懴悔(さんげ)

蒼あかり

文字の大きさ
7 / 34

ー7-

しおりを挟む
「泣くほど旨えか?」

 男の言葉に銀次はハッとした。
 気が付けば泣きながらも、夢中で目の前の飯を食っていた。
 いつも腹を空かせ、空腹かどうかも分からなくっていたが、今は満腹だとハッキリわかった。
 男の問いに黙って頷くと、「そりゃあ、良かった。俺の作った飯が口にあって良かったよ」そう言い、ほほ笑みながら銀次を見つめる。
 煮つけの汁も飲み干した銀次の皿を、満足そうに見ながら男は銀次に問いかける。

「おめえ、帰る場所はあるんか?」
「……、大橋の下が俺の寝ぐらだ」
「そうか、そこがおめえの寝ぐらか。そこに大事なもんはあるんか?」
「盗まれるから、あそこには何も置いてねえ」
「そうか、そうか。おめえ、以外に頭が良いな。なら、こうしよう。
 これから、おめえは俺の子分だ。ここで寝泊まりして、俺の手伝いをしろ」
「ここで? 手伝いって、なにを? おれ、何もできねえよ」
「仕事はこれから覚えればいい。だが、おめえの手は奇跡に近いもんがある。
 おめえの財布を抜く手つきは並みじゃねえ。あれは天性のもんだ。
 その手先の器用さがあれば、どんなことでも出来るはずだ」

「親父! こいつはまだガキですぜ? しかも小生意気とくる。皆がなんて言うか?」
「小生意気なのは、おめえらだって最初はそうだったろうが。それくれえじゃなきゃ、やってけねえよ。それに、この手先を仕込んで行けば、どんな穴も開けられるはずだ。そうすりゃあ、俺らも大分楽できるってもんだ」
「それは、まあ……」
「俺の決めたことに歯向かうヤツは面と向かって言ってくりゃあいい。
 なあ、そうだろう?」

 男の顔は口角を上げ、一見穏やかそうに見える。だが、その瞳の奥に笑みはひとかけらもなく、向かいに座る銀次の背を何かがつたうほどのものだった。
 凄んでいるわけでもない男の圧に、周りの男達はたじろぎ始めた。

「坊主、大丈夫だ。今日からおめえは俺の子分だからな。もう心配はいらねえ。これからは飯の心配も、寝床の不安もいらん。ここがおめえの家だ」

 男の言葉を素直に信じることは出来なかった。子供ながらに死と隣合わせの暮らしだったのだ、それも仕方のないことだろう。

「そうだ。おめえの名を決めにゃならんな。誰が付けたきゃわからん意味のない名前なんぞ、捨ててしまえ。そうだなあ、何がいいかな?」

 男は腕を組み、目を瞑って考えていた。そして閃いたように目を開くと、

「今日からおめえの名は銀次だ。いいな? 銀次」

 銀次に名が付いた瞬間だった。
 そうして男は銀次の頭をくしゃりとなでると、「次は風呂だな。さすがにくせえぞ」そう言ってワハハと、豪快に笑うのだった。

「今日からここにいるもんはみんな、兄だと思え。そして俺は今日からおめえの親父だ。いいか?」

 突然の親子宣言だった。あまりにも突飛過ぎて銀次の頭がついて行かない。

「おめえの死んだ本当の親はなあ、もうなんもしてくれねえ。
 おめえに腹いっぱい飯を食わしてやることも、雨風をしのぐ寝床を用意してやることも出来ねえ。おめえが死ぬ恐怖と闘いながら生きていることも知らずに、あの世で呑気に過ごしてるさ。
 だが、俺は違う。俺はおめえに生きる標を与えてやることが出来る。独り立ちできるまで、おめえをちゃんと世話してやれるんだ。
 それでも本当の親に義理を果たしてえ気持ちがあるなら、このまま去るのも有りだ。おめえが決めたんなら、俺は止めねえよ。
 さあ。どうする?」

 銀次には与市の言葉の意味を半分も理解できていなかった。
 それでも飯が食えて、橋の下で凍えて眠る必要がないことは、子供の銀次にとってはうますぎる話しだった。
 嫌ならまた逃げ出せばいい。それくらいのつもりでいたのだ。

 この日から銀次は何も知らぬまま闇の世界に足を踏み入れることになった。
 親父と呼ぶ男の元で、善悪の判断も出来ぬままに。
 
 銀次の人生で大きな転換期であった。




 銀次を拾った与市は盗賊の頭だった。
 上方から下り、江戸の町に着いた頃には名の売れた盗賊になっていた。
 上方ではおかめの面を付けて寝込みを襲う押し込み強盗を得意とし、『おかめ盗賊』と呼ばれていた。
 だがこのおかめ盗賊たちは、金は盗んでも命は取らないことから、庶民の間では評判は決して悪くは無かったのだった。
 狙うは大店のみ。小店で細々と商いをしているものには手を出さない。
 それは貧富の差を嫉む者からしたら、小気味よいものだったのだろう。おかめ盗賊が押し入った翌日の瓦版は、飛ぶように売れていたという。
 

 銀次は子供の頃に与市に拾われ、善悪の判断もつかぬままに盗賊の片棒を担がされた。その手に悪事を教え込まされ、与市たちに必要だとされる喜びすらも感じながら、その身を自身の手で汚し続けていった。
 幼い頃に親を亡くし、たらい回しにされながら疎まれた日々を過ごした幼子は、事の良し悪しを教えられることも無く生きるしかなかった。
 逃げ方すらも知らずに生き続ける日々は、生き地獄だったのかもしれない。
 そんな時、与市に拾われ導かれたことは、むしろ銀次にとっては命拾いだったのだろう。手先の器用さを武器に、教えられることを貪欲に吸収し、銀次はいつしか与市の信頼を得ることになる。
 与市の下には何人かの仲間がいた。権八を筆頭に、太一、長松、銀次に弥吉、そして北に行った七之助。
 死んだ者もいた。逃げる者もいた。だが、逃げ消えることを許さない連中は、どこまでも後を追い、口を封じてきた。

 それぞれが日中は仕事を持ち、町人として生活を続ける。その中で次の目星をつけるため、情報を集めていく。
庭師として邸の中に入り込み家の中を観察したり、店の女中と良い仲になり中の事を聞き出したりと、そうやって目星をつけていく。
 銀次は早くに髪結いに弟子入りをし、手に職を付けていった。
 手先の器用な銀次はすぐに、剃刀を持たせてもらえるまでになっていた。
 髪結い所には客が集まる。金のない貧しい者と違い、身分の高い者は身なりも整えないといけない。頻繁に足を運び、金を落としていく。そして会話の中からポツリ、ポツリと口を開き旨い話を聞かせてくれるのだ。
 まだ見習いとはいえ、親方のそばで雑用をする銀次の耳にも上手い話は飛び込んでくる。どんな話も持ち帰り、それを皆で吟味するのだった。


 そして、あの夜だった。



しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡

弘生
現代文学
なんだか優しいお話が書きたくなって、連載始めました。 保護猫「ジン」が、時間と空間を超えて見守り語り続けた「柊家」の人々。 「ジン」が天に昇ってから何度も季節は巡り、やがて25年目に奇跡が起こる。けれど、これは奇跡というよりも、「ジン」へのご褒美かもしれない。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...