち来るさ」
 言うなりアルバートの腕を掴むと無理やり立たせ、部屋を後にした。





 本日、天候にも恵まれたこの素晴らしい日。
 アルバートの妃となるべく、大陸にあるリジュー王国から、第五王女が輿入れすることになっていた。
 なんだかんだ、のらりくらりと婚姻の話を断り続けたこの王太子も、ついに年貢を納め婚約者を迎えることを決意した。

「まったく、お前がさっさと決めないから後がつかえてかなわない。第二王子の身にもなってやれ。お前を差し置いて高位貴族の令嬢を婚約者に迎えられるはずがないだろう?」

 宮殿の廊下を三人で歩きながら、マルクスが小言を言う。

「そんなこと言ったって。俺は普通に恋がしたかったんだよ。恋をして恋愛をして、その先に結婚をしたいだろう? 結婚ってそういうもんだろう?」

「何を今さら。いいか! お前は一国の王太子であり、行く行くはこの国の王になるんだ。お前の結婚に自分の意思は関係ない。あるのは損得だけだ! わかったか?」

「そりゃ、お前はいいよ。なんだかんだ言ってアリーシャ嬢とちゃんと恋愛して結婚してさ。おまけに子供までできて、幸せそうだし。いいよな、お前は」

 アルバートが何やらブツブツとつぶやいているが、マルクスの耳には右から左に流れていく。きっと彼の耳にはアルバートの声は響かないようになっているのかもしれない。
 面倒くさい男だと思いながら、それでも足は止めない。時間は有限だ。無駄には出来ない。

「別に婚約してからだって恋愛できるんじゃない? 事実マルクス達だってそうだし。
先に婚約してたじゃん? ねえ、マルクス?」

 ルドルフの言葉に『そう言えば、そうだ』と、アルバートとマルクスは妙に納得した。

「まだ時間もあるし、せっかくだから庭で花でも摘んであげれば? 女性なら喜ぶんじゃない?」

 ルドルフ、たまにはいい事言うじゃないか?と、二人は顔を見合わせ大きく頷いた。
 アルバートとマルクスは自然と庭園に足を運ばせた。
 いつも来たことのない王太子一行の登場に、庭師たちが騒めきだす。

「ああ、ちょっとすまない。花を少しもらいたいのだが、良いだろうか?」

 アルバートが近くにいた若い庭師に声をかけると、驚き慌てたように飛びあがり

「はい、どれでもお好きな物をどうぞ!」と、大きな声を上げた。
よほど驚いたのだろう。アルバートはそれを不敬とはとらえずに「驚かせてすまない」と、彼を気遣った。

 そんな会話の途中、奥から年配の男が現れ
 「鋏をお使いください」と、ルドルフに手渡す。凶器になり得る物を直接王族に渡すわけにはいかない。まずは護衛の確認が必要だ。たぶん、庭師長なのだろう。

「ありがとう。若いご令嬢にはどれが喜ばれるだろう?」
「そうでございますね、今の季節ですと……」
「あ! この、小さい白い花。なんかいっぱいぶら下がっているこの花は?」
「すずらんでございます」
「すずらん? なるほど、鈴の形なのか? これが良いと思うのだが、どうだろう?」
「はい。束にすれば可愛らしいブーケになるかと思います」
「うん。じゃあ、これにしよう」

 アルバートは鋏を持つとスズランを切り始めた。
 花壇に咲き乱れていたスズランを片手に握りしめられるくらい切ると、庭師が紐でしばり、侍女がリボンを結んでくれた。とても愛らしかった。

「うん、とても気に入ったよ。彼女も気に入ってくれると良いのだが」
「大丈夫でございましょう。殿下のお気持ちは伝わるかと思います」
 マルクスがアルバートのそばで、そっとささやく。
 人前では側近としての体を保ち、職務を全うする。出来た男だ。

「殿下、馬車が城内の門をくぐったとの知らせでございます」

 騎士の一人が告げた言葉に急に慌てだし、三人は急ぎ宮殿の玄関ホールへと急いだ。廊下を小走りに急ぎホールに着くと、馬車がこちらに向かって来るのが見えた。
 アルバートは馬車止めまで歩を進め、婚約者になる王女を出迎える。


 馬車から降り立つその人は、可憐な雰囲気をまとった少女と呼ぶにふさわしいような令嬢だった。


 アルバートは遠い昔を懐かしむように、思いを馳せていた。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

遊び人の令嬢が目を付けたのは、私の真面目な婚約者でした

おいどん
恋愛
子爵家の令嬢エリーネと伯爵家の次男のノルトが婚約を結んだのは、半年前だった。 真面目で優秀なノルトに相応しい婚約者であろうとするものの、エリーネには自信がなかった。 ある日、遊び人と噂の令嬢べルティーナとノルトが共にいるところを見てしまう。 「真面目クンは壁さえ破っちゃえばこっちのもんだからね〜」 「きっと、彼女の美しさに嫉妬しているのだわ…」 「…今度は、ちゃんと言葉にするから」

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

ヤンキー、悪役令嬢になる

山口三
恋愛
岸田和華(きしだわか)は異世界に飛ばされた。自分が読んでいた小説の悪役令嬢ジュリエットに憑依してしまったのだ。だが和華は短気でガサツで、中学高校と番を張ってたヤンキーだ。高貴な身分の貴族令嬢なんてガラじゃない。「舞踏会でダンス? 踊りなんて盆踊りしか知らないからっ」 一方、リアル世界に残された和華の中にはジュリエットが入っていて・・。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——

処理中です...