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プロローグ
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基地の休憩スペース、非番の兵士達がたむろしている部屋の一角に中肉中背で黒髪黒目の容姿を持つ青年が居た。
鉄製のテーブルに座る彼の手には個人用の携帯式電子端末が収まっており、その画面には大手銀行グループが管理している顧客用個人サイトが。
彼が画面を指でスクロールすれば、昨日までは無かった幾ばくかの数字の羅列が下から現れた。
その数の一番左端には通貨を示すマークが表示されており、この地域に流通している金だと分かる。
「よしっっっっ……!!!」
彼は、カサギ・アリサカはその金額を見るとテーブルに座りながら勢いよくガッツポーズを決めた。
「よしっ……!やった……!やったぁ……!」
貧乏な家を飛び出した後、PMCに入社して丸7年、劣悪な環境で働いて働いて働き続けて、娯楽を極限まで抑えつつ雀の涙みたいな給料を貯蓄し続ける日々……。
何度心が折れそうになったことだろうか。
何度死にたくなっただろうか。
だがそんな苦労も今日、遂に報われた。
貯金の数が目標額に達したのだ!
あとはさっさと除隊して、退職金受け取って、故郷の田舎でスローライフ生活……。
「ああ……長かった……本っ当に長かった……。」
カサギは嬉しくてついつい涙ぐんでしまう。
「ふぅ……泣いてる暇はないな。次の作戦に駆り出される前にさっさと除隊しちまおう。」
彼は目元に溜まった涙を拭くと席を離れる。
除隊申請をするためにはまず基地にある本庁の人事課まで行かなければならないのだ。
「それにしてもここともおさらばかぁ……。」
住めば都と言うように、いくら環境がクソでも住み慣れた場所を離れる時は少しは寂しさを感じた。
今までのことを思い返していると、今度は自分の知り合いや上官についてが脳裏に浮かび上がってくる。
特に1人の同年代の少女、幾多もの戦場で背中を預けた相棒が。
「……まあアイツなら誰とでも組めるから大丈夫か。」
むしろ自分がお荷物になっていたまでである。
これからはもっと強い人と組めば更なる戦果を挙げられるに違いない。
そう考えていると噂をすればといったところだろうか、件の人間が自動ドアの向こう側から現れた。
「おうアキ、おはよう。」
「おはよ、カサギ。今日は早いんだね。」
「まあな、少しやることがあって。」
「あ、もしかしてカサギも朝ごはんの限定メニューが目的?僕もなんだ。」
こちらより少し背が低く、濡羽色の短めの髪を持つ華奢な美少年、いや、美少女?
と、初見なら一瞬戸惑うような中性的な容姿を持つボクっ子少女、名前をアキ・ナンブという。
俺がここのPMCに入った時、年上だらけの環境の中で唯一彼女が近い年齢だったという理由から今までずっとつるんでいる。
戦場に行くときも大抵一緒に行動していた。
危険な状態から助けられた回数は数知れず、自分は彼女によって生かされていたと言っても過言ではない。
そんな相棒又は恩人、親友と呼べるような関係の彼女と離れることは素直に寂しいが、こちらにも事情がある。
俺は気持ちを押し切ると口を開いた。
「あー、ちょっと違うんだ。食堂にはさっき行った。」
「え?じゃあ何?珍しいね、君が食事以外で早起きをするなんて。」
「うるせーやい。まあ、なんというかな、人事課に行くところだ。辞表を作るためにな。」
そう言い切ると正面に相対したアキの目が見開かれ、次に悲しみの表情へと変わる。
狼狽える彼女を珍しく思いながらも同時に心がズキリと痛んだ。
「じ、辞表……?やめるの……?」
「ああ、金が十分に貯まったんでな。いつ死ぬか分からない戦場より、田舎で畑仕事やってた方がいいと思って。」
「う、嘘じゃない?」
「ああ、嘘じゃない。」
「じょ、冗談だよね?いくら何でも笑えないよ?」
「いや、本気だ。まあそんな世界の終わりみたいな顔をするなって。住所は後で教えるからさ、暇な時にでも遊びに来てくれよ。」
アキの予想外の反応に対してカサギは軽くおどけながら彼女の肩を叩く。
しかし相棒の様子は変わらず、むしろどんどん悪化しているような気がした。
「あ、アキ?」
流石におかしいと感じたのかカサギは顔を下を向けたままのアキを揺さぶる。
すると彼女が突然がばりと顔を上げ、超至近からお互いの目があった。
そしてその顔を見て少し狼狽える。
すぐそこにある2つの赤みがかった大きな瞳には一欠片の光も残っていなかったのだ。
「あっ!分かった!この前僕が寝ている君の鼻にワサビを入れた時の仕返しドッキリだよね!?ごめんって!あれは僕もやり過ぎたと思ってる!だから、ね?言ってよ。断言してよ。嘘だよね?タチの悪い冗談だよね?僕から離れないよね?」
「お、おい、いきなりどうし……。」
「じゃあさ!お詫びに僕が奢ってあげるよ!肉でもケーキでも何でもいいよ?なんなら部屋ですき焼きでもする?お金とパスはあるからさ!」
もはやいつもの相棒ではなかった。
光の無い真っ黒な目がこちらを凝視し、口元は笑っているのに顔全体は恐怖を感じさせるものとなっている。
「あ、アキ、俺はな、もうやめるんだ。戦場から離れたいんだよ。」
「あ!外出許可証を貰って会員制高級レストランに行くってのはどう!?もちろん代金は僕持ちでいいから!使ってないブラックカードがあるんだ!」
「ばっ、ちょっ……!?」
いきなり手を掴まれると彼女の万力に腕を引っ張られる。
カサギは人事課とは反対方向に引きずられていることに気付くと、無理やりその場に踏みとどまった。
「どうしたの?早く行こうよ。」
「アキ、聞け。俺はもう軍を辞めるんだ。金が貯まったからな。これからは悠々自適に畑でも耕しながら生活するつもりなんだ。お前との毎日は退屈しなかったが、こっちにもこっちの人生がある。すまんな、じゃあまた連絡するから。」
そう言い切ったカサギは手を離すとさっさと踵を返し、その場を離れようとした。
しかしそれは叶わない。
次の瞬間、背後から伸びてきた白くて細い腕が首元に巻き付けられたからだ。
器官が締め付けられ、息が苦しくなる。
「ぐうっ……!な、何を……!?」
「行かせない……絶対に行かせない。カサギは僕の、僕だけの相棒なんだから。勝手に離れるなんて許さない。絶対離さないんだから……!」
「かふっ……い、いきが……。」
呼吸が出来ないまま視界が暗くなっていく。
後ろから彼女が、おかしくなってしまったアキが何かボソボソ話しているのが聞こえたが、それを理解する前にカサギの意識は途絶えた。
鉄製のテーブルに座る彼の手には個人用の携帯式電子端末が収まっており、その画面には大手銀行グループが管理している顧客用個人サイトが。
彼が画面を指でスクロールすれば、昨日までは無かった幾ばくかの数字の羅列が下から現れた。
その数の一番左端には通貨を示すマークが表示されており、この地域に流通している金だと分かる。
「よしっっっっ……!!!」
彼は、カサギ・アリサカはその金額を見るとテーブルに座りながら勢いよくガッツポーズを決めた。
「よしっ……!やった……!やったぁ……!」
貧乏な家を飛び出した後、PMCに入社して丸7年、劣悪な環境で働いて働いて働き続けて、娯楽を極限まで抑えつつ雀の涙みたいな給料を貯蓄し続ける日々……。
何度心が折れそうになったことだろうか。
何度死にたくなっただろうか。
だがそんな苦労も今日、遂に報われた。
貯金の数が目標額に達したのだ!
あとはさっさと除隊して、退職金受け取って、故郷の田舎でスローライフ生活……。
「ああ……長かった……本っ当に長かった……。」
カサギは嬉しくてついつい涙ぐんでしまう。
「ふぅ……泣いてる暇はないな。次の作戦に駆り出される前にさっさと除隊しちまおう。」
彼は目元に溜まった涙を拭くと席を離れる。
除隊申請をするためにはまず基地にある本庁の人事課まで行かなければならないのだ。
「それにしてもここともおさらばかぁ……。」
住めば都と言うように、いくら環境がクソでも住み慣れた場所を離れる時は少しは寂しさを感じた。
今までのことを思い返していると、今度は自分の知り合いや上官についてが脳裏に浮かび上がってくる。
特に1人の同年代の少女、幾多もの戦場で背中を預けた相棒が。
「……まあアイツなら誰とでも組めるから大丈夫か。」
むしろ自分がお荷物になっていたまでである。
これからはもっと強い人と組めば更なる戦果を挙げられるに違いない。
そう考えていると噂をすればといったところだろうか、件の人間が自動ドアの向こう側から現れた。
「おうアキ、おはよう。」
「おはよ、カサギ。今日は早いんだね。」
「まあな、少しやることがあって。」
「あ、もしかしてカサギも朝ごはんの限定メニューが目的?僕もなんだ。」
こちらより少し背が低く、濡羽色の短めの髪を持つ華奢な美少年、いや、美少女?
と、初見なら一瞬戸惑うような中性的な容姿を持つボクっ子少女、名前をアキ・ナンブという。
俺がここのPMCに入った時、年上だらけの環境の中で唯一彼女が近い年齢だったという理由から今までずっとつるんでいる。
戦場に行くときも大抵一緒に行動していた。
危険な状態から助けられた回数は数知れず、自分は彼女によって生かされていたと言っても過言ではない。
そんな相棒又は恩人、親友と呼べるような関係の彼女と離れることは素直に寂しいが、こちらにも事情がある。
俺は気持ちを押し切ると口を開いた。
「あー、ちょっと違うんだ。食堂にはさっき行った。」
「え?じゃあ何?珍しいね、君が食事以外で早起きをするなんて。」
「うるせーやい。まあ、なんというかな、人事課に行くところだ。辞表を作るためにな。」
そう言い切ると正面に相対したアキの目が見開かれ、次に悲しみの表情へと変わる。
狼狽える彼女を珍しく思いながらも同時に心がズキリと痛んだ。
「じ、辞表……?やめるの……?」
「ああ、金が十分に貯まったんでな。いつ死ぬか分からない戦場より、田舎で畑仕事やってた方がいいと思って。」
「う、嘘じゃない?」
「ああ、嘘じゃない。」
「じょ、冗談だよね?いくら何でも笑えないよ?」
「いや、本気だ。まあそんな世界の終わりみたいな顔をするなって。住所は後で教えるからさ、暇な時にでも遊びに来てくれよ。」
アキの予想外の反応に対してカサギは軽くおどけながら彼女の肩を叩く。
しかし相棒の様子は変わらず、むしろどんどん悪化しているような気がした。
「あ、アキ?」
流石におかしいと感じたのかカサギは顔を下を向けたままのアキを揺さぶる。
すると彼女が突然がばりと顔を上げ、超至近からお互いの目があった。
そしてその顔を見て少し狼狽える。
すぐそこにある2つの赤みがかった大きな瞳には一欠片の光も残っていなかったのだ。
「あっ!分かった!この前僕が寝ている君の鼻にワサビを入れた時の仕返しドッキリだよね!?ごめんって!あれは僕もやり過ぎたと思ってる!だから、ね?言ってよ。断言してよ。嘘だよね?タチの悪い冗談だよね?僕から離れないよね?」
「お、おい、いきなりどうし……。」
「じゃあさ!お詫びに僕が奢ってあげるよ!肉でもケーキでも何でもいいよ?なんなら部屋ですき焼きでもする?お金とパスはあるからさ!」
もはやいつもの相棒ではなかった。
光の無い真っ黒な目がこちらを凝視し、口元は笑っているのに顔全体は恐怖を感じさせるものとなっている。
「あ、アキ、俺はな、もうやめるんだ。戦場から離れたいんだよ。」
「あ!外出許可証を貰って会員制高級レストランに行くってのはどう!?もちろん代金は僕持ちでいいから!使ってないブラックカードがあるんだ!」
「ばっ、ちょっ……!?」
いきなり手を掴まれると彼女の万力に腕を引っ張られる。
カサギは人事課とは反対方向に引きずられていることに気付くと、無理やりその場に踏みとどまった。
「どうしたの?早く行こうよ。」
「アキ、聞け。俺はもう軍を辞めるんだ。金が貯まったからな。これからは悠々自適に畑でも耕しながら生活するつもりなんだ。お前との毎日は退屈しなかったが、こっちにもこっちの人生がある。すまんな、じゃあまた連絡するから。」
そう言い切ったカサギは手を離すとさっさと踵を返し、その場を離れようとした。
しかしそれは叶わない。
次の瞬間、背後から伸びてきた白くて細い腕が首元に巻き付けられたからだ。
器官が締め付けられ、息が苦しくなる。
「ぐうっ……!な、何を……!?」
「行かせない……絶対に行かせない。カサギは僕の、僕だけの相棒なんだから。勝手に離れるなんて許さない。絶対離さないんだから……!」
「かふっ……い、いきが……。」
呼吸が出来ないまま視界が暗くなっていく。
後ろから彼女が、おかしくなってしまったアキが何かボソボソ話しているのが聞こえたが、それを理解する前にカサギの意識は途絶えた。
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